32話 2つの選択
♪トットロ、トトロ、うにゃうにゃ、トットロ、トトロ~
「猫バス」の中は大変賑やかだ。
姉ちゃんに綾香、美千瑠、舞の四人も乗ってのアシエル国への帰りである。
全員魔法アプリを持っているから自由にテレポートが出来るんだけど、一度は乗りたり「猫バス」なのである。
こうやって騒げるなんて夢みたいだ。
前にアルがミリーに送った手紙に『今いる世界は魔力が無いから帰れない』と言って居たが、実は二月ほどで魔力は戻りそれ以上に増幅していたらしい。
こっちの魔力の替わりとなったのは電磁スペクトル、電磁波と呼ばれる放射エネルギーなんだとか。
家(店舗兼住居)は電気屋が立ち並ぶ繁華街の裏手に在り、直ぐ近くには携帯電話会社の基地局やテレビやラジオの中継局も数多く有る。
この度総勢五人+大量の荷物持参でテレポートが出来たのは、それらの大量の電磁波のお蔭なんだとか。だから一回だけしか出来ない事で、此方からはアル一人が一年に一度行ける位の魔力しか蓄積出来ないと言う事らしい。
早い話、アル以外はもう日本へ帰れないと言う事だ。
それを分かった上で綾香・美千瑠・舞が来た事が嬉しかった。
最初アルが帰らないと決めたのは、姉ちゃんと一緒に居たいからであってそれ以外の何物でもないらしい。姉ちゃんを連れて行こうかとも考えたらしいが、その頃私はまだ高校生だから姉ちゃんは絶対に行かないと言い切ったそうだ。
その後アルは完全なオタクと化し、フィギュアの制作や無料オンラインゲーム等(広告)で稼ぐようになり、自宅の脇に有った古い倉庫を改装して「猫耳かふぇ」を始めたのである。(これ自体も趣味が高じただけだと思ってるけどね)
それに国籍を持たないアルは、就職も出来ないし、結婚も出来ない。
その点、こっちに帰ってくれば国籍がどうこうと言う話もそれ程問題にはならないし、就職も結婚も可能となる。
姉ちゃんは来たかったのかな。
人見知りで引籠りだけど、小説家と言う好きでなった仕事も辞めて来て良かったのだろうか。
小説と言えば、あの絵本「魔女のミミと黒い翼」を見た時は本当に驚いた。驚くと言った以上に心臓が止まるかと思った程だった。
絵本の主人公であるミミは日本に居た頃に舞が良く書いていた私の似顔絵とそっくりだったのだ。誇張された大きな目と厚ぼったい唇が特徴的で、黒いワンピースから覗く手足は棒切れの様で可愛くない。
そして空を飛ぶドラゴンは綾香が良く書いていた灰色の体に青い目のキモカワ的な風船みたいなドラゴンだった。(ゲームのキャラとか言ってたよな)
文章は誰が書いたのか推察出来なかったが、もしかしたら帰れるかも知れないと、絵本を手に少しの希望を持ったのだった。
まさか皆が来るなんてね。
その方が驚きだわね。
あの絵本はこっちの世界での黒目黒髪の印象を少しでも和らげる為にと、皆で作ってくれた絵本だと教えてくれた。発行者はアルバートで製作者は姉ちゃんの萌である。アルの友人の印刷屋に内緒で頼んだと言っていたが、そのついでに私に連絡をして欲しかったと思うのは我儘でしょうか?(アルの馬鹿!)
そうそう、あの文章を書いたのは美千瑠だと聞いて驚いたけど、何だか嬉しかった。
姉ちゃんを見ると父と何か話している。
難しい話かな、そう思って二人を見ていたら、その視線に気が付いた父が「心配ない」と笑顔で頷いてくれた。
不思議なんだけど、父と母とユイナは私が言葉を出す前に分かってくれる。
一番理解度が高いのは父だが、ユイナもハイレベルだ。母は分かって居るのか居ないのか微妙な感じだけど、あの独特の雰囲気でどうでも良くなってしまう。
物凄く気になるからどんな感じなのかを聞いてみたら、それは例えば、私の少し上辺りにマンガとかの吹き出しが有って、其処に文字が書かれているみたいな感じらしいのだ。厳密に言えば吹き出しは無いらしいが、私の表情や口元から聞こえ無い声が聞こえるっぽいって事らしい。
まさかのリアル二次元人間になったみたいで、動揺してしまう自分が怖いぞ。
横ではまだ皆が懐かしい歌を歌っている。
ユイナも何故か一緒に歌っているから面白い。
皆の歌声を聴きながら前の席に置かれたしゃくやくの花を見ていたら、今日出発する前にその花を持って来てくれた騎士の人の笑い顔が浮かんだ。
イシュダールに滞在していたのは五日間だった。
その間、毎日カークランドの家に来ていた騎士隊総指揮官デュアリス=ワイルダーさん。
シンシアさんの恋人だと思って居たが、シンシアさんの恋人はアシエル国の騎士隊員なんだと教えてくれた。
シンシアさんがアシエル国の女性騎士隊に入隊して直ぐに知り合った男性で、三部隊の隊長で腕っぷし強く、隊員達や上司からも慕われている良い男らしい。
男爵家の三男坊で上の兄が家督を継いでいるから面倒な事も無く、兄達が嫁を迎える前に早々に騎士隊の寄宿舎に移り住んで随分長い。
シンシアさんはクラーク伯爵家の一人娘である為、お婿さんを迎えなければならない立場だ。その隊長さんは文句なしで迎え入れる予定だったけど、あの馬鹿なゴリラ王子の所為で、その話が進まず変に拗れてしまったようだ。
ゴリラ王子は王族の特権で、男爵家なんて簡単に叩き潰すと公言した為、困ったシンシアさんは自分には母国に婚約者が居ると言って、帰って来たのだそう。
それでもしつこいゴリラ王子の所為で、偽装の婚姻の約束とやらを取り交わしたのだと言っていた。
流石にゴリラ王子も隣国の公爵家の子息となれば手が出ない。
そう考えたけど、馬鹿は馬鹿である。
拉致して無理やり~なんて、マジで勘弁して欲しい。
(帰ったら、サリーちゃん百叩きの刑だわよ)
シンシアさんも結構しつこく謝りに来てくれたけど、自分ではそれほど大変な目に遭ったと思って居ないから物凄く困ってしまった。
それを見ていた父が、こんな事でも無ければ私はミオと会えなかったと言って抱き上げる物だから、流石のシンシアさんもそれ以上は言わなくなった。
後、毎日来てくれたのはサンだった。
私にと作ってくれたドレスやワンピースを持って毎日やって来た。
しかし、それらの洋服を舞がことごとくリフォームする為、毎日罵声の連続だった。
この二人の洋服に駆ける執着度は高い為、喧嘩をしている様に見えるけど、二人の手に掛った洋服は大変美しい物が出来上がる。後半は私では無く「マイ」ご指名でやって来ていたから、多分仲良しなんだろう。
それから、私が落とした鞄も返して貰った。
これは総指揮官と副指揮官の二人が持って来てくれた。
中を確認して欲しいと言われて見てみると、覚えの無い綺麗なペンが入っている。その事を言うと、露店で購入したのをシンシアが見ていると教えてくれた。簡単にラッピングをして貰って喜んでいたらしい。
(・・・・・)
何だろう。
何か、気持ちがもやもやする。
何かを思い出せそうな気がしたが、お茶を持って来てくれた綾香の一言でそんな気持ちは何処かに吹っ飛んだ。
「きゃー!めっちゃ好みの筋肉ちゃん!」
持って来たお茶セットのワゴンは放置され、副指揮官のアシュレイさんの体を障りまくる綾香であった。
(あれ?アシュレイさんの顔が・・・赤い?)
しょうが無いのでワゴンを取りに行ったが、近くで見たアシュレイさんの顔は何時も通りの無表情だった。やっぱり気の所為だったかと思ってお茶を淹れたのだった。
そう言えばアルは私が来た翌日には城へ呼び出されて、そのまま帰って来なかったな。
数年間不在だった事もあるし、帰れないと言っていたのに帰って来た事や、日本での生活等色々と聞かれて居るんだろうと思う。私だってアルには聞きたいことが沢山あるんだけど、ある程度は姉ちゃんから教えて貰ったので良しとしよう。
父が国に戻る前日、父は私に戻るのはゆっくりで良いと言ってくれたのだけど、何故か置いて行かれる様で寂しかった。
でも、姉ちゃんや友達とも離れるのが辛くて、どうしたら良いのか分からなくて本当に泣いてしまったのである。
(我儘だって分かってるんだけど、どうにも気持ちの制御が出来なくて、言葉よりも涙の方が先に出てしまったんだよ。今思い出しても恥ずかしいな)
そんな私の為に、父が皆を招待してくれたのだ、アシエル国へと。
それは本当に嬉しかった。
「猫バス」がスピードを緩めて美しい庭園へと入って行く。
その先には大きな白いパラソルが開かれ、その下にはやはり白い椅子とテーブルが置かれている。
其処には人形かと見間違う程美しい貴婦人がゆったりと座って笑っていた。
「母―!」
「ミオ、お帰り」
優しく迎えてくれる母の胸に飛び込み思い切り抱き付くと、庭に咲く花々の安らぐ香りが包んでくれた。
猫バスに乗りたい!それだけです。




