35―学園祭①
学園祭当日。
紗奈は制服から黒いパンツに着替え、黒いベストと蝶ネクタイをつけると、自分の教室にもどった。
「紗奈、ちょっとこっち着て」
真衣が呼ぶ。紗奈は椅子に座らされる。
「何するの?真衣」
「せっかくなんだからメイクしないと」
化粧が施され、髪を高く結い上げた紗奈を、クラスメイトたちが囲む。
鏡に映るのは、いつもより少しだけ大人びた、けれどどこか生気の欠けた自分だった。唇の赤味だけが浮く。
「すごい、雰囲気全然違う……!」
真衣が感嘆の声を上げる。紗奈は鏡の中の自分を見つめ返し、小さく息を吐いた。
制服の野暮ったさが消えたことで、隠していたはずの「何者か」が輪郭を現す。
背筋を伸ばし、顎を引いたその姿勢は、無意識のうちに身体に染み付いたTSOの護衛の構えそのものだった。
その立ち姿が、カジノという虚構の空間と重なり、紗奈を「クラスの静かな女子」から「無機質なディーラー」へと変貌させていく。
正門には『学園祭』と書かれた大きな立て看板がある。石造りの正門を通り、S/F社のロゴが入った巨大なセキュリティゲートを私服姿の洸樹と澪がくぐる。
「普通の高校だな」
黒Tシャツにジャケットを羽織った洸樹が周囲を見回す。
「当たり前でしょ。何だと思ってたの」
黒いパンツにスリッドの入ったスカートを重ね着した澪が呆れる。
「いや、紗奈が通ってるからもっとこう……」
「何よ」
「いやぁ。現役女子高生に声かけられたりして」
「きもっ」
教室の扉が開くたびに流れ込む熱気と喧騒。
以前の紗奈であれば、その熱に触れる前に身体を硬くし、自ら壁を作って視線を逸らしていただろう。
だが、今の彼女は違う。
背筋を張り、淡々カードを捌くその姿に、クラスメイトたちは畏怖にも似た憧憬を抱き、距離を詰めてくる。
「ねえ、城瀬さん。こっち向いて」
スマートフォンのカメラを向けられる。
「次、私が客やる!」
壁が崩れていく。
次から次へと父兄や他校の生徒が見学にやってくる。紗奈のクラスのカジノクラブも他とは違った雰囲気で盛況だった。
洸樹と澪が、パンプレットを片手に教室の入口にいる。
紗奈のディーラー姿を見た二人は、固まる。
「……」
「……」
「澪」
「何」
「思ったこと言っていい?」
「やめなさい」
紗奈が立つその一卓だけは、空気が切り取られたように静かだった。
チップは学園祭らしく金色のアルミで包まれたコイン型チョコレートだった。カードがテーブルを滑る微かな風。
「……バースト。プレイヤーの負けです」
紗奈の声には抑揚がない。
負け続きの洸樹が唸る。それを澪が後ろで面白そうに見ている。
感情を殺し、ただ淡々と数字を処理するその様は、クラスの出し物という枠を逸脱していた。
賭けに負けた客は洸樹を含め誰一人として文句を口にせず、ただ気まずげにコインを差し出した。
紗奈は一礼もしない。
ただ、次のカードを束から抜く。
その指先は完璧なまでに整っており、無駄な動きが一つもない。
――その時。
カジノブースの入り口が、わずかに揺らいだ。 いつもなら喧騒に埋もれるはずの微かな違和感に、紗奈の視線が反応する。
教室の喧騒、生徒たちの笑い声、全てが遠ざかる。




