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『White Cage――透明な献身――』  作者: 長谷川鈴凪
5 Silent Choice  自発的服従

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31/45

30―技量テスト②

 訓練は次のフェーズへ移行する。

『要人警護』

対象を死守し、状況に応じ最適な対処をしながら指定地点へ送り届ける。

先ほどまでの殺戮の狂気が嘘のように、紗奈の動きは機械的に、かつ極めて正確に推移していった。

無駄な動作は一切なく、ただ目的を遂行するだけの存在。

その切り替わりの早さが、洸樹には先ほどよりも酷く不気味に映る。


先回りしてのルート確保。

不審物の対処。

順調にポイントを通過していく。


指定地点が視界に入った時、仮想敵が対象を囲むように現れる。

武装した人間が、3人。

「紗奈、9時の方向一人頼む」

洸樹の声と同時に、紗奈はすでに警棒を抜いていた。

迷いはない。

見学室の透也は、その光景を無言で見下ろしている。

透也を守るための「盾」であるはずの彼女が、今や誰かを守るための「盾」として機能している。その皮肉な構図を眺める透也の喉が、わずかに鳴った。


「――っ」

洸樹はこの訓練の目的を悟る。

これは退避が優先だ。

ナイフを手にした男が一人。残りの二人も何を出すか分からない。

相手の武力差を考えれば制圧は不可能だ。

「紗奈、下がれ。対象を退避させる」

洸樹はインカムで命令する。だが、紗奈は止まらない。

「分かった。……洸樹は下がって」

洸樹は舌打ちをする。

だが、戻っている余裕はない。

戻れば任務失敗だ。

紗奈は、迷いなく9時の方向の敵へ踏み込んでいく。

洸樹が対象を抱えて退避した直後、紗奈は一瞬で数に圧倒されていた。

いくら彼女の殺意が卓越していても、三方向からの同時制圧には抗えない。

一人が彼女の足を払い、崩れ落ちた隙に、もう一人が背後から強引に腕をねじ上げ地面に伏せさせる。

砂埃が舞う。

「ぐっ……!」

「サナ、チェックメイトよ」

レセプションで声を掛けてきた女性エージェントだった。

紗奈は一瞬の隙を突き、左太もものホルスターから模擬ナイフを抜く。迷いなく、上に乗った敵の頸動脈——その急所に冷たい刃先を押し当てた。

「……無効化」

エージェントは、大人しく拘束を解く。

紗奈はそのまま砂の上で立ち上がった。

ふらつくこともない。呼吸すらも乱れていない。


だがすぐに紗奈は、背後に別の敵に回り込まれ、反転したナイフが紗奈の首元に突きつけられる。

本来ならば、ここで彼女は「無効化」され、訓練は終了するはずだった。


(もういい……)

だが、紗奈は止まらなかった。

彼女は喉元に突きつけられた刃から逃げるのではなく、むしろその刃を自分の皮膚へと深く、深く押し付けるように首を傾けた。

訓練用の刃にもかかわらず、紗奈の柔らかな皮膚を食い破る。

「……っ!?」

背後の敵が、その狂気的な挙動にたじろぎ、一瞬だけ手が緩む。

紗奈は自分の首がかき切られるかのような勢いで、そのまま訓練場の砂の上へと崩れ落ちた。

見学室の空気は、完全に凍りついた。


透也は手すりを掴む指が白く変色するほど、血の通わない形相でその光景を見下ろしていた。

レイモンドだけは、動かない。

倒れ伏した紗奈の首元から滲む赤色を、彼はただ冷徹に、計算された審美眼で眺めている。

訓練場には、紗奈の荒い呼吸だけが、遠くから聞こえていた。


紗奈は訓練場の天井に吊るされた、剥き出しのライトを見上げていた。

白く、刺すような光。それが網膜を焼き、意識を遠ざけていく。

不意に、その眩しさが一つの影で遮られた。

視界の端に、均整のとれた無機質な輪郭が浮かび上がる。

レイモンドはしゃがみ込んだ。

首元を流れる赤を一瞥する。

表情は変わらない。


「……何をしている」

紗奈は答えない。

「勝てないなら下がればいい」

静かな声だった。

責めてもいない。

慰めてもいない。

ただ事実だけを置く。

「それとも」

レイモンドは細く目を眇める。

「死ぬつもりだったのか?」

紗奈は目を閉じた。

だが、レイモンドは紗奈に命令する。

「立て」

紗奈は立ち上がった。

その直後。

訓練場の扉が乱暴に開いた。

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