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魔拳無双~ 神祖の魔女に拾われた孤独な少年は、人類史上六人目の魔人となりました。  作者: 堅物スライム
第二章 黄昏の終わり

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第48話 帰還――2

 一週間後。


 コウたち一行はゴドフロアに無事到着した。


 西の混沌領域とは打って変わって、整然と区画された石畳の街並み。行き交う人々の顔にも、どこか余裕がある。秩序の上に成り立っている場所の空気だ。

 ランの手下たちは慣れない雰囲気に少しばかり落ち着かない様子で辺りを見回していた。


 ウーログに彼らを預け、コウはランを連れて大総統府へと足を踏み入れた。

 高い天井、磨き上げられた石床、左右に並ぶ柱の列。権威を誇示するでもなく、ただそこにある圧というものが、建物全体から静かに滲み出ていた。


 しかし、エデンの執務室へと続く大きな階段の前で、ランの足がピタリと止まった。


「おい、どうした。この上だぞ」


「わ、分かってる」


 振り返ると、ついさっきまで馬車の中でくだらない雑談をして笑っていた男の顔色が、嘘のように悪くなっていた。額に薄く汗が滲んでいる。

 ランは一度大きく息を吸い込んでから、覚悟を押し込めるように顎を引き、無理やり足を動かした。


 扉の前に到着する。

 コウがノックすると、「どうぞ」という平坦な声が返ってきた。


 室内へと足を踏み入れる。

 広い執務室の中央、大きな机の向こうからエデンがいつものように軽い調子で顔を上げた。


「お帰り。どうだった、向こうは?」


「ヤバかった。今の俺じゃとても奥までは行けそうにない」


「うん、分かってる。今の君にそこまで期待してないから大丈夫」


 エデンは悪びれもなく続ける。


「アラベリクとかアリゼが今でも辺境あたりで大きな顔してるんでしょ? とりあえず今回はあいつらとの実力差がどれくらいあるのかを肌感覚で理解してもらいたかったのよ」


 アラベリクとは獄炎卿の本名だ。道中、ランから聞いていた。


「……マジかよ」


 コウは思わず脱力した。


「先に教えて欲しかったんだけど。たまたま獄炎卿の方へ行ったから助かったけど、アリゼの方に向かってたら死んでたかもしれん」


「あははは。まぁ、ギリギリ逃げることは出来たはずよ。ウーログもいるんだし」


 コウが返す言葉を探しているうちに、エデンの視線がすっとランへと移った。


「で、あんたがラン? わたしたちと一緒に戦いたいんだって?」


 コウも隣のランに顔を向ける。


 ――そして、思わず二度見した。


 顔面が蒼白だった。

 額どころか頬まで汗が伝い、唇がわずかに震えている。不敵な面構えで自分と対峙した男が、まるで別人のようにそこに立っていた。


 その理由は、コウには知る由もなかった。

 ラン本人でさえ、理解できていなかった。


 それは頭で感じる恐怖ではなかった。

 思考よりも深いところ、細胞の一つひとつに刻み込まれた、古の記憶が騒いでいた。赤ん坊だったランに取り憑き、融合した原初生物の記憶。


 数千年前、地を這いずり回る名もなきナニカだった頃——世界を支配する神々の気配を感じるたびに、息を殺し、身を竦め、通り過ぎるのをただ待ち続けた。その恐怖が今、ランの肉体そのものから噴き上がってきていた。


 目の前のエデンから放たれる圧が、あの頃の神々と同じだったのだ。


「は、はい……。ラン・フォンユと申します。ア、アリゼには恨みがありまして……一緒に戦ってもらえる仲間を探していました」


 声の震えを必死に押さえながら、それだけを絞り出した。


「ふうん」


 エデンは目を細めた。

 赤い瞳が、全てを見透かすように静かにランを射抜く。


「まぁ、いいんじゃない。どんな恨みがあるのかは知らないけど、あんたくらい魔力があれば役に立つでしょ」


 その言葉を聞いた瞬間、ランの全身から力が抜けた。へたり込みそうになるのを膝に渾身の力を込めて耐える。


「あ、ありがとうございます。じ、実は仲間も一緒に連れてきてまして、合わせて面倒を見て頂けるとありがたいです」


 慣れない敬語が舌の上でもつれながら、それでも何とか言葉になった。


「いいわよ。第一師団は人が足りてないから、受け入れてあげる。てか――」


 エデンは一度言葉を区切った。

 そして、何でもないことのように付け加えた。


「あんた、自分が人間じゃないって気づいてる?」


「「え?」」


 コウとランの声が、見事に重なった。

 二人は思わずお互いの顔を見合わせる。


「ま、コウもそうだし、いい仲間になれるんじゃないかな」


 そう言うとエデンは悪戯っぽく笑った。


 ◆◆◆


 ランは特別選抜部隊、三人目のメンバーとなった。


 恋人のマー・ミンシャは仲間と共に第一師団へ。とはいえ二人はゴドフロアで同棲するとのことなので、問題は無いのだろう。


 ランに課された最初の仕事は、魔力測定だった。

 自分の位置づけを自他ともに把握しておく必要がある——というより、気にしているのはレキエルとコウだけだが。


 コウはエルゲが長を務める魔導技師団の研究施設へとランを案内すべく、活気ある街中を歩いていた。

 石畳に並ぶ露店、行き交う人々の笑い声。整然としていながらもどこか温かみのあるゴドフロアの街並みを、ランは物珍しそうに眺めていた。


「お? 久しぶりだな、コウ。こんなとこで何してんだよ? あたしはたまたま買い物してたんだけど、偶然お前の姿が目に入ってよ」


 角を曲がったところで、サングラスをかけた人物が声をかけてきた。


 もちろん偶然などではない。

 今日のコウのスケジュールを早速ウーログから聞き出し、近くで待機していたのだ。

 ちなみに聖堂会の象徴であるレキエルは、既にゴドフロアでもアイドルばりの人気を獲得しつつあり、サングラスで変装しなければ自由に街を歩けなくなっていた。


 コウが隣のランを紹介しようとしたとき、ランの顔色が悪くなっていくのが分かった。原初生物の細胞に刻まれた生存本能が、静かに警戒信号を発しているのだろう。


 しかしサングラスを外したレキエルの顔を見た瞬間、ランの表情が変わった。

 風に揺れる絹のような白金の髪。完璧な彫刻を思わせる顔立ち。清楚の理想を現実に具現化したら、こうなるのではないかという姿。思わず息を呑んだ——が。


 さっきの口調を思い出す。


 畏怖がじわじわと別の感情に上書きされていく。


 品が無さすぎる。

 あの見た目で、この口調か。

 残念という言葉がこれほど似合う存在がいるだろうか。

 もっとも、自分の好みはマーのような少しふくよかな女だ。細身のレキエルは性的な対象でもない。

 ただ純粋に、あまりにも勿体ないと思った。


「ほう、面白そうだな。あたしもついてくわ。最近そこそこ強ぇ奴らが合流しだしててよ、今じゃ三十位くらいまで席が増えたんだぜ?」


「おお、マジか。せめて百位くらいまでは席を作りたいな」


 そんなランの複雑な心境など知る由もなく、コウとレキエルは久しぶりの再会を楽しむように言葉を弾ませながら歩き続け、気づけば研究施設の前まで到着していた。


 重厚な扉の向こうに広がっていたのは、無数の魔法陣が壁や床に刻まれた薄暗い部屋だった。

 棚には見たことのない器具が並び、空気がどこかぴりっとしている。研究員が一人、会釈してランを中央の魔法陣へと誘導した。


 しばらくして——。


「じゅ、165,289――」


 研究員の声が途中で掠れた。

 信じられないといった表情で、手元の数値と見比べている。


 しかしそれ以上に衝撃を受けていたのはコウだった。


「う、嘘だろ!?」


「何だ? 多いのか? 少ないのか?」


 コウの動揺など知る術もないランが、魔法陣の中でキョトンとした顔で問いかける。


「お、多い……。俺よりも……」


 コウの数値は153,247。

 まさかのオルドリア王国序列三位から四位への転落だった。


 この序列は強さそのものを反映したものではなく、単純に魔力量の多寡で決まる。とはいっても、隊長がただの隊員より序列が下など、特別選抜部隊の沽券にかかわる。


 コウは魔法陣へ飛び込み、ランを押しのけ研究員に向き直った。


「お、おい! 俺も測り直しだ! こんなバカな話あってたまるか!」


 必死の形相。


「あ、あたしは別にお前の序列が三位だろうが四位だろうがどうでもいいが――」


 レキエルの慰めの言葉を遮るように、コウは叫ぶ。


「う、うるせぇ! 一位のお前には俺の気持ちなんて分かるはずもねぇ! 隊長として負けるわけにはいかねぇんだよ!」


 その勢いに押され、研究員は慌てて測定を開始した。


 そして——。


「167,542です」


 一瞬の沈黙が室内を満たした。


「え? どっちだ? 俺の方が上か?」


 ランの数値も16万台だったことまでは把握しているが、細かい数字は頭から抜けていた。


「コウさんの方が、少しだけ上ですね」


「よっしゃあああああああああ!!!」


 コウがここまで喜びを爆発させたのは、生まれて初めてだった。


 研究員が目を丸くし、レキエルが呆れたように息をつく中、コウだけが一人ガッツポーズをしていた。


 心は確実に蘇りつつある。

 死を意識しなくても感情が爆発した。


 まだ目覚めていない部分は、少しずつでも取り戻していけばいい。



 コウが率いる特別選抜部隊の三名は、これからしばらく雌伏の時に入る。

 その時が来るまで、牙と爪を磨き続けるのだ。

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