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魔拳無双~ 神祖の魔女に拾われた孤独な少年は、人類史上六人目の魔人となりました。  作者: 堅物スライム
第一章 破壊と再生と呪い

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第4話 魔人誕生――1

 何となく予想はしていたが、エデンは工房の工具の使い方をほとんど知らなかった。


「明日、職人を呼んで説明させてみる?」


 至極当然のように言われたが、コウはその工具の形状を見ただけで、おおよその用途は掴めていた。金属を挟む、叩く、削る。基本的な動作は変わらない。問題は動力だった。


 この工房の道具は、魔力を動力源としていた。発火も加熱も、魔力を流すことで作動する仕組みだ。さすがにそこまでは想像がつかなかった。エデンに一通り説明してもらい、実際にいくつか動かして感触を確かめる。

 熱の出方、温度の上がり方、火力の調整の仕方。現代の溶接機とは勝手が違うが、やっていることの本質は同じだった。


「じゃあ、やってみる」


 エデンが何か言いかけたが、コウはもう工具に手を伸ばしていた。


 まず剣全体を加熱炉に入れ、金属が赤く染まるまで待つ。鈍色の銀の部分とどす黒い赤の部分とでは、熱の通り方が微妙に違った。赤い方が芯まで熱を持つのに時間がかかる。急かしても意味がない。コウはただ、炎の色を見つめながら待った。


 頃合いを見て取り出し、鉄床の上に置く。ハンマーを振り下ろす。


 カン、カン、カン。


 金属音が工房に響いた。


 神話級の素材だけあって、叩いた感触が普通の鉄とは全く違う。硬いのに、どこか粘りがある。力任せに叩いても形が変わらない。素材と対話するように、少しずつ角度と力加減を変えながら叩き続けた。


 この剣の根幹をなしているのは、血のようにどす黒い赤色の金属だった。


 後でエデンに聞いたところによると、ヒヒイロカネと呼ばれる代物らしい。神話の時代に鍛冶の神ドヴァリンが鍛えた極上の金属に、死に瀕した神がその力を封じ込めたという。

 コウはその赤い部分だけを慎重に切り分け、銀の部分を取り除いた。必要なのはこの赤だけだ。


 形を決める。

 拳に沿うように、四本の指が収まる窪みを作る。

 握った時に力が逃げないよう、内側の曲面を丁寧に整える。エッジは殴った時に自分の手を傷つけないよう、内側だけ滑らかに仕上げる。


 カン、カン、カン。


 最初の頃より、音が変わっていた。

 金属が形を受け入れ始めた時の音だ。コウにはそれが分かった。


 エデンはしばらく興味深そうに見ていたが、声をかけるタイミングを見失ったまま、いつの間にか城へ戻っていた。


 カン、カン、カン。


 工房に金属音だけが響き続けた。

 気づいた時には、窓の外が白んでいた。

 コウは手を止め、息を一つ吐いた。目の前の作業台に、それは置かれていた。


 太陽のように赤く、ごつい、メリケンサック。


 恐る恐る右の拳に嵌め込む。

 ピタリと収まった。自分の拳のために作ったのだから当然だが、それでも思わず息を呑んだ。まるで最初からそこにあったかのように、寸分の狂いもなく馴染んでいた。


「防御力無視だっけ。ほんとかよ」


 半信半疑のまま、机の角に向かって拳を叩きつけた。


 バキッ。


 殴りつけた箇所が砕け、木片がバラバラと床に落ちた。大した力を込めたわけでもない。少し強めに殴っただけだ。

 遅れて、鈍い痛みが拳に押し寄せてきた。


「いてぇ……」


 どうやら物体を破壊する力と、自分の肉体の強度は、全く別の話のようだった。


 ◆◆◆


 春の陽光が庭園に降り注ぐ中、落ち着いた城下街を抜けてエデンの城へ向かう男がいた。大きなカバンを肩に引っ掛け、鼻歌交じりで、ご機嫌に。


 城門をくぐり、庭園に足を踏み入れた瞬間、見慣れない人影が目に入った。


 エデン様が雇った新しい職人か。恐らく庭師か、鍛冶師だろう。


 何でもいい。

 新入りにはきちんと礼儀というものを教えておいてやらないと。男は城へ向かいかけた足を止め、工房の方へ向きを変えた。


「よう、何してんだ?」


 突然背後から声をかけられ、コウは思わずビクッとした。

 振り返ると、黒髪で細身の男が立っていた。黒いスーツのようなものを着込んでいて、口調からとっさに男と認識したが、ひょっとしたら女かもしれない。顔立ちは中性的で、声も女の声優が演じるようなよく通るイケボイスだった。


「え……。いや、散らかってるから整頓しようかと」


 コウは木材を両手に抱えたまま、見れば分かるだろという態度で無愛想に返した。


「ああ、しばらく使ってない工房だからな。いい機会だ、きれいに掃除しといてくれ」


 誰だ、こいつは。

 言われなくてもやるつもりだった。だが誰だか知らないこいつに偉そうに指図されてまでやる気にはなれない。


「で、あんたは誰?」


 その言葉を待っていたとばかりに、男は胸を張った。口元に余裕の笑みを浮かべ、ふふんと鼻を鳴らす。


「オレはヴォイドだ。呼び捨てにするんじゃねーぞ。ヴォイドさんと呼べ。エデン様の執事を務めてる。平たく言えばこの城のナンバー・2だ。それはつまり、この街全体でも二番目に偉いということを意味する。で、お前は?」


「俺はつい最近、異世界からやってきた……らしいけどよく分からない。強制的に連れてこられて、なんやかんやあって、工房でちょうど一仕事終えたとこだ。この先どうするのかは聞いてない」


「ああん? 仕事を終えたなら、次の指示を貰うだけだろ。ついてこい」


 ヴォイドはくるりと背を向け、城へと歩き始めた。雇用契約を結んだ覚えはないが、ここで放り出されても行く当てもない。コウは黙ってその背を追った。


 城の中は厳かな静寂に包まれていた。

 外からは分からなかったが、メイドや作業服の男たちが廊下を忙しなく行き交っている。中世ヨーロッパとも、もっと先進的な何かとも言い切れない、不思議な空間だった。ヴォイドに先導され、コウはその廊下の奥へと進んでいく。


 やがて大きな扉の前で立ち止まると、ヴォイドはコンコンとノックした。


「エデン様、戻りました」


「はーい、お帰り。入っていいよ」


「失礼します」


 ヴォイドは恭しく一礼して扉を開けた。コウは閉まりきる前に慌てて続く。

 部屋の奥にエデンがいた。窓際の椅子に腰掛け、こちらを見ている。


「で、どうだったの?」


「はい、準備は着々と進んでおりました。一、二ヶ月以内にはやってくるかと」


「もう、めんどくさいなぁ」


 エデンは子供のように頬を膨らませ、しかめっ面を作った。


「あえて待つまでもないかと。もう一回オレが行って、今度は壊滅させてきましょうか?」


「うーん、それでもいいんだけど」


 エデンの視線がすっとコウへ流れた。


「ちょっと面白いこと思いついちゃったのよ」


「面白いこと……ですか?」


「そう。あんたの後ろに控えてるそのコウにね、やってもらおうかと思って」


 ヴォイドが振り返り、驚いたようにコウを見つめた。


「え……? お前、戦えるのか? 全然そんな風に見えないんだけど」


 戦う……。その言葉が頭の中で空回りした。全く想定していなかった展開に、コウの思考が止まる。


「いやいや、見れば分かるでしょ」


 エデンが軽い口調で続けた。


「だから、あんたが鍛えるのよ。一ヶ月あれば何とかなるでしょ? 神話級武器ディヴァイン持ちなんだし」


 エデンの視線が、コウの右拳に嵌められた赤いメリケンサックへ向いた。


「これはテストよ、コウ」


 立ち上がり、まっすぐにコウを見る。


「君との出会いは運命だったのか、そうではないのか。もし運命なのだとしたら、きっと君の心も蘇る」


 そう言って、エデンはニッコリと笑った。

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