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『White Cage――透明な献身――』  作者: 長谷川鈴凪
5 Silent Choice  自発的服従

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33/45

32―箱が開いた後

 朝の陽光が差し込むダイニングは、昨日までの殺伐とした気配を消し去り、いつも通りの静謐な空間を保っていた。

透也は隙のないスリーピース姿で、コーヒーを口に運んでいる。

何事もなかったかのように、昨夜の激情を押し殺した男の背中は、普段通りの「保護者」のそれだった。


「紗奈、体調はどうだ?」

穏やかな声。首には昨日の傷の手当が痛々しくある。

透也はいつものように、慈しむような手つきで紗奈の髪に触れようと手を伸ばした。

だが。

ふわり、と。 紗奈の身体が、意志とは無関係に反射的に半歩後ろへ下がっていた。

透也の手は虚空を切り、柔らかな髪に触れることはなかった。

彼は自分の宙に浮いた手を見つめ、何も掴めなかった指先を折り畳むと、その手を下ろした。

その一瞬だけ、彼の瞳に自嘲に近い色がよぎる。

「……大丈夫」

紗奈の声は、昨日にも増して平坦だった。


自分でも驚くほどの拒絶反応だった。

あれほど長い間、彼の手に導かれ、支配されることに慣れきっていたはずなのに、身体の奥底が本能的に「彼」を遠ざけようとしている。


「今日は学校休みだろ。ゆっくりするといい」

透也はコーヒーカップを静かにソーサーに戻す。


彼の態度は完璧なまでに日常を守ろうとしているが、その背中がわずかに強張っていることを、紗奈は見逃さなかった。

紗奈はテーブルの上の、冷めかけたスープを見つめる。

昨夜の感触が消えない。

透也の手が伸びた瞬間、身体が勝手に動いた。理由は分からない。

紗奈はスプーンを握り直すが、喉の奥が詰まって何も飲み込めそうになかった。


――TSO統括チーフ室

重厚なチーム室の扉が開かれる。

「ふーん、ここがお前たちの愛の巣か」

レイモンドが、土足で踏み込むような態度で入ってきた。

書類を整理していた透也の手が、ピタリと止まる。

レイモンドが面白半分に突き刺したその言葉は、透也が昨晩、バスルームで自らの理性と戦い、今朝、紗奈の拒絶に傷ついたその心の急所を的確に射抜いていた。


透也はゆっくりと、レイモンドから顔を背ける。

怒りを露わにするわけでも、冷笑で返すわけでもない。

ただ、その動揺は、彼が普段見せる氷のような冷静さとは一線を画していた。

レイモンドは、面白がるようにデスクの端に腰掛ける。


「彼女に避けられたか?」

透也の手が止まる。

「お前には関係ない」

レイモンドは笑う。

「安心しろ。あれは嫌われたんじゃない」

透也が睨む。

「初めてお前を男として認識しただけだ」

透也はその言葉の意味を瞬時に理解したが、認めることを激しく拒絶するように、ペンを机に叩きつけた。

「……黙れ」

「なら何故そんな顔をする」

レイモンドは悠然と肩をすくめ、透也のデスクの縁を指で軽く叩く。

「一緒に眠れなくなる……」


それ以上聞きたくなかった。

レイモンドは数秒だけ黙った。

そして珍しく笑わなかった。

「……なるほど。そういうことか」

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