29―技量テスト①
――S/F野外訓練場B
S/F社が誇る野外を想定した広い室内訓練場。訓練生の動きが一目で分かるように、頭上にはガラス張りの見学室が張り出されている。
TSOのメンバーたちは、いつものスーツとは違い装備のついたタクティカルスーツに身を包んでいた。
ただ一人を除いて。
ジャケットを脱いだネクタイとシャツ一枚の姿。
「紗奈、それで大丈夫なのかよ。怪我するぞ」
洸樹が心配して並んだ紗奈に声をかける。
「私にそれは重すぎるんです。レイの許可は貰ってます」
(チーフじゃなくて、そっちなのかよ)
洸樹は心の中で毒づく。
現場を仕切る梶が、整列する隊員たちを見渡す。
その視線が紗奈で止まった。
「紗奈」
「はい」
梶は紗奈の左太ももへ視線を落とす。
パンツの外側に固定されたホルスター。
そこには黒い模擬ナイフが収まっていた。
「それを使うつもりか」
「必要ですから」
即答だった。
梶は小さく息を吐く。
「そう思っているうちは危ないと言っただろう」
紗奈は僅かに首を傾げる。
「でも、レイが見せてもいいって」
梶は数秒黙った。
「そうか」
それ以上何も言わない。
やがて訓練開始のブザーが鳴り響いた。
最初は、個人の技量チェックからだった。
コンクリートの廃墟を設定した屋根のない建物の中にダミー人形10体ランダムに設置されている。それを無効化するタイムを測定する。
次は紗奈の番だった。紗奈はホルスターから黒い模擬ナイフを抜いた。模造品でありながら、その刃はまるで本物のような冷徹な光を放っていた。
ブザーが鳴り響くと同時に、紗奈は建物の影へと消えた。
次々と敵を無効化した音が聞こえてくる。
「まじ速えぇ……」
洸樹が思わず息を呑む。
見学室のモニターには、カメラが捉えた紗奈の動きが流れている。
迷いはない。
効率化された殺意が、建物の静寂を切り裂いていく。
最後の一体。紗奈は滑り込むように間合いを詰め、ナイフを人形の眉間へ投げた。
ドスという鈍い音が響く。
洸樹は思わず息を呑んだ。
あれが紗奈の本来の姿なのだろうか。
訓練場からは音が消えたかのような重苦しい静寂が降りる。
紗奈は乱れのない足取りで近づきナイフを抜くと、見学室を見上げた。
誰を見たのかは分からない。
だが、その瞬間だけ。
TSOの誰よりも強いはずの彼女が、ほんの僅かに表情を緩めた。
洸樹は反射的に視線を追う。
ガラスの向こう。
透也が立っていた。
「……ああ」
洸樹はようやく理解した。
紗奈は守っているんじゃない。
あの人がいるから壊れずに済んでいるだけだ。
透也は拳を強く握りしめる。
爪が食い込む痛みだけが、自分という男の輪郭を辛うじて繋ぎ止めている。
だが、レイモンドだけは満足そうに微笑んでいた。
(変わってないな。最初から、壊れる前提で動いている)




