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トゥルーエンドの味方  作者: 加藤有楽
3/3

後編

 わたしの期待に満ちた表情をしばらく見返していたアウトロー系イケメンは、頷いたままの姿勢でしばし固まっていたが、ふと思い出したようにぼそりと呟いた。

「……俺の名前、そんなに難しいか?」

「んん?」

「だから、名前」

 アウトロー系イケメンはすいっと腕をこちらに伸ばして、男子らしい、節くれだった長い指がとんとんとわたしの手元の資料の氏名欄をつつく。そこには『館林千晴』という彼の名前が書いてあった。どうやら彼は、隠しキャラさん、と呼んだことがお気に召さないらしい。

 いや、もちろんちゃんと名前は読めたよ? 資料には名前の読み仮名どころか電話番号にLINEのID、誕生日や家族構成、好きなもの好きな女の子のファッション系統好きなデートスポットなどなど、プライバシーって何だろうって真面目に考えてしまうくらいの個人情報がてんこ盛りだよ? でもね、わたしが名前呼んじゃうと、このアウトロー系イケメンが隠しキャラだってバレちゃうからね? モブだったら名前呼ばれることなんて無いからね? うっかりわたしが彼の名前を零してしまったことで、ヒロインちゃんがネタバレでがっかりすることがなくなるのなら、それはとっても嬉しいなって。

「いや、流石に隠しキャラさんの名前は呼べないでしょ。ネタばれいくない」

 そうわたしが主張すると、アウトロー系イケメンはむすりと口を引き結んだ。

「だってお前、流石にその呼び方はねぇだろ」

「姓名共に出すわけにはいかないから、仕方ないと思うんだけど」

「だからと言って、公衆の面前でその呼び方をされる俺の身にもなってみろ」

 そう言われて、わたしはなるほど納得した。もしわたしが公衆の面前で知人にそう呼びかけられたりしたら、見事なまでに相手をガン無視できる自信がある。無理。絶対無理。そして冷静になってみれば、もしアウトロー系イケメンをそう呼ぶことになると、当のわたしが公衆の面前で彼にそう呼びかけなければならないので ある。正直、そんな風に呼びかけている人を見かけたら、うわぁ変な人だぁ……と遠巻きにする自信もある。しかも昨今、そんな怪しい行動をとっていると、スマホで写真取られてツイッターに晒されるという可能性も否定出来ない。朝の騒ぎを乗り切ったわたしに怖いものなどは無いと言い切れる胆力が備わっていればよかったのだが、生憎わたしはそのステージまでに達していない雑魚であるのだ。情報化社会怖い。

「うん……そだね……。ツイッターとか怖いしね……」

「は?」

 写真をツイッターで晒された結果、制服から学校名を特定され、そういえば入学式の日に校門の前で奇行に走ってた人と顔似てなーい? という証言からクラスと出席番号と名前が特定された結果、自分の名前をググると関連する検索キーワードに奇行と表示される未来を想像して、思わず暗い表情でアウトロー系イケメンの言葉に頷いたわたしだったが、返事をされたアウトロー系イケメンはわたしの脳内の未来予想図など分かるはずもなく、怪訝そうな表情でこちらを見ている。

 しかしまぁ、そんな脳内の未来予想図をいちいち解説する気にもならず、わたしはしばし考え込んだ後、アウトロー系イケメンの怪訝そうな表情に視線を戻して口を開いた。

「そんならえーと。そうだな、たっちんって呼ぶわ。それでいい?」

 名前が呼べないのならばアダ名で呼べばいいじゃない。公衆の面前で呼べないようなアダ名ならば、公衆の面前で呼べるようなアダ名にすればいいじゃない。かのマリー・アントワネットも似たようなことを言っていた。至極簡単なことである。

「……お前、センスねぇな」

「うるせー!『隠されし名を持つ最後の砦』とかよりいいだろ!」

「お前それ人前でも同じこと言えんの?」

「……言えねっす」

 アウトロー系イケメン改めたっちんのツッコミは、正論すぎてぐうの音も出ない。アウトロー系のくせになんでこんな正論ばかりぶつけてくるんだこいつ。もっとアウトロー系らしく、斜に構えたような理論に納得してくれてもいいんじゃないのド畜生。

 わたしがたっちんの正論に打ちのめされ、しおしおとパイプ椅子に座り込むと、たっちんはきょろきょろと室内を見回し、手近にあったパイプ椅子をずるずると引きずってきて、わたしの目の前にパイプ椅子を置いた。おい、お前そんなところに椅子置いてどうするつもりだ。

「ところで、お前さっき自己紹介したらしいけどな」

 藤沢に聞いたんだけどよ、と言いながら、たっちんは長机に右肘をつく格好でどかりとパイプ椅子に座った。案の定、会議室用の折り畳みできる長机を挟んで、お互い向き合う形になる。なんだこれ圧迫面接か。しかも何故この形で滑ったギャグについて掘り起こしてくるんだ悪魔の所業か。でも話題が変わったってことは、たっちん、は採用でいいんだな遠慮無く呼ぶぞ? それにしても頬杖をつきながらわたしを見上げてくるたっちんの三白眼の迫力と言ったら……!  たっちんのこの上目遣いは、乙女ゲームにありがちな、いつもhクールな彼がふとした瞬間に見せたちょっと可愛い上目遣い、などという乙女の妄想に彩られたものではなく、完全にこちらの責任を追求して骨の髄までしゃぶりつくそうと考えているチンピラのそれだ。怖ぇ。正直直視したくないレベルには怖ぇ。しかし今のわたしはあなたの街の情報統括本部長。あっさりと圧迫面接に屈する豆腐メンタルな初心者就活生と一緒にされては困るのだ。わたしは毅然と背筋を伸ばし、たっちんの顔をきりりと見つめ、堂々と白旗を掲げることにした。

「関東ローカルネタでごめんなさい」

「いや、そういう意味じゃなくてだな」

 ごん、と派手に額が長机にぶつかる音を立てながら、光の速さで頭を下げたわたしに、たっちんも若干引き気味である。よっしゃ、初撃は狙い通りだ! しかしここで攻撃の手を休めるわけにはいかない。たっちんが次の言葉を口にする前に、わたしはがっと顔を上げて勢いよく喋り出した。

「でもアド街ック天国はとてもいい番組だと思うんです大江アナがいなくなってもわたしはキンキンの応援をしていきたいと思うんです!」

「だから……」

「イマドキの若者がキンキンに興味が無くてもわたしはキンキンを応援していきたいんです!!」

 ドンッと派手な音を立てて、たっちんが無言で拳を長机に叩きつけたので、思わずパイプ椅子から立ち上がって訳の分からないことを声高に主張していたわたしも、サーセン、と小さく呟きながら座り直すしかなかった。まさに頭から冷水をぶっかけられた状態である。初撃が狙い通りだったので、慢心して攻めこみすぎてしまったのかもしれない。引き際を見誤るとは何たること! それにしても怖ぇー、たっちん怖ぇー。

 拳を叩きつけた状態のまま俯いているたっちんを、びくびくしながら観察することしばし。やっと顔を上げたたっちんの表情は、正直予想外であった。うっすらと上気した頬に、躊躇いがちに小さく開かれた口。戸惑うようにやや落とし気味の視線は、どうみても恥じらう乙女のそれである。え? どうしたの何があったのたっちん。一体何のフラグが立ったの? それともアウトロー系らしく、アレなお薬でもキメてるの? 流石にそんな奴をヒロインちゃんにおすすめすることなど到底できないんだけど、どうなの何なのどうしたのたっちん。

 たっちんの豹変にびくびくしながら、なおも観察を続けていると、当のたっちんは恥らう乙女の表情のまま、ぼそりと一言呟いた。

「お前……キンキン、好きか?」

「は?」

 やはりアレなお薬でもキメているのかと戦々恐々として身構えていたわたしは、予想外のたっちんの問いかけに阿呆丸出しの返答をする羽目になった。おいおいたっちん、お前一体わたしにどういうリアクションを求めているんだ。そもそもその若干の憂いと気恥ずかしさを含んだすげぇいい声で何を言ってるんだお前は。しかもキンキンの前の溜めが若干どころかかなり気に触るぞなんだあれ。

 たっちんの机ドンにビビったわたしは、キンキンのことをすっかり思考の外に弾き飛ばしていたので、さっきの質問はキンキンに不意の裏拳を食らったような衝撃だ。お陰でわたしの脳内では、あの好々爺な笑顔でキレのある見事な裏拳をキメるキンキンと、それを木陰からこっそりと乙女の如く恥じらいつつも熱心に見つめているたっちんというワケの分からない状況になっている。なんだこのカオス。己の思考が意味不明過ぎて気持ち悪いわ。

「……キンキンが、なんだって?」

 とりあえず、脳内の意味不明な状況を一旦完全にリセットしてから確認を取れば、たっちんはこちらのSAN値をごりごりと削ってくるような恥らう乙女の表情をなんとか引っ込め、真面目な顔でもう一度こちらに問いを投げかけてきた。

「だから。愛川欽也、好きか?」

 思いの外真剣な瞳で見返されて、思わずこちらも再度背筋を伸ばしてしまう。というか、怖い。たっちん、真顔凶悪すぎるだろ。これは乙女ゲームの攻略対象としてどうなの? 強面すぎじゃない? 乙女ゲームによくある、いつもはへらへらとしている彼の真剣な眼差しにドキッ……みたいなレベルじゃないよ? 大丈夫? セーフなの? いざって時に備えて顔面モザイクの用意しておこうか? 若干卑猥な感じになるけど、ヒロインちゃんにこの凶悪な面晒せないよね? アウトだよね?

 まじまじとたっちんの真顔を見つめ、モザイク処理について真剣に考え始めていたわたしだったが、一応返事をせねばならないことをハッと思い出した。いかんいかん。さすがに顔面モザイクは乙女ゲーム的にアウトだろうから、スチルの構図変更をとか考えている場合ではない。たっちんがこれだけ真剣に聞いてくるのだ。こちらも誠意を尽くさねば。ていうか尽くさないと殴られる気がする今度こそ。

「うん、えーと……。ネタにしといてなんだけど、特別好きってわけでもな、い……」

 わたしが真剣かつ正直に答えたところ、たっちんの表情がみるみるしょんぼりとしていった。おいおいたっちんどうしたの! さっきまでの目力(三白眼)はどこへ行ったの! そんな酷いこと言ったかなわたし!? あまりのしょげっぷりに、わたしは謎の罪悪感に苛まれ、慌てて言葉を続けることになった。

「いや、でも! そこらの女子高生よりはキンキンへの興味も知識もあるよ! ニャンコ先生はキンキンだよねやっぱりね!」

「!! だよな!!」

 わたしの弁明を聞いたたっちんの表情が、ぱあっと明るくなる。なんだその反応。若干引いたわたしのことなど微塵も気にせず、たっちんはぺらぺらとキンキントークを始めた。キンキンの出身地から始まり、なにそれwiki丸暗記してんの? という勢いで喋る喋る。弾丸トークというかマシンガントークというか、立て板に水ってレベルじゃねーぞ、という勢いでたっちんは喋っている。しかも喋っているたっちんの表情は極めて明るく、目はきらきらと輝いている始末。あ、でもこれは乙女ゲームっぽいぞ! いつもはクールな彼が見せた、子供っぽい一面にギャップを感じてトゥンク……という場面だが、残念ながら彼が熱心に語っているのはキンキンについてである。ヒロインちゃん、そもそもキンキンって誰のことを指すか分かるかなぁ。今の子多分知らないよなぁ。どう考えてもこれでドン引きだよなぁ。いやぁ、それにしても人間の口ってここまで動くものなんだなぁ人体の神秘を感じるわ……と関係ないところにまで思考が行ったので、わたしは慌てて口を開いた。

「ちょっと待ってたっちんストップ。……ストォォォォップ!!」

 わたしが声を荒らげたところで、滔々とキンキンについて語っていたたっちんのダベりはストップした。あれだけ喋り倒していたのに息一つ乱さないとは、 どういう肺活量してんだたっちん。アナウンサーとか向いている気がするけれども、その凶悪な真顔だとお茶の間に恐怖しか与えなさそうだからやっぱり向いてないかも。

「何だよ」

「いや、何だよじゃねぇよ。たっちんのキンキンへの愛は分かった。骨身に染みた。今ならわたしの骨の髄をしゃぶったらマジでキンキンの味するぐらいには理解した。いや、モノの例えだから目ぇ輝かせるのやめろ割とマジで」

 キンキントークを邪魔されて不機嫌そうだったたっちんが妙なところに食いついてきたが、それを先に制す。しょぼんとしたたっちんを眺めながら、わたしはため息をついた。

「いやもう、なんでたっちん隠しキャラなんてやってんの? そこまでキンキンへの愛があるなら、乙女ゲームの攻略対象とかやってる場合じゃなくない? もうキンキンの嫁になるしかなくない?」

「キンキンにはケロンパがいるだろが」

「……たっちんの家のテレビってまだアナログ? それとも、テレビの受信機が光年単位で離れているところにあるの? 電波の受信に十年ぐらいタイムラグ生じてない?」

「アド街のために4K入れたぞ?」

「マジかよ……」

 たっちんのアグレッシブなファンっぷりに正直引いたわたしだったが、それにしても、ケロンパが一体誰を指すのかイマドキの高校生に分かるだろうか。キンキンはともかく、ケロンパはハードル高いよなぁ。ヒロインちゃんドン引き確定だよなぁ。思わず暗い気持ちになるが、わたしにはやらねばならない仕事がある。

「とりあえずたっちん、自己紹介とヒロインちゃんとの関係性、個別ルートに入った場合の将来の展望について聞かせて欲しいんだけれども」

「あァ? めんどくせーな。それよりこの前のアド街なんだけどな?」

「いいから!!」

 今度はわたしが長机に拳を叩きつける番である。今ここでたっちんの迫力に押されて流される訳にはいかない。断じていかないのだ。じっとりと下から睨めつけるようにたっちんの顔を見上げていると、争いに負けた猫のようにふいっと視線を逸らしたたっちんが、お、おう……と言いながらぼつぼつと自分の事について喋りだした。勝った!! わたしは赤ペンを握りしめ、たっちんの自己紹介を死ぬほど真面目に聞くことにしたのだった。



 十分かそこらで、たっちんの自己紹介及び個別ルート解説は終了した。

「まぁ、そんなところだ。……なんかあれだな、こういうの気恥ずかしいもんだなってオイ!?」

 微妙に居心地悪そうにしていたたっちんだったが、わたしの方を見てぎょっとした声を上げた。何しろわたしは、たっちんの資料を見ながらぼろぼろと大粒の涙を流しているのである。わたしがたっちんの立場だったら確かにぎょっとする。しかし聞いてほしい。たっちんの個別ルートのシナリオはとても良かった。とても良かったのだ!!

「た、たっちーん!!!」

 顔を涙でぐしゃぐしゃにしたままハイタッチを求めるわたしに、たっちんは完全に怯えていた。ぐいぐいとハイタッチを求めてたっちんの顔に手のひらを近づけると、申し訳程度に指先でちょこんとわたしの手のひらに触れた。なんだその触り方。罰ゲームで嫌々苦手な虫を触ることになった小学生女子か。そんな印象を受けたが、残念ながらわたしの涙は止まらない。

「な、なんで泣いてんだ? 頭大丈夫か?」

「頭大丈夫ってどういうことだ。いやでもたっちん……良かったよ! たっちんのルートとても良い! わたしの予想は間違ってなかったよぉ! たっちんのお陰でワンチャン蘇ったマジで! 正直隠しルートだから期待してなかった部分もあったんだけど、王道を抑えつつもじわりと心に染み入る感動巨編じゃねーかぁ! な、なんでたっちん隠しなの!? 今すぐメイン張ろうよぉ! きっと乙女ゲー界のAIRとか言われる日も来るよぉ! そんな日が来なかったとしても少なくとも嘘大げさ紛らわしいのパクりシナリオより百倍はマシだようぇぇぇぇぇ!!」

「お、落ち着け! とりあえず鼻かめ。ほれ」

 号泣しだしたわたしの顔に、たっちんがティッシュを押し付けた。ううう、ポケットティッシュ常備とかたっちん女子力高いなぁ。わたしのポケットにはハンカチとフリスクしか入っていないことを思い出しながら、思い切り鼻をかむ。それから制服の袖口でごしごしと顔を拭って、わたしはパイプ椅子から立ち上がり堂々と宣言した。

「わ、わたし決めた……。ヒロインちゃんにはたっちんをおすすめする! キンキン狂信者で真顔が凶悪だけど、それを支払ってもかなりのお釣りが来るいいシナリオだよ!」

「……遠回しに俺のこと否定してないか?」

「ディスってなんかいない! たっちんのお陰でわたしはヒロインちゃんに胸を張っておすすめできるルートができた! ありがとうたっちん! マジでありがとう!」

 ばしばしと座ったままのたっちんの肩を叩きまくるが、たっちんはびくともしない。さすがアウトロー系。体はかなりしっかりしている。しかし、たっちんはそんなわたしを見上げていた視線を下に動かすと、わたしが長机の上に投げ出した資料をつんつんとつついた。

「いや、お前がそこまで言ってくれるのはまぁ、嬉しいけどよ。お前、とりあえず俺の資料よく読めよ」

 言われてわたしはたっちんの指先を見る。たっちんの個人情報がたっぷりと載っている資料。たっちんが指さしているのは、資料の右上に大きく書かれた赤い文字の隠しキャラの文字の下。読み難いが、その大きな文字の下には小さくこう書かれていた。

「攻略制限あり。藤沢汐里トゥルーエンド後ルート開放」

 わたしがその小さな文字を読み上げると、たっちんは無言で頷いてみせた。

 攻略制限。隠しキャラにはよくある、隠しキャラの独自ルートに突入するためには、ある一定の要件を満たさなければならないという制限である。主にそのゲームの根幹のネタバレ的なストーリーを持つキャラクターに課せられることの多い制限だが、たっちんの場合は、多分たっちんのルートが良すぎることが原因ではないだろうか。多分、制作側も薄々たっちんのルートのシナリオが一番良いって気づいてたんだな。でも、多分社内の権力とか人間関係とかとにかくあれやこれの問題で、たっちんをメインに据えることができなかったんだろう。しかし、このたっちんルートのシナリオをプレイしてしまったら、他の攻略対象のルートはクソとしか言えない。皆には悪いが言わせてもらう。あれはアウトだ。ならばせめて、オリジナル要素の高い藤沢くんのルートでトゥルーエンドに辿り着いた後に、たっちんのルートを開放しようと考えたのだろう。まぁ、つまりどういうこと かというと、たっちんのルートに入るには、藤沢くんのトゥルーエンドを見なければならないということだ。

「まぁ、そういうことだ。俺はある意味日陰の身だから、しばらくはのんびりしてるつもりだけどな」

「のんびりしてる暇など無い!!」

 パイプ椅子の背に体を預けて足を組み、だらりとした格好になったたっちんだったが、わたしは立ったまま思い切り長机を叩いた。派手な音に、たっちんがその態勢のまま驚いてこちらを見る。たっちんのきょとんとした表情を、わたしはじろりと睨めつけた。

「いいかいたっちん! 一体わたしを何者と心得るか!? 藤沢くんのトゥルーエンドが開放条件ならば、ヒロインちゃんには最速でその道を歩いてもらえばいいだけのこと!! この情報統括本部長のわたしが、全力で、藤沢くんトゥルーエンドへの道筋を、サポートすればいいだけのこと!!」

 そうである。藤沢くん以外の微妙なパクりシナリオをヒロインちゃんに味わわせるくらいならば、さっさと藤沢くんのトゥルーエンドを見てもらって、さっさとたっちんルートに突入してもらえばいいだけなのである。情報統括本部長のわたしの手にかかれば、それは造作も無いことのはず!

「最短最速で、ヒロインちゃんには藤沢くんトゥルーエンドにたどり着いてもらうから! たっちんも手伝って! それとなくたっちんの存在をアピると共に、スムージーな藤沢くん最速攻略を目指すんだよ!!」

 鼻息荒くそう宣言したが、当のたっちんはきょとんとした表情のままこちらを見上げている。わたしの理論は何かおかしかっただろうか。しばし無言で見つめ合ったが、ふと思いつくことがあって、私は首を傾げた。

「あ、それともたっちんは将来彼女になる子の恋路を応援するのは嫌なタイプ?」

 今更ながら、ひょっとすると大体の人はこれ嫌なんじゃなかろうか、とたっちんの顔色を伺うと、たっちんは数回瞬きをした後、ふるふると首を横に振った。

「いや、俺は今のところあんたと藤沢以外には面識もないしな。顔も知らない女子の話をされても正直ピンと来ないし、お前が手伝えって言うなら手伝ってやるよ」

 そう言ったたっちんは、パイプ椅子の背に預けていた体を引き起こす。その様子に、わたしは思わずにんまりとした笑顔を浮かべた。さすがキンキンに魂を売った男は違うね! たっちんカッコイイ!!

「じゃあ、これから作戦会議と行こうか! まず、藤沢くんルートの解説から始めるよ!」

「……おう」

 若干面倒くさそうながらも、わたしがホワイトボードに書きだした文字をたっちんは眺めている。こうしてわたしとたっちんの、ヒロインちゃんの一周目を幸せいっぱいトゥルーエンドに導く会が結成されたのであった。うおおお! 俺たちの戦いはこれからだ!!


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