38―残骸
保護者が帰り、校内は片付けに追われていた。
制服に着替えた紗奈を見つけたクラスメイトが、彼女に詰め寄る。
「城瀬さん!あんなかっこいいお兄さんがいたんだ!」
「お兄さんもS/F社で勤務してるんでしょう?」
「結婚してるの?」
「ちょっと、みんな紗奈が困ってるよ」
真衣が紗奈を心配する。紗奈は困ったように曖昧に笑う。
「兄はまだ独身だけど、ああ見えて二十八歳だよ」
「いや、見た目より若いし」
透也のことを恋愛枠で見ているクラスメイト達を何だか紗奈は、新鮮なものを見る目で見ていた。
「ねぇ、紗奈ちゃん。今度会社案内してよ。お兄さんとも会えるし」
強引な一人が紗奈の手を両手で掴もうと手を伸ばしたのを、紗奈はさらりと避ける。
「……一度、兄に聞いてみる」
「ありがとう、紗奈ちゃん」
「紗奈、本当に大丈夫?さっきの気にしなくていいと思うよ」
一緒にゴミを集めていた真衣が言う。
「ありがとう。でもちょっと面白かった」
「そう?あ、この後、みんなで打ち上げに行くんだけど紗奈はどうする?」
紗奈は静かに首を横に振った。
「そうだよね……。じゃあまたね」
そう言って、紗奈は真衣と教室で別れた。
紗奈は、車を呼ばず歩いて校門を出た。透也にはすでに打ち上げで遅くなると連絡を入れてある。
行先はなかった。でも一人になりたかった。
自分がどこに行きたいのか、どこに行けばいいのかわからない。
考えなくても、透也が全部決めてくれた。
欲しい化粧品も、食べたいものも、好きな人もいない。
「なぁ、あれ紗奈じゃね?」
洸樹の声は、ただの確認だった。
駅近くの居酒屋のテラス席。夜の匂いの中で、澪は視線だけをそちらに向ける。
確かに、紗奈がいた。
一人で歩いている。速くも遅くもない、一定の歩幅で。
澪はすぐには立たなかった。
数秒だけ見て、それから椅子を押す。
「……ちょっと見てくる」
荷物はそのままにして、距離を詰める。
「紗奈」
呼ぶと、彼女はすぐに気づいた。
「……澪さん?」
声は普通だった。
普通すぎて、逆に引っかかる。
「車は?」
「……」
少し間が空く。
「澪さんこそ、まだ近くにいたんですね」
後ろで洸樹が追いついてくる気配がする。
「デートだったんですね」
紗奈は、そう言って小さく笑った。
澪は何も返さない。
「なら放っておいてください」
その一言で、空気が一度だけ薄くなる。
澪は紗奈を見る。
見て、それから視線を外す。
「洸樹」
「……おう」
「タクシー」
短くそれだけ言う。
洸樹がスマートフォンを操作する。
邸の書斎にいた透也のスマートフォンに門扉の監視カメラからの通知が来る。
見慣れないタクシー。
その車から制服姿の紗奈と洸樹と澪が降りてきた。
透也はひとまず玄関に向かった。
「あ、チーフ。お疲れ様です」
呼び鈴を押す前に出てきた透也を見て、平静を装って洸樹が言う。
「何かあったのか?」
「カフェでご友人といた紗奈が帰りたそうだったから、タクシー呼んじゃいました」
「……そうか。わざわざすまないな、澪」
澪は紗奈に目配せする。
「送って頂き、ありがとうございます」
透也が澪にタクシー代を多めに渡しているのを横目に紗奈は自室に入った。




