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この夏

 キーンコーンカーンコーン

 終わりと、そして始まりを告げる旋律が校内に響き渡る。


「はい、それでは悔いなき夏休みを過ごすように」


 教壇に立つ先生は、その音を聞くなりすぐに話を締め、号令の後にホームルームを終わらせた。


 そう、ようやく終わった。――いや、ついに始まったのだ。

 夏休みだぜ!


 それにしても、うちの先生はいつもここら辺が手短でいいな。

 いい加減ってわけではなく、加減が良いのだ。こういうのを年の功っていうのかな。

 しかし、とても大事なことを言っていた。


 『悔いなき夏休み』


 俺も大賛成だ。俺たちは来年六年生、さらに翌年は中学だ。そうしたら色々と忙しくなって、落ち着いて過ごせる夏休みはこれが最後なのかも知れない。……よくわからんけどな。

 とにかくだ。そのためには計画を立てる必要がある。


 最大の阻害要因は『宿題』

 こいつは七月中に片付けてしまおう。あ、自由研究と読書感想文は、まあ……七月中に方向性を決めるところまでだな。八月のお盆はどこかに出掛けるかも知れないし、それまでには……。


「おい、ユウキよー。なにボーっとしてんだよ。夏休みが始まったんだぜー! どうすんだよ! なにするよ!」


 席に座ったまま思案している俺の元に、テンション高く話しかけながらトモヒロが近づいて来た。


「あ……、ああ」


 こいつの人生は計画性とは無縁なんだろうなぁ。

 でもこいつ、その頭を補って余るほどの運動神経と容姿があるからな。クラスでも中心的存在だし、先生受けもいいんだよなぁ。本能のままに行動しても大成しそうなやつだよ、お前は。


「そうだな……、実は前々から考えてたことがあってだな」


 俺は席に座ったまま前傾して頬杖を付く。そして真剣な顔をし、声を低くして話した。


「お、おう……なんだ?」


 俺が雰囲気を作り出したことを察して、トモヒロも相応の態度で身構えた。

 いい反応だな、少し勿体ぶってやろう。


「この夏休みを最高に楽しく過ごす為の――布石だ」


「ご、ごくり」


 それはわざとらしい。まあいい。

 俺は下を向き五秒ほどの間を置く。そして目線だけを上げて話し出す。


「第二拠点を作る、なんてどうだ?」


「だ、だいにきょてん……だと……!?」


 ほんと。こいつと話してると気持ちいいな。欲しい反応を的確に返してきやがる。計算してやってるとしたら、実はこいつ頭いいんじゃないか?


「そうだ。最近はほら、あの山の方によく行くだろ? あの山にいいとこ見つけたんだよな~」


「マジかよ! ワクワクしてくんなー! よし、昼飯食ったら集合な!」


「ああ……、ん? 今日やんのかよ?」


「当たり前だろ! おーい、ノブー! ちょっとこーい」


 まだ全部説明してないのに……。はぁ、まあいつも通りか。

 しかし、咄嗟に口をついて出た案だったけど、思いの外、食い付いてきたな。神社裏のベースもだいぶ手を入れてるからいろいろ便利だし、しかもあまり人が寄り付かないから格好の隠れ家なんだけど、最近の俺らの遊び場から遠いんだよなぁ。

 あの山に第二拠点を築けば活動時間が三十分は稼げるからな。


 教室内を見渡すと、もう先生はいなくなったみたいだ。それとクラスの連中も半分くらいは帰っちゃったようだな。今残ってるやつらは何人かで集まって夏休みの計画を話し合っているようだ。


 さて、肝心のノブは……と。お、丁度別グループに詫びを入れてこっちに来るところだ。


「んだよ、ったく。人が話しててもお構いなしだな、てめぇはよ」


 ほんとだよな。ましてこのノブにこんな軽い口聞くのはトモヒロぐらいだろ。最近もどこの学校の連中を締めたとかって噂が立って、クラスの大半からは腫れ物扱いされる始末だ。ガタイの良さとか言葉遣いから、付き合いの浅いやつほどそう感じるんだろうか。


「まあまあ、そんなことより聞けって。あのな……」


 トモヒロはさっきの俺らのやり取りを器用に再現している。違いはノブの聞き手としてのリアクションがさっきよりも薄いってくらいだ。


 ノブの方はトモヒロに任せて、俺はもう一度教室を見渡しエイコを探した。

 えっと、エイコは……と。どうやらこちらも別グループで話してるみたいだ。さっきのトモヒロよろしく、思い切って声をかけるべきかと考えたが、その必要は無さそうだ。エイコはこちらを気にしているようで、チラチラと視線を送って来ていた。女子は派閥があって、仲良くしておかないと色々と面倒っていってたもんな。まあ、用が済んだら来るだろう。


「ほう。おもしろそうだな」


「だろー、午後に集合だからな」


「ああ、わかった」


 話はついたみたいだな。おまけに今日実行という事まで決定しているみたいだ。仕方ない。


「じゃあそうだな。一時半に神社集合でいいな。とりあえずベースのもん少し持って現地を確認しに行こう」


「なになになに! なにすんの!?」


 午後の予定を取り付けているところで、エイコは向こうグループの話が終わったらしく飛んで来た。言葉の通りだ。俺の座席の机に飛びかかると、机はエイコを乗せたまま傾き、俺の方へ倒れこんできた。慌てて俺はその机を押し戻す。


「おいおい、あっぶねーな。ユウキが潰れるところだぜ」


「あ、ごめんごめん」


「……トモヒロ、説明して」


「聞けー! じつはな……」


 まったく、この粗暴振りが玉にきずって言われるんだよ……。っていうか、こいつは珠玉なのか? 確かに結構男子には人気が高いみたいだが……。玉砕したのも何人かいるそうだ。


 後はそうだな、あいつらにも声かけるように言っておかないと。

 そう思っていると、いつの間にやらノブが自分の席にカバンを取りに行ったようで、それを肩に掛けながら近づいてきた。


「おい、ユウキ。俺もう帰るわ。また後でな」


「おう、またな。あ、ノブ、来なくてもいいけど一応チビ共にも声かけといてくれ」


「ん、わかった。じゃあな」


 そう言うとノブは教室から出ていった。


「ほっほ~う! それは超楽しそう!」


 トモヒロの説明も終わったようだ。でもって、計画の方はエイコにも高評価のようだな。


「だろー! じゃあこの後一時半に集合な! 神社だぞ!」


 トモヒロがそういうと、エイコは口を開けて固まってしまった。


「……あー。ごめんっ! 実は今日は約束があってね……」


 エイコは一瞬言葉に詰まると、両手を合わせて謝ってきた。

 きっと、さっきのグループで遊ぶ約束でもしたんだろうな。そういうことならやむを得ないだろう。


「まあ、先約あるならしゃーねーな」


「うん、次はきっと行くから! あ、そうだ! タクヤを遣わそう!」


「また勝手に。かわいそうな弟だな」


「あいつもあんたたちのこと慕ってるし、誘われて喜んでるって。じゃあ一時半って伝えておくね!」


「あ、エイコ。それならあいつのカノジョにも声かけるよう言っといて」


「おっけー。いっとく。じゃあまたね~」


 そう言うとエイコは、自席からカバンを手に取り、勢いよく教室を飛び出していった。

 結果的にうまくフルメンバーに話が回る形になってよかった。結構大きなイベントだもんな、拠点作成なんて。

 いつの間にか教室には俺とトモヒロしか残っていなかった。各々の夏休みが始まったんだろう。まさに夢と希望に満ち溢れてるな。俺もこいつらと心にのこる夏休みを過ごすとしようじゃないか。


「俺らも帰るか」


「そーだなー」


 俺とトモヒロも教室を出る。これで教室内は誰もいなくなった。廊下から見ると、まるで時が止まったかのようだな。次に来るのは九月、この場所とも暫しのお別れだ。そんなことを考えながら俺は帰路についた。




 途中でトモヒロと別れて、家に到着した。

 引き戸を開けて玄関に入る。


「ただいま~」


「おかえりー」


 居間の方から返事をしたのは、ばあちゃんだ。

 靴を脱いで家に上がり返事のあった方へ向かう。


「母さんは?」


 俺は居間でテレビを見ているばあちゃんに問いかける。


「さあねぇ。五分くらい前に出掛けたから、しばらく帰って来ないかもね。先に昼飯するか? どうせ遊びに行くんだろ?」


 いや、違うぜばあちゃん、俺はこの後宿題を片付けるんだ。と、さっきまでは答える予定だったんだけどな。ここは苦笑いで、まあねって返しておいた。

 ばあちゃんは適当でいいだろう? と言いながら昼食の準備をしてくれた。


 カバンを部屋に置いてばあちゃんが作ってくれたチャーハンをぺろりと平らげる。食べ終わって一息つく頃には時間は一時過ぎ、短針と長針が重なるくらいだった。

 早めに出ておくか。

 どこに行くのか聞いてくるばあちゃんに神社と告げ、俺は家を飛び出した。


 今日も暑いな。

 降り注ぐ日差しは勿論、アスファルトに照り返した熱もすごい。呼吸するのも嫌になるくらい空気が熱い。走ったら汗かくし、路地裏の日陰を通ってゆっくり行こう。

 

 学校まではほぼ一本道で、歩いて十五分くらい。道中の住宅街のはずれに神社があるから、十分くらいってとこか。ちょっと回り道してもやはり十五分で着くだろ。小高い丘の上に神社が建っていて、ふもとの鳥居をくぐって階段を登れば到着だ。


 視界にその鳥居が見えてきた、と思うと同時にその方向から声が飛んできた。


「おおーい! おっせーよ! お前が最後だぞー!」


 おっと、遅刻したか? と、あやうく駆け出すところだったが、思いとどまる。間違いなく時間はまだ大丈夫なはず。ここで駆け寄ったら俺が悪いみたいになる。待たせたのは事実かもしれないが、ここは俺の正当性を主張するためにも余裕ぶって歩いて行こう。くだらない意地と思われるかもしれないが、こういう駆け引きは重要なんだ。威厳を保つためにな。


「おー、みんな早かったな」


「待ちくたびれたぜー! まったく、どれだけ待ったと思ってんだよー!」


「どんだけ早く来たんだよ。まだ三十分にならないだろ? まあ、早めの行動は模範だよな。それに待たせたのは事実だ。悪かったな、みんな」


 正当性を主張しつつ相手を持ち上げた上で身を引いて誠意を示す。完璧だ。


「そうだな。時間前だし問題ねぇだろ」


「まーったく、俺はもう、いち早くいい場所とやらを見てみたいんだよ! 早く行こーぜ!」


 えらく期待されてるな。その期待に存分に答えてやろうじゃないか。

 ところで集まったのは……と、タクヤと、ちーちゃんも来てるな。タクヤのやつ、ちゃんと声はかけたようだ。後はノブの弟と妹は居ないか。


「ああ、あいつらは通知表で母親に捕まってる。今日は来れねーな」


「おっけ。……ノブ、お前は大丈夫なのか?」


「あたりめぇだろ」


 うん、分かってたけど一応聞いておいた方がいいかと思ってな。


「じゃあベースに向かいながら説明するな。行こうか」


 今日は競争は無しだ。

 俺たちは鳥居をくぐり、階段を登り始める。


「ちょっと前にあの山に一人で行ったんだけど、入り口から山道通って三分の一くらい登ったところの分岐あるだろ。あの初心者コースと上級者コースに分かれるところ」


「一人で何しに行ったんだ?」


 トモヒロのやろう……。家族で行ったんだよ。なんか一人でって口をついて出ちゃったけど、あまりつっこむな。まあいい、無視だ。


「その分岐でな、道を外れて真横の林に突っ込むんだ。そうするとすぐにけもの道みたいな感じになって、さらに……そうだなあ、二十メートルくらい奥へ進むと今のベースよりちょっと広いくらいの開けた場所になってるんだよ。壁と屋根を作れば、もう立派な秘密基地になると思うんだ」


「はー。そんな場所どうやって見つけたんだか。じゃあベースから屋根と壁持ってくのか?」


「そんなでかいもん持ってけるか。それに屋根取ったらこっちが使えなくなるだろうが」


「それもそうだなー」


「今日はその場所に唾つけておくだけだ。後はあっちで活動するときに必要になりそうなものを。屋根なんかは現地調達できるだろう」


 みんなの賛同を得つつ神社への階段を上って行く。ここの階段は一段がちょっと広めにとられているので走っても上り下りで踏み外すことはないだろう。いつもは駆け上がって、最後の人が云々という勝負をやってるから景色が速い速度で後ろへ流れるが、今日は非常にゆったりとしたペースだ。


 そんなのも暫く振りだから、それもまた新鮮だな。後ろを向けば俺らの住む街をが見下ろせる。タクヤとちーちゃんも不思議な場所楽しみだねーとか言いながらちゃんと付いて来ているな。

 そんなことを考えながらちょうど後ろを確認していると、前の方からトモヒロの声が飛んできた。


「ん? 誰かいるな」


 その言葉につられてトモヒロに次いで階段を駆け上がる、そして、神社の境内に目を向ける。


 そこには見知らぬ一人の少年が立っていた。



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