出会い1
少年はリュックを背負い、本を片手に開いて持ち、境内の中ほどに立っている。本殿の方を眺めているようだ。
「見ないやつだな……」
意識せず俺の口から言葉が漏れた。
「夏休みだし里帰りとかで来てるんじゃねぇか?」
「でもなー。毎年来るようなら覚えるしなー」
そうなんだよな。
でもまあ別にそこまで不思議な事でもないか。
初めてこの街に来たのか、初めて俺らが出会ったのか。でも、地元民も来ないようなこの神社によそ者が来るとはな。……いや、よそ者だからこそ来たのか。
俺たちが少年の様子を遠巻きに伺っていると、向こうもこちらに気づいたようで視線を送ってくる。しかし、興味は無いと言わんばかりにすぐ本殿の方に向き直ると、そちらの方へ歩いて行った。
トモヒロがタクヤ達にも見覚えあるか聞いているが誰も知らないようだ。
「ま、カンケーねーか。行こうぜ。とりあえずベースだよな」
俺らのベースは本殿――いや、拝殿って言うんだっけ、まあいいか。そこより、向かって右奥の藪の先にある。境内の周りは木々や藪で囲まれていて、手前の方には何もないが奥の方ほど深くなってるんだ。我ながらいい場所を見つけたもんだな。
しかし、あいつが見ている前で、言わば秘密基地に行くのはなんだか気分が良くない。まあ仕方ないか。
その間もあいつは本殿の上の方を見たり中を覗こうとしたりしているようだ。
「ユウキくん、あの人なにしてるんだろうね」
声をかけられてふと横を見ると、ちーちゃんがその場にいた。あれ、タクヤと一緒じゃなかったのか……?
あ、三人して先に行ってるし。
「さあね、そんなにこの神社が珍しいのかな? よくわからないけど。まあいい、行こう。あいつら先行っちゃったよ」
「うん、早く山に行きたいもんね! 不思議な場所、楽しみだね!」
俺はちーちゃんと三人を追いかけて走り出す。
丁度、本殿の横に差し掛かり、三人に追いつくかという所で不意に声をかけられた。
「ねえ。君たちさ」
俺は驚いて急ブレーキをかけた。ちーちゃんは俺にぶつかってぎゅっと鳴いて止まる。声の方を向くとあいつはこちらを見ていた。
「……なんだ?」
ノブが警戒しつつ答える。
「君たち、ここら辺の子だよね。僕は今日から一週間程じいちゃんちに遊びに来てるんだけどさ。この辺に面白いところとか、ないかな~ってね」
えらく馴れ馴れしいヤツだな。いきなり話しかけてきて、楽しいところだ? そんなもんこの街にあると思うか? ……なんだろう、少し惨めな気持ちになる。
「おいおい、なんだよいきなりよー。みずしらずのやつに案内するほど俺らは暇じゃねーんだよー」
トモヒロが俺の気持ちを代弁してくれた。そうだ、もっといってやれ。
「ああ、わるいわるい。僕はナオっていうんだ。えっと、小六だ」
ぐっ、年上だと。いや、怯んではいられない。相手はよそ者だ。やつにとってここはアウェイだ。話のペースをこちらに引き込むんだ。
「いやいや、名前だけかよ。苗字から名乗るだろ、ふつう」
正直難癖をつけるようなものだ。別に知りたくもないが揚げ足をとっていく。
「なんだ? 僕の苗字がそんなに気になるかい? そこまで言うのなら教えてあげよう。僕は……」
「いや! 別に気になんねえし! いいよ教えてくれなくても」
くそ、手強いな。上手くかわしてきやがる。ペースを完全に掌握出来ない。
「そうか? 残念だな。さて、僕が何者かは分かってもらえたかな。そうしたら、君たちも名前を教えてくれるかな」
「……俺はユウキ。小五だ」
「ふーん、苗字はなんていうんだい」
「……気になるのか?」
「いいや、結構だとも」
くそ、言わされた感が否めない。なんだそのどや顔は。ペースが向こうに傾きつつあるが、追撃が出来ない。
断る理由も見つからず、その後みんなも警戒しながら名前と学年を教えていた。
「そうか。よろしくな、みんな。さて、面白い場所についてだけど」
「残念ながらこの街にそんな大層な場所はないよ」
「だな。端的に田舎だ。何を求めてるか知らねぇが、畑しかねぇようなところだ」
「まあ、おめーのはいいすぎだけどな」
「そうなのかい? さっき聞こえたんだけどな~。『あの山の不思議な場所』ってさ」
こいつ聞いてやがったのか……。抜け目ないやつだな。なんだか秘密を掴まれた感じで気分悪い。
「ユウキくん、ごめんね。私がペラペラと……」
「いや、ちーちゃんのせいじゃないよ。ってかあの距離で聞こえてたのかよ。十五メートルはあったぜ」
「どうやら耳はいいらしいね。本当は君たちに干渉するつもりは無かったんだけど、気になってしまってね。だから話しかけたんだよ」
トモヒロたちは聴こえたか? いや聴こえんかった、などと話している。
「これからそこに行くのかい? ぼくも連れていってほしいなあ」
「いやいや、勘弁してくれよ。第一、期待されすぎても困るよ。林の中に少し開けた所があるだけなんだって」
「ほー。いや~、こっちも暇でさあ。文句なんか言わないよ。見てみたいなあ」
丁重にお断りするがこいつも食い下がるな……。
「おいおい。黙って聞いてりゃよー。見りゃわかんだろ。俺たちゃチームなんだよ。部外者をそうやすやすと受け入れることなんて出来ねーの」
どう断ろうか、いっそ怒鳴り散らしてやるぞ、いいのか? と迷っているとトモヒロが強気に切り出した。いいぞ、ガツンと言ってやれ。相手は怯んでる。
「どうしても来たけりゃ俺たちに認められるんだな!」
そうだぞ。……ん、ちょっとまて! なんでそうなるんだ! 帰ってもらえよ!
ノブもタクヤも、うんそうだな、じゃねーよ! ちーちゃんはオロオロしてるし。
「認められるっていってもなあ。どうすればいいんだい」
「対決だ!」
「おお!?」
なんだそれ……。
「俺たちと勝負してお前が勝ったら特別について来ることを許可してやるぜー!」
俺は活路が見出せたかと安堵したところから、急転直下の展開を受けて最早ついていけない。何か訴えたくて口を動かすが言葉がうまく出て来なかった。もういい……まかせよう。あきらめた。
「勝負ってなにをするんだい?」
「そうだな……なにか……なにがいい?」
顎に手を当てて考えるトモヒロだったがすぐに奴へ質問返しをした。
「え? 僕が決めていいのか? そうだな……」
「なぐりあうか」
ノブ、やめてくれ……。
「痛いのは勘弁だな。うーん……古今東西、世界の首都とか」
「ハッハッハ。バカめ、頭脳戦で挑んでくるとはな! ユウキ! 出番だぜー!」
俺は首を横に振る。俺も知らん。
「くそー! 俺は東京とニューヨークとロンドンくらいしかわかんねーよ!」
「トモヒロくん……、ニューヨークは……」
小三につっこまれんなよ。全く。
「競走いいだろ。な、トモヒロ」
もうこうなったのはお前の責任だ。自分で尻を拭え。
「ほう……、俺に……足で挑もうと?」
トモヒロを周囲の空気が変わった。そんな気がしただけだけど。学年一位の実力を見せてやれ。
「うーん、かけっこかあ。僕は足そんな速くないんだけどな。まあいいよ、それで」
やつはあっさりとその条件を飲んだ。
勝負の準備は整った。舞台は神社、境内横断コース。
本殿に向かって左端がスタート&ゴール、右端の木にタッチし、折り返すコースとなる。ざっと片道二十メートルが二本ってところだろうか。
俺はこの勝負でトモヒロが負ける姿をみたことがない。
二人がスタート地点に立つ。俺たちはコースを挟んで本殿に向かう形で観戦する。タクヤがスターターだ。
トモヒロは既に臨戦態勢でいるようだ。普段はあれほどチャラけているのに、今は誰の声援にも答えようともしない。
一方、やつはだいぶリラックスしているようで余裕すら伺える。
「じゃあ、二人とも準備はいい? トモヒロくん、がんばってね! いくよ?」
「僕にエールは?」
「よーい! ドン!!」
始まった。スタート前に小ボケをかましてたくせにあいつの出だしの方が速い! わずかに、人一人分のリードだが、それを保ったまま折り返し地点に到着しようとしている。そのままあいつの方が先に木にタッチした。次いでワンテンポ後にトモヒロがタッチする。体を反転させるのもわずかにあいつの方が速いか。そして両者復路一歩目を踏み出そうとした時、
「あっ」
みんなが一斉に言葉を漏らした。
あいつが足を滑らせて転けたのだ。
すぐに起き上がるも既に差は五メートルはある。その差を詰め切れることなく、トモヒロが先にゴールした。勝負はあっけなく決着を迎えた。
「はは、やっちゃったね。やー、負けたよ」
潔くあいつは負けを認めると本殿のところに置いていたリュックを取りに行った。まあ、あいつもがんばったが勝負は勝負。覆ることはない現実だ。残念だったな。
「じゃあ、僕は立ち去るとしよう。悪かったな、邪魔して。またな」
またな、な。もう会うことも無いから、さようならが適切なんじゃないか? 気を付けて帰れよ~。
「まてよ」
はい?
「今の勝負は無効だ。前半は俺が負けていた。そのまま行けばお前が勝っていただろう」
トモヒロ、な、なにを余計なことを?
「いや~。それも実力のうちだって。勝負ってのはそんなに安いものじゃないよ」
「本当にすごいよ! トモヒロくんは上級生にも負けないくらい速いのに! うちの学校で五本指には入るのに! それと同じくらい速いなんて!」
「そうだな。確かに見所がある男だ」
なに興奮してんのタクヤは……。ノブも認めちゃったし、くそ! この流れじゃ黙って帰れとは言いづらいじゃないか。ならいっそこっちから……。
「俺たちはお前を特別に認めてやる。連れて行ってやるよ」
「ユウキ! さすがだぜー! お前の器の深さは海のようだなー」
「ユウキにも認められるとは大した奴だな」
おまえらのせいだよ。俺は認めてません!
「まじかよ。ありがとな!」
こうして不本意ながらも、あいつを一時的に俺らのチームに迎えることになってしまった。