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『White Cage――透明な献身――』  作者: 長谷川鈴凪
4 Fractured Silence 壊れた静寂

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23-好奇の目

 食事が終わると、華と透也は最上階のバーへ消えていった。紗奈は入口の外で、護衛として立っていた。

ホテルの照明の下では、ペールピンクのニットワンピースはあまりにも場違いだった。

柔らかく、軽く、無防備すぎる。


「え、未成年?じゃあ駄目か」

酔った男が笑いながら距離を詰めてくる。紗奈は視線だけを向けた。それだけで、男は気まずそうに笑って離れていく。追い払ったというより、向こうが勝手に温度差に怯えたような去り方だった。


紗奈は再び視線を外へ戻す。

ガラス窓の向こうで、都会の光が滲んでいた。

人がいて、音があって、笑い声がある。なのに自分だけが、そこから切り離されている気がする。

透也も今はバーの中だ。華と並んで、きっと完璧な顔で笑っている。

その光景を想像した瞬間、胸の奥が静かに冷えていく。


(……今ここで消えても)

そこまで考えたところで、冷たい空気が喉を掠めた。


(誰も私を探しには来ない……)


小さなくしゃみが漏れる。あまりにも無防備な音だった。

その直後、背後から重い温度が落ちてくる。

肩に、ジャケットが掛けられた。

沈香の匂い。

「待たせたな」

低い声が、すぐ後ろで響く。紗奈の指先が、無意識にスーツの袖を掴む。

透也は何も言わない。

寒いとも、中へ入れとも言わない。ただ当然みたいに、そこに立っている。

紗奈は俯いたまま、ゆっくり息を吸った。

透也の匂いが肺に入る。

その瞬間だけ、輪郭が戻る。

消えかけていた世界が、無理やり現実へ引き戻される。


――見つかった。

そう思った。

世界中が自分を見失っても、この男だけは見つけてしまう。

逃がさない。

見落とさない。

紗奈は目を閉じる。

それが救いなのか呪いなのか、もう分からなかった。


 華を部屋まで送り届けたあと、紗奈は透也の部屋へ入った。

扉が閉まる。

次の瞬間、紗奈は透也へ抱きついていた。

シャツを掴む指に、異様なほど力が入っている。透也の身体がわずかに止まる。

「……どうした」

紗奈は答えない。ただ、彼の背中に腕を回したまま、さらに強く布を握る。

「私を外にさらさないで」

低い声だった。

「どうして分かってくれないの。私は誰の目にも触れたくない」

透也はしばらく何も言わなかった。部屋には空調の音だけが流れている。


やがて、透也の手がゆっくり紗奈の背に触れた。

「……誰に見られた」

「みんな」

即答だった。

「華さんも、バーの人も、ホテルの人も」

紗奈は顔を上げない。


「見てるのは私じゃない。あなたの隣にいる“何か”を見てる」

透也の視線がわずかに落ちる。紗奈の肩はまだ小さく強張っていた。

「……お前が目立つ格好をしていたからだ」

「あなたが許したんでしょう」

静かな返答だった。

責めているというより、事実確認みたいな声音。

透也は否定しない。紗奈はゆっくり息を吐く。


「カフェでも見られた」

「……華か」

「違う」

そこで初めて、紗奈が少しだけ透也を見上げる。

「華さんは、覗こうとしてくる」

その言葉に、透也の目がわずかに細くなる。紗奈は続けた。

「私を普通の女の子みたいに扱う」

吐き出す声は、嫌悪と恐怖が混ざっていた。

「そんなものじゃないのに」

沈黙。

透也はゆっくりと紗奈の頬へ触れる。冷えきっていた。


「……今日、お前が余計なことを言ったからだ」

「余計?」

「ああ」

透也の指が、彼女の髪を梳く。

「迎えに来てくれる人、だったか」

紗奈の睫毛がわずかに揺れる。

「華はああいう言葉を忘れない」

「……失敗した?」

「いや」

透也は低く言った。

「お前は上手くやりすぎた」

その瞬間、紗奈の呼吸が少しだけ乱れる。

透也は彼女を抱き寄せた。スーツの匂いが落ちてくる。

紗奈は抵抗しない。むしろ、そこへ沈み込むみたいに目を閉じた。


「……嫌」

小さな声だった。

「誰にも見られたくない」

透也は彼女の頭へ手を置く。

「なら、俺の背中から離れるな」

その言葉に、紗奈の指先がまたシャツを掴む。


まるで、溺れる人間みたいに。

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