【第十二話】たっぷりの眠気とわずかな好奇心
その日、流山珠悠はパチンコを打っていた。
「……」
遊戯としてお馴染みの、あのパチンコだ。
銀色の玉が次々、釘にぶつかってカチカチカチカチ鳴って、小刻みに震えながら、ある玉は底へと落ち、ある玉は途中の穴に吸い込まれていく。
そんな単調な様子を、珠悠は半ば恍惚と眺めている──。
常政律郎は、朦朧とする意識の中、思いを馳せる。
どうしてこんなことになったのか。
こうなるきっかけは、律郎が一昨日に発した、何気ない一言だった。
明日は金曜で、英語ないし──。
その常政律郎の気づきから、平日であるにも関わらず、深夜ゲーム部が開催された。それもこれも、人気タイトルの新作配信日なのが悪かった。それもチーム戦形式のオンラインゲームなのだから、招集に是非もなく、更に、これがβ版のテスト稼働で、2日間の限定先行配信となるのだから、こちらに慌てない権利がなかった。
そして、結論から言うと、脳みそがとろけそうになるくらい面白かった。
アドレナリン全開の律郎が、ふと、窓の外を見ると、朝焼けに景色が白んでいた。
「えーっ! 夜が溶けた!」
『夜が溶けるとか、何かのユニットの新曲? ってマジじゃん!』
と、お馴染み通話相手のSesesesesesese氏が吠えた。
そこへ、いつものメンバーのThis_Land氏が「ま、俺は気付いてたけどね」というような、煽り気味な態度で割り込んでくる。
『ま、俺は気付いていたけどね』
「言えよ。うわ、親の起きる気配がする」
『マザー?』
「うん」
『ふーん、てことは、俺ら寝る時間がないってコト?』
『ふーん?』
試しに、律郎は目を閉じてみる。1秒で眠りに落ちることができそうだった。
「ふーん……面白いじゃん」
言ってはみたものの、全然面白くなかった。
その日は、余白の時間全てを睡眠にあてて、なんとか乗り切った。いや、正直な話、全然乗り切れていないのだが、ひとまず時間を放課後に持ち込むことはできた。
(代償がでかすぎる……)
体育がないのが本当に幸いだった。最悪、ぶっ倒れていた可能性がある。
そんな体たらくなので、帰宅するのも面倒で、律郎は元文芸部室に向かって、いつも作業している机に突っ伏して寝た。
◇◇◇◇
「もしもし……あ、資金調達できました? オッケー、そうしたら、昨日言った株に半分入れて残りは──」
どうして高校生がする必要があるのかわからない電話をしつつ、江川先輩はそのあたりの紙に「今日はありがと~」と書いて差し出した。江川先輩が何を相手にしているのか、流山珠悠は考えないように、軽く会釈をしてその場から離れる。
そのまま、いつものように元文芸部室に行き、戸を開いた。
「あれ……寝てる……」
律郎は座ったまま、上半身だけ机に倒れ伏して、熟睡していた。いつものラップトップすら出していない。珍しい光景だった。
(死んでるみたい……)
起こす用事もないし、かといって皆森ヒロシな気分でもないし、結局、珠悠は元文芸部員らしく、本を読むことにした。
しばらくページをめくっていると、うっすら眠気が差してきた。
珠悠は活字から目を離すと、あくびをする。
「ふあぁ…………いっ」
その様子をいつの間にか起きた律郎に、がっつりと見られていた。
珠悠は慌ててあくびをすっこめて、恥ずかしさを誤魔化すように挨拶する。
「お、おはよ」
「あ……悪い、寝てた……」
「珍しいね」
「今日は仕方ない……定休日……」
「そっか」
珠悠は何の気もなく言ったつもりだったが、残念そうなニュアンスが出てしまった。
それに引っ掛かったのか、律郎はじっと珠悠の顔を見る。目の覚め切っていない胡乱な眼差しに、珠悠は少し緊張した。
やがて、律郎は口を開いた。
「流山って、どういうのを見るのが好きなの」
珠悠は面食らってしまった。このまま話をする流れになるんだ。
「えっと、雨とか……動物とか、かな。ある程度、どういう感じに動くかわかってるけど、ひとつひとつの動きは全く予想がつかないものは、つい、見ちゃう」
「そうなんだ……ほかにあったりする?」
律郎は深堀りしてくる。こんな性分、今まで興味を持ってくれる人なんていなかったから、珠悠は面映ゆい気持ちになる。
「ほかに? えーっと……実際に見たことないけど、気になるものなら……」
「へえ……これ、好きかもな、みたいな」
「うん……」
なんて思わせぶりに言ってしまったが、口にするのははばかられた。これは流石に引かれる、いくら寝ぼけ眼の常政くんであったとしても……。
「何?」
が、重ねて問われて、珠悠の心は揺れた。
わざわざ訊いてくれたんだから答えなきゃ、という気持ちから、言ってしまえ、という気持ちが優勢になったのだ。
逆に考えれば、寝ぼけ眼の常政くんなら、良いのでは。たぶん、覚えてないし。
そう念じるように言い訳を敷きつつ、珠悠は勇気を出して答えてみた。
「パチンコ……とか」
取り返しのつかないことをしたような空気が走った。
律郎はぽかーんとして、珠悠のことを見ている。この人は何を言ったんだろう、と頭の中で審議するような顔をしていた。
「い、いや、一攫千金がしたいとかじゃなくて、玉がカチカチ転がっていくとこが、なんといか、私好みかもな、みたいに思ってるだけで──」
珠悠が慌てて注釈を入れても、律郎の目は宙を泳いでいる。
もしかして、脳幹を壊しちゃった……と珠悠が青ざめた時、律郎は思い付いたように言った。
「じゃあ、やる? パチンコ」
「えっ!」
そういう返しがあるのかと、珠悠は驚いた。それから、思い切り手をぶんぶん振る。
「いやいや、だめ、だめだよ! 私たち、未成年だし無収入だし度胸ないし……」
「え? ああ……違う、ホール行こうってことじゃなくて」
律郎は小さく笑いながら、爆弾を放った。
「パチンコ台、うちにあるから」
「ええーっ!」
珠悠の頭の弁がすっ飛んだ。血が勢いよく巡って、思考がぶん回る。
──パチンコ台が家にあるの? どうして?
珠悠は、中古の台がネットオークションに出されたりしていることを知らないので、まずそこに躓いたが、まあ、そういうこともあるかも知れない、と仮の結論を出す。
いやいや、そんなことよりも、律郎はもっと重大なことを口にしている。
「う、うちって……?」
恐る恐る、珠悠は問い返す。律郎は事もなげに、答えた。
「俺の家」
珠悠は固唾を飲んだ。
私、常政くんの家に誘われてる──。
高校に入って、さっそく異性の家に行くことになるなんて。そう意識してしまうと、ためらいの心が出てきてしまう。
でも──それ以上に、好奇心が湧いてきてしまった。
できるなら打ってみたい。見てみたい。パチンコというものを。。
「い、いいの……」
窺うように訊ねると、律郎はどこまでもこともなげにうなずく。
「いいよ。明日、土曜だし……来たら」
「明日っ⁉」
話が速すぎて、声が裏返ってしまった。
「そう……明日なら、いける……かも……しれない……」
突然、律郎の口調がふにゃふにゃしてきた。今にも眠気に沈もうとしている。このまま、彼が眠りに落ちれば、この話は確実に流れてしまうだろう。
珠悠に残された時間はわずか──もう、ここまできたら、飛び込むしかない。
「い、いきたい……!」
口にした瞬間、顔が熱くなった。思わず両手で、頬を包んでしまう。
言っちゃった、常政くんの家に行きたいって……。
「そう……じゃ……明日…………」
律郎は心なしか満足そうに、再び眠りについた。ほどなくして、健康な寝息が聞こえてくる。熟睡だった。
ぽつんと残された珠悠は、落ち着いて、今起きた約束を心の中で反芻して、改めてことの重大さに慌てふためいた。
「い、い、家ー⁉ 私、どこか知らないよっ!」
夢の中の律郎にその声は届かなかった。
続く。
(第十二話・終わり)




