第3話 火花胎動――3
コウが球を放った瞬間、狙いは最初からそこではなかった。
剣のすぐ脇。エデンではなく、カルナウフの右腕。
標的を破壊するほどの力がその球に封じられているだろうことは、薄々理解していた。あの剣が貴重なものであることは見れば分かる。失ってはいけない。直感がそう告げていた。理屈ではなく、ただそう感じた。
「き、貴様!! 血迷ったか!? 自分が何をしでかしたか分かって――」
「だから、うるさいって。螺旋圧搾」
エデンはそう言うと、また両手を打ち合わせた。さっきと同じ動作。同じ結末。
ブチュッともビチャッともつかない音が一瞬響き、断末魔すら最後まで続かなかった。カルナウフは肉塊へと成り果てた。
「おしまい」
パチッと指を鳴らすと、周囲に広がる残骸から青白い炎が立ち上がった。炎は音もなく広がり、肉塊をあっという間に喰らい尽くす。残ったのは、肉が焦げた匂いだけだった。
「あーあ。また庭の手入れしなきゃじゃん。めんどくさいなぁ、もう」
コウはズシリと重い剣を手にしたまま、ただ茫然とそこに立っていた。さっきまで二十人近くいた人間が、跡形もなく消えた。そのことが、頭の中でうまく繋がらない。
「で、君はひょっとして……異界から召喚されたのかな?」
「た、多分……」
そう言うしかなかった。何も分からない。ただ、ここが今までいた世界とは全くの別物だということだけは分かる。それを何と呼ぶのかと問われれば、異界とか異世界という言葉が一番近いのだろう。
「ふーん。噂は本当だったか。異世界人はわたしたちの『根源魔法』を無効化するとかいう」
エデンはまた指をパチッと鳴らした。
「熱っ!!」
コウの右手から火花が爆ぜた。反射的に剣を放り投げる。
「あははは。ごめんごめん。普通の魔法は通じるんだね。ピーキーだなぁ」
楽しそうにころころと笑っている。やられた側としてはたまったものではない。しかし言うべき言葉が見つからず、コウは抗議の意を込めた視線でエデンを睨みつけた。
「自己紹介がまだだったね。わたしはエデン。神祖の魔女の一人」
一拍置いて、少しだけ声のトーンが落ちた。
「『規律』が魂を縛り付けてる、可哀想な女の子だよ」
そう言うと、わざとらしく、あざとく、ウインクした。
女の子――見た目は二十代前半といったところだ。しかし本当に魔女だというのなら、実際はその何倍もの年を重ねていると考えるのが妥当だろう。
「で、わたしのことは何と聞かされてここまで連れてこられたの?」
「……邪悪な魔女とだけ」
神祖だとか規律だとかは、聞いていない。
「ふーん」
さして興味もなさそうに聞き流すと、エデンは続ける。
「で、どう? 実際邪悪に見える? こんな可愛い女の子に向かって邪悪とか、酷くない?」
「……何とも。まだ分からない。頭が混乱してる」
嘘ではなかった。
理由はどうあれ、目の前で二十人近い人間を惨殺した相手だ。普通に考えれば極悪非道と言われても仕方がない。しかしコウはこの世界のことを何も知らない。何が善で何が悪なのか、判断するだけの材料を持っていない。
「うんうん。だったら、これから自分の目で見て、自分の意思で決めればいいよ。誰かがそう言ってたから、じゃなくて」
腕を組んで一人納得したように頷きながら、エデンは続ける。
「で、君は何者? 異世界から来たってこと以外も教えてよ」
「……俺はコウ。向こうでは溶接工をやってた。それだけ。自慢できるような特技は残念ながら何もない」
「溶接工……。鍛冶屋みたいなものかな? ちょっとついてきて」
エデンはそう言うと歩き始めた。
コウはまだピリピリと痛む右手を押さえながら、地面に落ちていた剣を拾って後を追う。連れていかれる先が危険かもしれないという警戒心は、どこかへ消えていた。ごく当たり前のように、ただ足を動かす。
広大な庭園をしばらく歩いた先に、その小屋はあった。
煙突が突き出た武骨な造り。外には木材や鉄骨のようなものが無造作に積み上げられている。
「どうぞ、入って」
エデンに手招きされ中へ入ると、天井から電灯のようなものがぶら下がり、薄暗い室内を照らしていた。大きな窯の前の机には、コウが見たことのない工具がいくつも並んでいる。
「おや? 目が少し生気を帯びてきたよ? こういうの、興味があるのかな?」
言われてコウははっと気づいた。
いつの間にか、胸の奥で何かが燃え始めていた。子供の頃、夢中で廃材を加工したあの感覚。町工場で初めて本格的な溶接機に触れ、時間を忘れて作業していたあの頃と同じものだ。理屈ではなく、体が先に反応していた。
「その剣、加工してみる?」
エデンは悪戯っぽく、それが大した価値など持っていないような軽い口調で言った。
「え? でも、これって神話級の武器だろ。No.6 レーヴァテインとか何とか……。使い物にならなくなったらどうする?」
あの球を投げた時も、この剣には当たらないようにわざわざ調整したというのに。
「別にわたしには必要ないから。剣なんて使えないし」
「でも、凄い力があるんだろ?」
「うん。神話級武器はね、魔女の根源魔法を弾く効果がある。でも、君はすでにその能力を持ち合わせてるよ」
エデンの魔法が最初カルナウフに通じなかったのは、そういうことか。
しかし――
「え……? それだけ?」
「あとはレーヴァテインだと確か『防御力無視』の超越能力だったかな。こっちがメイン」
「ん? よく分からないけど、それって相当凄いんじゃ?」
「凄いよ。でも当たらなければ意味が無い」
確かにそうだ。戦闘モードに入ったこの魔女の間合いに踏み込むことは、まず不可能に近いだろう。
「君も剣なんて使えないでしょ?」
「ああ、今日初めて触った」
「だったらさ、君が使いやすい武器に改造してみなよ。武器を扱ったことがないなら、拳に装着する感じでも良くない? それ嵌めて殴るの」
拳に装着する。殴る。
頭の中で形が浮かんだ。メリケンサック。素手に近い感覚で使えて、当てるだけでいい。剣を振るうより、よほど自分に合っているだろう。
だとしたら、どう改造するか。この剣の形状、素材の硬度、加工に必要な工程。頭の中で作業の手順が自然と組み上がっていく。気づけば胸の中に、久しぶりに感じる熱が灯っていた。
「面白そうだ。この工具の使い方、教えてくれ」




