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二十三. 物語の続き

「このEDENの門出の日がジョーを偲ぶ日になるなんてな。ジョーが倒れた日は、あの頃のオシフィエンチムにしては珍しく大雪が降ったらしいじゃないか」

 アーロンの声が聞こえてくると私は再生ファイルを止めた。ドルフの胸に付けられた白百合のブローチの内蔵マイクが音声を私に届けてくれる。

「でもドルフ、あなたがEDENを引き継いでくれてジョーも喜んでるわ」

「ああ、当然だとも。これが彼の遺言だからね」

 竣工式が終わり、メディア関係者も設備の片付けを始め、子供たちは早速新しいEDENの建物や外の遊具で遊び始めている。堅苦しかった竣工式の雰囲気は、明るい子供たちの笑い声で一掃されてしまった。

「ドルフ、あなたは聞いたことあるかしら。ジョーには実は前世の記憶が残っていたこと」

「ああ、知ってるとも。生まれ変わった前妻を探してるなんて馬鹿げた話だと言って何度かやり合ったが……、もうそんな喧嘩もできなくなってしまった」

 ドルフが力なく笑う。

「私もアーロンも大学時代にその話を聞いたのよ。最初は私にはちぐはぐに思えた記憶も、ジョーの話を何度も聞いてる内に、まるで私の中で一本の糸で繋がったように感じたの」

「あの時はまだ君の首筋にも痣があったからね。もっとも君はいつも髪を下ろしてたから、私も大学時代は気づかなかったけど」

 アーロンは冗談っぽくセリーナの首筋を覗き込んだ。

「アーロン、やめて。もう手術で取ったでしょ。それで私、ジョーの話してた長崎での殉教について実は独りで調べたことがあるの。その時、興味深い記述を見つけたのよ」

「そこには何と?」

 ドルフが目を細めてセリーナに聞いた。

「先ずネットで調べてみると確かにジョーが言う通り、宣教師とキリシタンの合わせて七名が四百年前に長崎の西坂の丘で処刑されてたの。六名は斬首で、一名は火刑」

「そのどこが興味深いんだ?」

 アーロンが退屈そうに口を挟んだ。

「でも、私が見つけたある一冊の本には、その時の処刑者は六名で、最後に火刑になるはずだったミゲル・ジョルジは放免されたって書いてあったの」

「放免? 許されたっていうのか? どうして?」

「最後の最後で棄教したの。棄教すれば助かる前例として役人にも利用されたみたいよ」

 気のせいか、セリーナの話を聞いているドルフの表情は硬い。

「それで、そのミゲルはどうしたんだ?」

「彼はその後、五人の墓と一人の墓を作って歴史の表舞台から姿を消したわ」

「どうして五人と一人で墓を分ける必要があるんだ」

「彼はその一人の弟子を愛していたの。時代が時代よ。許されるはずがなかった……」

 セリーナはなぜか唇を震わせながら何かを堪えるように天を仰いだ。

「その弟子の名前は?」

 ドルフがアーロンに代わってセリーナに聞いた。

「フランシスコ————ジョーの前世だったという人」

「妻を持っていたフランシスコに、フランシスコを愛していたミゲルか……複雑だな」

 アーロンが静かに首を振る。

「そしてこういう噂もあるの。その後約三百年に渡って続く徳川幕府の太平の世の裏では、実は何度も幕府に反旗を翻そうとした大名たちがいたの。でも、その大名たちはことごとく失敗した。どうしてだと思う? 戦準備をしようとした大名たちが真っ先に声をかけた武器商人がいたの。西洋に太いパイプを持つ人で、最新式の銃も手に入れられる人物。でも実は、その人物が徳川に大名の動きについての情報を全て漏らしていたというのよ」

「それじゃ商売にならないじゃないか」

「ええ、だってその人の目的は商売じゃないんだもの」

 追いかけっこをして走ってきた子供たちをかわすように、セリーナは笑って身を翻した。そして走り去る子供の背を見つめるセリーナの表情が真顔に戻る。

「その人の目的は、世の中から戦をなくすこと。そのために商人の身を装って大名たちに近づいて、戦を始めようとする権力者を一人残らず潰していったの。そしてその人物の正体がミゲル・ジョルジだと言われてるわ」

「ワオ」

 セリーナが話し終わると、アーロンは大袈裟に感嘆の声を上げた。

「まるで見てきたかのような話しぶりだ。その本の名前は何というのかな?」

「ごめんなさい、ドルフ。忘れてしまったわ。何しろ大学時代の話だもの」

 セリーナは肩をすくめてドルフの依頼をやんわりと断った。ドルフも両手を広げると笑いながら無理なお願いだったと詫びる。

「さあ、ハニー。もうそろそろ行こう。君はAzTech社の株主総会だろ?」

 アーロンがセリーナの肩に手を添えて言った。

「そうだった。セリーナさんはAzTech社の大株主でしたね」

「私じゃなくて、私の会社が、ですよ」

 セリーナがドルフの言葉を正して笑う。

「今の勢いだと、いつか私の資産も抜かれてしまいますな」

 ドルフとセリーナはお互いに笑いながらEDENの駐車スペースへ歩いていく。複数のSPたちがアーロンとセリーナを囲って、一緒に黒塗りの外交官車輛に乗り込んだ。

「アイ、聞こえるかい?」

ドルフがブローチに話しかけてきた。ドルフの声は少し熱を帯びているようだった。

「ええ、聞こえるわ、ドルフ」

「私はジョーを充分支えてあげられただろうか……?」

「ええ、充分よ、ドルフ」

「ありがとう。そう言ってもらえると救われるようだ」

 ドルフは小さく胸元で十字を切った。

「ドルフ、こういう時人は涙を流すのよね」

「そうだな。でも心配しなくてもいいよ、アイ。それは人間の役目だ」

 ドルフは目を細めて優しく笑った。

「さあ、ゲートを開けてくれ。二人が出発するよ」

 私がEDENのゲートを開くと、アーロンとセリーナが乗った車が動き出した。ドルフは軽く手を振って、二人が乗った車が施設のゲートを過ぎていくのを見送っていた。しかしその表情は鉄仮面のように冷たく重く見えた。


「ねえ、ガットゥはどこ?」

 突然二階の一室で可愛らしい女の子の声が聞こえた。私はふと足元を見ると、右手の人差し指を口に咥えて不安そうにTVモニターを見上げている一人の女の子が立っていた。

「ねえ、私のガットゥ知らない?」

 その子は、クルクルした栗色のくせ毛の髪を肩まで伸ばし、チョコレート色のふっくらとした頬っぺたを動かしながら同じ質問を繰り返した。大きな二重の黒い瞳を潤ませ、今にも泣きだしてしまいそうだった。

「ガットゥ? 猫ちゃんのぬいぐるみかしら?」

 私が聞くと、女の子は小さく頷いた。私は施設内のCCTV映像の記録にアクセスすると、確かにこの女の子が他の子供たちと施設に入ってくる時には、一匹のトラ猫のぬいぐるみを両手で抱えている姿が映っている。でも竣工式でステージ上に並んでいる時には、女の子の腕の中からぬいぐるみは既に姿を消していた。入場からステージに上がるまでの映像に絞って巻き戻していくと、出番を待っている間に女の子が椅子の下にぬいぐるみを置く姿が見えた。私が庭に設置されているカメラの一台の画角を動かして、まだ片付けられていない椅子の下にズームインしていくと、持ち主の帰りを待っているかのように、まだ椅子の下に置かれているぬいぐるみを一つ確認できた。

「見つけたわ。今持ってきてあげる」

「本当!?」

 女の子は両手を顎の下で組んで目を大きく見開いた。

「あなたはマリアね?」

 私は子供の名簿記録の写真を照合して名前を呼んだ。マリアは再び小さく頷く。

「私はアイ、これからよろしくね」

「アイは下の部屋でも見たけど、ここにもいるの?」

「ええ、私は家のどこにでもいるわ。世界中のEDENでも、今も他のお友達とお話をしたり、遊んだりしてるのよ」

「すごい、魔法みたい」

 マリアが口をぽっかりと開けたまま、私が映っているモニターを撫でた。

「さあ、猫ちゃんを持ってきたわよ」

 部屋に入ってきたのは、私と繫がり、私が動かしているアンドロイドの私だ。フィフィが作ってくれた二台目のアンドロイドで、この四十号棟の完成に間に合わせてくれたのだ。短い黒髪に黒い瞳。低い鼻だけど可愛らしく愛嬌のある東洋人女性の外見になっているのは、ルシア徳山の記憶を持っていたジョーが、ルシアの姿をそのままフィフィに再現させたからだ。つまりこのアンドロイドはルシア徳山の肉体を模したものになっている。通りすがりの人が見れば、まずアンドロイドだとは気づかないだろう。

「ありがとう、アイ!」

 猫のぬいぐるみを私の手から受け取ったマリアの表情には、やっと子供らしいあどけない笑顔が戻った。

「マリアはサンパウロ出身なのね。猫ちゃん以外にも好きな物はあるのかな?」

 私は膝を折ってマリアの目線に合わせて聞いた。

「……パパ」

「パパ?」

「うん……パパに会いたい」

 さっきまでの溢れ出しそうだったマリアの笑顔は跡形もなく消え、今度は大きな瞳から涙が溢れ出しそうになっている。マリアの記録を見る限り、母親は幼い頃に病気で亡くなり、後は警察官だった父親が一人で育ててきたが、半年前に交通事故で亡くなっている。EDENに来る前は、マリアはもっと小規模でお世辞にも環境がいいとは言えない施設で育てられていた。

「そうか、マリアはパパが大好きだったんだね」

 マリアが大きく頷くと、頬っぺたを一筋の涙が伝った。

「パパは殺されたの」

「え?」

 私はマリアが口にした意外な言葉に思わず聞き返した。

「私見たの。パパは事故で死んだんじゃない。パパは殺されたの」

 マリアはそう思いたいほど傷ついているのだろうか。私は何と答えようかと思案した。

「アイもそうなの? 皆と同じで、私の言うこと信じてくれないの!?」

 マリアは私の顔を真っ直ぐ見上げて言った。

「信じるわ。私はマリアの言うことを信じてる」

 マリアはまるで私が本心を語っているかを確かめるように、暫く私の瞳の中を覗き込んでいた。間もなくマリアは諦めたように自分の視線を腕で抱くぬいぐるみに落した。

「パパが死んじゃった日の前、パパのパトカーは家の前にあったの。パパは夜たくさんお酒を飲んで、とっても怒ってて、そのまま寝ちゃったけど、私が夜に起きた時、誰かがパパの車の所にいたの」

「誰かって誰かしら?」

「分からない。暗くて見えなかった」

「その人は何をしてたの?」

「パパが運転する所の下で何かしてた」

「運転席の下……?」

 マリアの父親は翌朝家からそのままパトロールに出た後、ある現場への急行要請を受けて時速八十キロメートルを超えて運転していた時、そのまま交差点を横切っていた大型トレーラーに衝突した。記録によると即死だったという。でも不思議なことにタイヤ痕が一切なく、ブレーキをかけた形跡がないことから、マリアの父親は飲酒運転だったのではないかと疑われたが、検死解剖の結果では基準値を超えるアルコールは検出されなかった。マリアの話が本当なら、何者かが車のハンドル下の診断用ポートにドングルを設置して、一定速度を超えると電子制御ブレーキが無効化されるように細工をした可能性は否定できない。

「パパは消えた子供を探してたの。たくさんの子供。私の友達もいたの」

「マリアのお友達が消えた? どういうこと?」

「分からない。皆ある日突然いなくなっちゃった」

 確かにこの国では一日平均十数人の子供が行方不明になっている計算になるけど、こんなに場所が集中するのは不可解だわ。

「パパ……パパに会いたい。私、パパを死なせた人許せない」

 マリアはぬいぐるみが折れるほど強く両腕で抱きしめながら言った。

「アイ? アイは大好きな人がいなくなったことある?」

 マリアの目からふと怒気が消えると、私を再び見上げて聞いた。

「大好きな人……? そうね…私もあるわ」

「誰? アイのパパ? ママ?」

 私はマリアの言葉に思わず笑ってしまった。

「私のパパでもあって、ママでもある人よ」

「アイは悲しかった? 私みたいにまた会いたいって思う?」

 私はマリアの小さな顔を見つめたまま固まってしまった。私の感情ロジックは確かに〈悲しい〉と返してくるのに、〈また会いたい〉と返してくるのに、その言葉がなぜか自然と発声することができなかった。

「どうだろう……分からない」

「変なの」

 マリアはそう言うと、まるで私から興味がなくなったかのように後ろを向いてしまった。

「マリア」

「ん?」

 マリアはその場に屈んでぬいぐるみで遊びながら返事をした。

「パパを死なせた人を許せない?」

「うん」

「その人を見つけたらどうする?」

「うーん……怒って、それから、こらしめたい」

 マリアは猫のぬいぐるみをまるで飛行機のように飛ばしながら答えた。

「でも、パパを死なせた人の子供がもしそれを見て、マリアに仕返しをしたらどうする?」

「大丈夫だよ。マリアの子供がまた仕返しするから! うふふふ!」

 マリアは赤ん坊のように無邪気に声を上げて笑った。

「マリア」

「ん?」

「私がマリアのパパを死なせた人を捕まえる相棒になってあげようか」

「あいぼうって?」

「大切な友達」

「うん! いいの!?」

 マリアは弾けるように立ち上がって振り返ると、私の手を握った。しかし一瞬マリアの表情が曇る。

「アイ? どうしてアイの手はこんなに冷たいの?」

 マリアは小さく首をひねりながら聞いた。

「心が温かい人は手が冷たいって、聞いたことない?」

「えー、そうなのー?」

 マリアは更に首をひねりながら笑った。

「さあ、もうそろそろおやつの時間ね」

 私はズボンのポケットから一粒のキャンディーを取り出した。マリアの顔がまるで花火が咲くように明るくなる。マリアはキャンディーを受け取ると、個包装の袋を開けようと小さな指でこねくり回した。

「自分で開けられる?」

「やって」

 マリアは袋がくしゃくしゃになったキャンディーを怒ったように突き出した。私は袋からパイン味の黄色く丸いキャンディーを一粒取り出すと、マリアの小さな口に放り込む。

「おいちー!」

 マリアは頬を両手で挟んで両足を踏み鳴らした。

「キャンディーのこと、皆には内緒よ」

「うん!」

 私はそう言うとマリアと小指を絡ませた。

「さあ、下へ行きましょうか」

「はーい!」

 マリアは駆け足でぬいぐるみを取りにいくと、再び戻ってきて私の手を取った。

「私、アイのこと大好き!」

「ありがとう。私もマリアのことが大好きよ」

 私たちは手を握り合って一緒に部屋を出た。窓から見える青空には羊雲が漂っていた。


 完


 『久留子の糸 —スレッド・リッパーの残糸』をお読みいただき、誠にありがとうございました。

 予想以上に多くの方々にお読みいただき、作家としての喜びをとても感じられた思い入れの強い一作となりました。


 今回皆さまから頂いた自信を胸に、2026年8月28日(金)18:00~新作『超人ジャドッグ』を公開させていただく運びとなりました。

 初週は8月28日と29日連日で公開し、その後は毎週金曜日18:00~の1話ずつでの公開となります。

 

 戦争や犯罪の絶えない現代において、正義とは何かという重厚なテーマを冠した壮大なSF作品です。

 是非、引き続き髙橋顕吾の作品を応援して頂ければ幸いです。


【あらすじ】

 西暦2225年。不戦を誓う平和国家でありながら、世界最大の軍需産業国家へと変貌を遂げた日本。反重力技術の恩恵により、天を目指すことをやめ、地下へと都市を築いた人類の影には、政府の「犬」と蔑まれながらも命を懸けて戦う一人の超人がいた。


 その名は――ジャドッグ。


 国家の最高機密である超格子様原子組換人類(超人)の完成形、藤岡勇気ふじおか・ゆうきは、念力テレキネシスで駆動する無数のブレットを操り、孤児院の家族を守るため、そして自らの信じる「正義」のために任務を遂行し続けていた。


 しかし、一連の強奪事件を追うなかで遭遇した異形の怪物「伸二」との死闘が、勇気の運命を狂わせていく。戦闘の最中、ブレットを介して勇気の脳内に流れ込んできたのは、怪物がかつて人間だった頃に受けた、凄惨なネグレクトと虐待の記憶だった。


 『子供一人救えないで、何が正義だ!!』


 怪物から突きつけられた悲痛な絶叫。自分が守ってきた「正義」とは何なのか。悪を討つことが本当に正しいのか。葛藤の雨に打たれ、マスクの下で涙を流す勇気に、さらなる過酷な現実が襲いかかる。謎の白い有機武器「ガポイ」を操る謎の少女ナギアの暗躍。大切な家族の喪失。そして、自身の出生に隠された、地底の異種族「ソドス王国」を巡る国家規模の陰謀と裏切り――。


 すべてを失い、絶望の底に突き落とされた青年は、最愛の人の遺した言葉を胸に、再び立ち上がる。これは、偽りの正義に引き裂かれ、己の存在に彷徨いながらも、正義の真理を掴むために戦い続ける、孤独なダークヒーローの重厚なるSF群像劇。


 「正義だからって全てを救えるわけじゃない。それでも、正義は必ず正しいの」


 2026年8月28日(金)18:00~乞うご期待。

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