31話 残されたアプリ
「「錠」の所為だと思う」
寝起きのぼさぼさの頭をぽりぽりと掻きながら思案しているのはアルだ。
今朝方まで美桜のスマホの修理に係っていてほぼ徹夜状態である。そんな事は分かっているが、状況が状況だけに叩き起こして聞いてみたのである。
12番目のアプリ「錠」が起動した為、忘れたい事に鍵が掛かり総指揮官の事を全て忘れたのだろうと言うのだ。
一種の記憶喪失で、総指揮官の事だけ忘れており、他の事には何ら支障が無いらしい。
美桜にそっと聞いてみたが、総指揮官の顔も知らないし名前も知らないと言う。
連れ去られた仮装の日の前日、ワイルダー家の夜会の事も殆ど覚えておらず、広い庭園と神官長の爺さんとお茶を飲んだ事位しか覚えて居なかった。
12番目のアプリも起動した覚えが無く、仮装の日のトラブル時に偶然起動したと考えられた。
「何で錠なんて物を入れたの?」
「う、ん。美桜ってさ、忘れ物とか結構多いじゃない?だから大事な事は忘れない様にと思って入れておいたんだけど、余計だったみたいだね」
余計も何も、美桜のスマホに入れられたアプリは余計な物が多過ぎる。
言語・風・水・火・光・転移・念力・重力、この八つまでは許すとしよう。
心読みとか雷とかさっきの錠、それに加えて翼って何なんだ!?必要か!?
「でも、萌も好きでしょ?翼」
うっ、そ、それを言われると返答のしようが無い。(チクショー)
嗚呼、此処にも一人、美桜が大切でしょうがない人間が居たことを忘れて居た。
私もアルも、舞、綾香、特に美千瑠は美桜を甘やかす。
三人の妹達には最低限の言語・風・水・光・転移の五つのアプリが入っている。一緒に行く事が急に決まった為の措置である。
私のアプリは、美桜と同じ仕様になっているらしいが、変な物は起動させない様にと心に決めている。
これは私とアルの推察だが、誘拐されようとしている時に何らかの弾みでアプリが起動し、その時美桜が心に思った事に反応したと思われる。
多分、心に思う人に助けを求めただろうが、その人は別の人と婚姻すると知っている。だから、助けを求める事を諦め、忘れようとしただろう。
その「忘れよう」が錠に反応した。
「美桜がそこまで強く想うなんて、なあ」
「アル、あんたまでそんな事言わないでよ」
「そうだな」
「そうよ、言ったでしょう?あの子はまだ一九歳なのよ」
アルの世界に来て直ぐに、美桜に直接関わった人達に一通りの話を聞いて回った。
三人の妹達には、お城の侍女達や食堂の人、庭師の人に騎士隊員と、表立って話さない様な事をいろいろと聞いて回ってもらった。
洋服のリフォームとか下着の改良とかは、あの子自身が窮屈な洋服を嫌うから必然的な事だっただろう。
食堂での残り物を工夫したのは、日々の勿体無い精神から来るものだから、私の躾が上手く機能したと思って居る。
気になるのは総指揮官の「御渡り」なんだけど、本人が言う様に何も無かった訳は無いと思って居る。その後も総指揮官の部屋に移っている訳だし、何かをしようと思えば出来た環境であるのだ。
百歩譲ってキス位だったとして、あの子が相談出来る人や環境があったかと考えると、無かったように思う。
美桜の周りに居る面々は、どういう訳か濃いメンツが揃って居る。
一番話せそうな人物はミリアムだろうが、彼女は王太子妃と言う立場上忙しいし、王太子が彼女を離さないから問題外だ。
ルルも仲が良いけど、彼女自身が噂好きな面が大きい為、間違っても相談などしないだろう。
一番の適任はサンドラなんだろうけど、オカマちゃんの割に考え方が固いから、言い出しずらいかも知れない。
相談までは行かなくても、優しく見守ってくれる家族が居れば大丈夫だろうと思って居たが、アルの両親は伯爵から公爵に上がった為に日々に忙しなく、美桜に構って等居られなかった様だ。
これはアルも期待外れだったと言って嘆いていたが、まさか妹のミリアムが王族に嫁ぐとも思ってなかったし、爵位が上がった事も当然知らなかった。
「家の両親なら絶対美桜を溺愛してると思ってたんだけどな」
「結構良くしてくれたと思ってるわよ?」
只ね、何時もにこにこして言う事を聞くからって、皆さんそれが当たり前だと思って無いですか?って事なのよね。
「知らない世界に来て知らない人に囲まれて、面倒を見てくれている人達に文句や我儘は言えないわ。一生懸命この世界の事を知って、覚えて体に根付かせて行くのに必死だったと思うのよ。でもね、それを当然だと思われているのが悔しいのよ。
あの子、まだ一九歳よ?八〇歳寿命の私達の世界でさえ、まだ子供の部類に入るわ。こっちは私達より長寿な世界なのに、幼いあの子に一体何を求めているのかしら」
私達が来て数日後に開かれた集まりで、埒の空かない絵空事ばかり話す人達にそう言って意見を求めたのだけど、それに対して誰も返事を返す事は無かった。
総指揮官だけは違ったけどさ。
「俺は言葉が足りなかったと実感している。それに加えて話を聞いてやる時間を取ってやれなかった事が悔やまれる」
かなり忙しかったみたいなのよね。それについては騎士隊員達もぼやいていたから知ってるけど、本気なら時間を作らなきゃダメなのよ。
そもそもこっちの国の体勢が悪いんじゃ無いかと思うけど、流石に王様に進言する程の度胸は無いわ。
美桜自身もストレスとかは余り感じて居なかったらしいけど、こっちに来るまでは普通の女の子だったのだ。家事全般は私とアルでしていたし、美桜は仕事と趣味に忙しく、今回加わった三人の妹達とも仲が良かったから遊ぶことも忙しかった。厳密に言えば、あの三人に連れ回されていたと言った方が良いかもしれないけど、それでも家事の手伝いはしてくれていたし(皿洗いとか洗濯物の取り込みとか)、ごくごく普通の女の子だったのだ。
日々溜まるホンの僅かなストレスに、あの子が耳を塞ぎたくなるのは悪い事では無いわ。
だって自分を守る為だもの、必然な事だと思うわ。
私は良く頑張ったわねって褒めたし、本当に良く頑張ったと思って居る。
でも何時かはそれと向き合わないといけない時が来ると思うけどさ。
その時は側に居てあげるわよ、絶対にね。
「デュアリスはあの後帰ったのか?」
「んー、アシエルの王子と何か話してたみたいよ?」
「クオーレ殿か、」
「そ、美桜曰く父とね」
最初は驚いたわよー。
声が出るようになって直ぐに「父!」と言ってあの美形のクオーレさんに抱き付いたのである。
それを受け止めたクオーレさんの嬉しそうな顔と言ったら、本当に皆さんに見せてあげたい位だった。
それと美桜の侍女として一緒に来たユイナも中々面白い子で、侍女と言うより友達に近い感じだと思う(だって呼び捨てだしね)。美桜もあの三人の妹達に紹介しており、あの子達も受け入れたし、ユイナも入って行った。
うーん。妹が全部で五人か。
ま、それも楽しそうだから良い事にしよう。
「あ、明日は城へ行ってくるよ」
「お城?」
「うん。聞きたい事が山の様に有るとか言ってたからさ」
「そうね、まだ何にも説明して無いものね」
総指揮官の部屋にテレポートして、その後すぐにアルの実家に来た。
アルの簡単な説明で私達はこの家に住む事となり、私はアルの部屋、三人の妹達は其々に部屋を貰って必要な物の買い出しに忙しかった。
その間、アルは美桜のスマホの修理に没頭し、今朝の到着まで間に合わせたのである。
私達も此処に来てまだ三日。
知りたい事は山の様に有るのだった。
「オレ、寝て良い?」
「ええ。私は妹達の部屋に遊びに行くわね」
部屋の戸を開けると、にぎやかな声が聞こえて来る。
今夜は多分寝る事なんて出来ないだろうなと微笑みながら、美桜の好きな東京堂の豆大福を手に向かうのだった。
豆大福は柔らかくて、買った時のままと同じ状態である。
それは、アルが使った「時を止める魔法」のお蔭なのだけど、その「時を止める魔法」とやらで私の美貌も止めて欲しいと頼んだら、それを人に使ったら死んじゃうよ?と言われてしまい敢え無く断念したのが記憶に新しい。
だってさー、こっちの人達、百歳過ぎても若いって、妙に悔しいのよね!
美桜じゃなくて、姉ちゃんを飛ばした方が良かったかも(笑)




