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『White Cage――透明な献身――』  作者: 長谷川鈴凪
6 Last Protocol  最後の行動規範

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37/45

36―学園祭②

 ドアの隙間から、その一人が入ってきた。

周囲に馴染むはずのない、あまりにも整いすぎたスリーピースの背中。

周囲の女子生徒たちが、一瞬息を呑んで彼を振り返る。


彼は、獲物を探す獣の目ではなく、もっと静かで――どこか渇ききった瞳で、教室内を見渡している。

透也は紗奈のテーブルの前で足を止めた。

洸樹と澪が囁く。

「一直線だな」

「一直線ね」

洸樹が何事もなかったように透也に声をかける。

「チーフ!遅かったですね」

「……お前たちは早いな」


一瞬だけ。

本当に一瞬だけ、その視線が動かなくなる。

紗奈は、カードを配る手を止めなかった。

心臓が少しだけ、拍動を早める。


紗奈が淡々とカードを捌くたび、周囲の客はどこか畏まるような空気を纏う。

それは学園祭の出し物としては奇妙な光景だった。高校生らしい浮ついた楽しさよりも、質の高い緊張感がその卓を支配している。

「本当に、落ち着き払っているね。うちの娘とは大違いだ」

別の保護者が感心したように呟く。後ろで見ていた母親が、紗奈に話かける。

「本当ね。あなたお名前は?」

「城瀬紗奈です」

「城瀬?」

母親の表情がわずかに変わった。

この学園のセキュリティシステムを担っている、S/F社の名を知らない保護者の方が少ない。

澪は嫌な予感がして洸樹の肩を叩いた。

「ほら、洸樹。チーフと代わって」

端に座っていた洸樹を席から立たせる。

透也がジャケットのボタンを外し、ゆっくりと席に腰を下ろした。

周囲の保護者たちは、透也が放つ独特の――厳格なビジネスの場をそのまま持ち込んだような圧力に、無意識に距離をとる。

「あら、こちらはお知り合い?」

好奇心からではなく、年頃の娘を心配する母親のそれだった。

「はい。兄です」

母親はほっとしたように息をついた。

「父は多忙ですので、私が代理で」

透也は穏やかに微笑む。

その笑顔は完璧だった。

だからこそ、紗奈は視線を上げられなかった。


「紗奈、カードを。勝たせてもらえるか?」

透也は値踏みするように紗奈を見上げる。

紗奈は淡々とカードの束をシャッフルする。その指先の動きを、透也は一瞬たりとも見逃すまいと追っていた。

透也が渡されたコインをテーブルの中央に置く。 紗奈は迷いなくカードを配った。

二人の間に、学園祭の喧騒は存在しない。


その時だった。

透也の隣に座った男性が、手からコインを落とす。

コインが手を離れる。

その瞬間だった。

紗奈の身体が先に動いた。

カードを持ったまま伸びた左手が、空中のコインを弾き飛ばす。

乾いた音を立ててコインが洸樹と澪の足元の床に転がった。

数秒遅れて、

「あっ」

と男性が声を漏らす。


「今の紗奈の動き……」

「ああ」

「一般人なら見えてないわね」

澪がコイン型のチョコレートを拾って男性に渡す。

「おっと……すみません」

紗奈の指先はカードの束を保持したまま、透也の右腕へと鋭く伸びたその余韻を、硬直した筋肉に残している。

(しまった……)

今の動作は、カードを配るディーラーのそれではない。

護衛の、それも極めて習熟した者が行う「排除」の軌道だ。

一瞬の静寂がテーブルに落ちる。周囲の楽しげなざわめきが、紗奈にはノイズのように遠ざかって聞こえる。


透也は、腕を払われたその位置から、ゆっくりと視線を上げ、紗奈の瞳を捉えた。

「……さすがだな」

それだけだった。


だが紗奈は知っている。

透也が今、機嫌を良くしていることを。

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