9―秘められた武装
正門前で黒塗りのセダンから降りると、そこには多くの生徒の登校を阻害しないための強大な金属探知機のゲートが設置されている。紗奈は、自社製品であるS/F社の高性能セキュリティゲートを無表情で通り抜けた。警備員も彼女を「洗練された令嬢の女学生」として見送る。
まさか、彼女が社内でも一目置かれる最高執行責任者直轄『TSO(タクティカル・セキュリティ・オペレーションズ)』に所属する、現役のSF(Security Force)だなんて夢にも思わないだろう。
学校指定の制服の下。彼女の肌に密着しているのは、同世代の少女たちが身につけるような華やかな下着ではない。
胸元を守るのは、特殊繊維で編み上げられたビスチェ風薄型防弾チョッキ。漆黒のそれは、身体のラインを崩さないほど薄く、それでいて至近距離からの衝撃を殺す硬度を秘めている。スカートの下には、激しい動きを阻害しない黒のショートパンツ。そして左内腿のホルスターには、白いタクティカルナイフが装備されていた。
高級な磁器のように美しいホワイトセラミック製の刃。セラミック素材でできたそれは金属探知機に引っかかることはない。
一見美しい装飾品のような「白い刃」。けれどそれが空を裂くとき、誰よりも速く、容赦なく敵の頸動脈を切り裂く。
名門女子高に通う十七歳の高校三年生。それが表の顔。そして『TSO』でVIPの近接警護を担う実動員──それが、紗奈の正体だった。
「紗奈、次の授業の移動教室に行こ?」
友人のブラウンヘアの苑田真衣に声をかけられ、紗奈は艶やかな黒髪を揺らし、微笑みを浮かべて立ち上がる。
その瞬間、彼女の脳内には「護衛対象の安全確保」というSF特有の思考ルーチンが走り出す。
(左前方三メートルに死角。廊下の曲がり角、不規則な足音――異常なし)
「ええ、行きましょう」
少女の可憐な返事の裏側で、冷徹な護衛としての牙が静かに研がれている。 彼女にとって、学校は学びの場ではなく、いつ始まるかわからない「実戦」までの待機所に過ぎなかった。
休み時間の教室。色とりどりの会話が飛び交い、週末の予定や流行のコスメ、誰かの恋の話で華やかに彩られている。その中心にいても、紗奈の周りだけは不自然なほど静かだった。
彼女が纏うのは、凛とした、それでいてどこか刺すような冷気。それは単なる「育ちの良さ」ではなく、死線を日常とする者だけが放つ、独特の「拒絶」の空気だった。彼女にとってこの時間は透也から離れて、護ることのできない苦痛な時間でしかなかった。
気づけば、自分の手が無意識に制服の胸元へ触れていた。
「紗奈、それ」
そばに立つ真衣が、小さく声を上げる。紗奈は視線を戻す。
真衣の指先が、紗奈の胸元を指していた。
「どうしたの?さっきからずっとそこ触ってるよ」
真衣の声は心配だった。けれどその優しさが、逆に紗奈の中の“歪み”を浮き上がらせる。
一拍。
紗奈は笑った。
「癖なの。気にしないで」
言葉は滑らかだった。だがその滑らかさの裏で、胸元の奥にある硬い感触だけが、やけに鮮明だった。
(ここにある)
守るためのもの。
隠すためのもの。
そして、誰にも見せてはいけないもの。
「紗奈、私からのプレゼント。もうすぐ誕生日でしょう?」
紗奈は少し気恥しそうな表情をした真衣の顔を真正面から見た。綺麗にラッピングされた小さな箱を受け取る。包みを解いた箱に入っていたのは、小粒の真珠が並んだ先に蝶の装飾がついたヘアピンだった。
「紗奈の髪に似合うと思って。使ってもらえそう?」
「……真衣、ありがとう。私なんかのために選んでくれて」
こんな偽りの自分を友人として慕う少女に紗奈は、少し心が痛んだ。紗奈は、ヘアピンをこめかみにさした。それを見た真衣の顔がほころぶ。
「やっぱり、紗奈の綺麗な黒髪によく似合う」
「ありがとう、真衣」
そう言って、ヘアピンを箱に戻しながら浮かべる微笑は、完璧なまでに美しく――そして完璧なまでに偽物だった。




