28―出立準備
起床後、紗奈はバスローブを脱ぎ、黒のショートパンツとビスチェ型防弾チョッキを身につけた。
バスルームを出ると、透也は窓際の椅子に座り、タブレットを確認している。
淡い朝の光が、その横顔を静かに縁取っていた。
紗奈がベッド脇の白いナイフのホルスターへ手を伸ばした。
その瞬間。
気配が近づく。
背後から腕が回る。
抵抗する間もなく、身体が引き寄せられた。
触れているのは肌ではない。防弾チョッキの硬い表面だけだ。
透也が施した特注の装備。そのまま、彼の指が金具を確かめるように動く。
ファスナーを締める。
呼吸がわずかに詰まる。
「……っ」
紗奈は小さく息を漏らす。
痛みではない。
ただ、そこに“逃げ場のなさ”があるだけだった。
「……いい、これで」
背後で透也の締める動きが一瞬だけ止まった。
それに気づいた瞬間、紗奈の表情が変わる。
静かすぎるほどの安定。それが、彼女の通常運転だった。
透也は彼女のうなじに軽く触れる。
唇が一瞬だけ落ちる。
冷たい接触。
それだけで、張り詰めていた何かが静かに収束していく。
紗奈は目を閉じた。
(……これでいい)
必要とされている間だけ、自分はここにいられる。
それだけで十分だった。
やがて透也の手が離れる。
紗奈の目からは、すでに揺らぎは消えていた。白いシャツを手に取り、静かに袖を通す。
ホテルのラウンジで、透也はホットコーヒーを飲んでいる。
少し離れたテーブルで紗奈は、透也を視界に入れながらアイスティーを飲んでいた。そこに、影が落ちた。
レイモンドは当然のように、紗奈の視界に入る位置へ座った。透也の姿が、レイモンドの肩越しにふっと遮られた。
「レイ、そこ邪魔」
紗奈の声は平坦だった。レイモンドは肩をすくめる。
「ひどいな。ちゃんと見えない位置を選んだつもりなんだが」
わざとらしい口調で、彼はさらに視界を遮る位置へと椅子をずらした。
「毎日同じ顔を見て、飽きないのか?」
紗奈はレイモンドを見た。整った輪郭だった。
「あなたはいつも違う女性といたわね」
「選択肢が多いだけだよ。君もそうすればいい」
「それもどうかと思うけど……」
レイモンドに気づいた透也が立ち上がり、二人に声をかける。
「遅いぞ。そろそろ出る」




