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魔拳無双~ 神祖の魔女に拾われた孤独な少年は、人類史上六人目の魔人となりました。  作者: 堅物スライム
第二章 黄昏の終わり

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第47話 帰還――1

「凄ぇもんを見させてもらったぜ」


 不敵な笑みを浮かべながら、ランはコウたちの元へと歩み寄ってきた。余裕の滲む、悠々とした足取りで。


「底なし沼のような闇。確かにあれに呑み込まれちゃ、俺も《《パンクしちまった》》だろうな。――ま、今の俺ではという注釈はつけさせてもらうが」


 ランの視線がコウへと移る。


「で、それを凍らせて粉砕したお前の氷もかなりエグい。俺の見込んだ通り、お前とはいい勝負が出来そうだ」


 コウとヴォイドはゆっくりと立ち上がる。

 いつでも動けるような構えを見せるが、魔力を使い果たした今の状態では、二人掛かりでも話にならない。瞬殺される。それが分かっていても、膝を折るわけにはいかなかった。


「ハッ。弱ったところをハイエナのように襲い掛かるってか?」


 ヴォイドの軽い挑発に、ランはやれやれとばかりに首を振った。


「ああ? 俺がそんなチンケな野郎に見えるってか? そいつは心外だな。――こっちも手心を加えてもらったようだしな」


 手心?


 コウがその意味を考えかけたとき、近くの木々の間から影が現れた。巨大な、見覚えのある影が。


「ウーログ。無事だったか」


「隊長、ご無事で何よりです! もう一つの巨大な魔力が飛んできた時は焦りましたが」


 右手に槌を携えたウーログが小走りに駆けてくる。

 その細い目には、珍しく警戒の光が宿っていた。ランを、まっすぐに見据えながら。


「よう、手下どもが世話になったようだな。消えた魔力がねぇってことは、生かしておいてくれたんだろ?」


「まぁ、しばらくは動けないと思うけど」


 ウーログの視線はランに向いたまま、槌を握る手にわずかに力が入る。その無言の圧を、ランはあっさりと受け流した。


「ははっ。安心しろよ。今のお前らと戦うつもりはねぇ。何のメリットもねぇからな」


 メリット。


 その言葉で、コウは最初にランと交わした会話を思い出した。


 『金はおまけ。欲しいのは魔力だ』という言葉。

 魔力を使い果たした今の自分たちには、こいつにとって何の旨味もないということか。


「じゃ、何の用だ? 仲間を介抱してさっさと立ち去ればいいだろ?」


「西からこっちに来る奴なんて滅多にいねぇからな。何を企んでる? お前たちがわざわざやって来た理由を知りたい」


 ランは口元を歪めながら問いかけた。

 コウは一瞬迷ったが、嘘をつく意味もないと判断して、素直に答えた。


「ただの視察だよ。今後のためのな」


「視察? 今後? どういう意味だ?」


 ランの眉がわずかに動く。


「そんなもんエデンにしか知る由もねぇが、まぁ普通に考えりゃ答えは一つだろ」


 言いかけて、これ以上はまずいかもしれないと思った。それでも、続けた。


「エデンは世界を支配する。なら、この混沌領域も手中に収めるってことだろ」


 ヴォイドがククッと笑った。

 可笑しくてたまらないとでも言うように、肩を揺らしながら。相変わらずだなとでも思っているのだろう。


 だがエデンを知らないランは、ポカンとした顔でしばらく固まった。


「は……? 混沌領域を支配? エデンってのは西の魔女だろ? 頭いかれてんのか? 魔女同士で激突したら、どっちも消滅するってのが定説だろ?」


「そんなことは百も承知の上で動き始めたんだから、何かしらの勝算があるんだろ」


「ハハッ。マジかよ」


 ランは一度笑ってから、声のトーンを落とした。


「で、お前らはそれを手伝うってか? 混沌領域を支配するってんなら、獄炎卿やアリゼなんかも相手しなきゃならねぇんだぞ? エデンがセフィロトと戦ってる間、あいつらを足止めでもするつもりか? 死ぬぞ?」


「……ごちゃごちゃうるせぇな」


 コウは静かに、しかしはっきりと答えた。


「エデンがやれっつったらやるだけだ。命の恩人だからな。――それに、強ぇ奴と戦うのは嫌いじゃねぇ。嫌いじゃねぇどころか、死にそうな思いをすると、生きてるって実感できる。体中の細胞が生の喜びに震えるんだよ。確かにお前の言う通り、今の俺じゃ死ぬだろうが」


 沈黙。


「……お前もだいぶヤベェな」


 ランは本気でドン引きしていた。

 しかし、その表情がすぐに何かを考えるような顔に変わる。そして少しの間を置いてから、口を開いた。


「面白れぇ。俺にも手伝わせろ。あいつらはマジで気に入らねぇからな。特にアリゼの野郎は」


 苦々しく吐き捨てる。その顔には隠しきれない憎悪が覗いた。


 コウとウーログは思わず顔を見合わせた。

 目線だけで、どうするとしばし相談する。


「……お前みたいなヤバそうな奴を、俺の一存で受け入れることは出来ねぇ。エデンが認めたら、になるがついてくるか?」


「ああ、もちろんだ」


 コウは静かに目を閉じ、エデンへと念波を飛ばした。この男をどう扱うかは、エデンが決めることだ。自分にできるのは、繋いでやることだけ。


 そして、ゴドフロアの大総統府での面会の段取りを組んでやるのであった。


 ◆◆◆


「オレはセフィロトと戦うつもりはない」


 それだけ言い残して、ヴォイドは翼を広げた。

 魔力が多少戻れば十分だったらしい。漆黒の翼が大気を叩き、その身はあっという間に空の彼方へと消えていった。


 コウはその背を見送ってから、小さく息をついた。


 馬車にランを乗せ、オルドリアへの帰路につく。ランの手下たち三十名もそれぞれ馬に乗り、列をなして後に続いた。


 出発前、ランは倒れた手下たちの前に立つと、無造作に手をかざした。


 それだけだった。


 たったそれだけで、地に伏していた男たちが次々と起き上がり始めた。骨が折れていた者も、酷い打撲の者も、まるで何事もなかったかのように。


「……っ」


 ウーログが息を呑んだのが、コウにも分かった。


「隊長」


 ウーログが低い声で耳打ちしてくる。


「あの治療、おかしいです。これだけの人数を瞬時に回復させるなど、一流の治療術師でも不可能に近い。しかも……」


「魔力の質が、闇だろ」


「ええ。本来、他者の治療には光の属性が必要なはずです。闇の魔力で傷を癒すなんて聞いたこと無いです」


 からくりは分からない。

 ただ、戦っている最中に感じたあの得体のしれない感覚——何か根本的なところが違う、という不気味な予感——それが関係していることは間違いないだろう。


 馬車が走り出す。

 揺れに身を任せながら、コウはランに声をかけた。


「おい、混沌領域のことを教えてくれ。お前が知ってる範囲でいい」


「ああ、いいぜ」


 ランは背もたれに体を預けたまま、気怠そうに口を開いた。


「まず、ここに国はない」


「国が無い?」


「強ぇ奴のところに人が集まる。それだけだ。俺の連中もそうだ。旗を立てて領土を広げようなんて奴はいねぇ。獄炎卿みたいな化け物相手に数で挑んでも、無駄だと分かってるからな」


「じゃあ、どうやって秩序を保ってる?」


「保ってねぇよ」


 ランは鼻で笑った。


「それぞれが自分の目の届く範囲を適当に管理してるだけだ。全部気まぐれさ。同じ場所で同じことをしても、相手の機嫌次第で見逃される日もあれば、始末される日もある。どこからが誰の縄張りで、どこから先が危険かも、踏み込んでみるまで分からねぇ」


「……混沌ってのは、名前通りか」


「ああ。ただ一つだけ。実力者同士はお互いに干渉しないっつー暗黙の了解みてぇなものはあるらしいがな」


 コウはしばらく考えてから、続けた。


「セフィロトへ辿り着くには、どうすればいい?」


「アリゼの支配地を抜けるしかねぇ。ま、俺もその先のことはよく知らねぇけど。魔獣と人間の混血がいるとか、信じがたい噂もあるが確かめようがねぇ。一つ確かなのは——アリゼを越えなきゃ、セフィロトには届かないってことだ」


 とりあえず、これだけ聞ければ充分だろう。

 コウは窓の外へ視線を流し、流れていく景色をぼんやりと眺める。


 アリゼ。

 獄炎卿。

 セフィロト。


 越えなければならない壁を頭の中に並べていたはずが、気づけば思考が別のところへ漂流していた。


 ——早く美味い飯が食いたい。


 その直後、腹がぐーっと間の抜けた音を鳴らした。

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