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魔拳無双~ 神祖の魔女に拾われた孤独な少年は、人類史上六人目の魔人となりました。  作者: 堅物スライム
第一章 破壊と再生と呪い

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第2話 火花胎動――2

 ガタガタと不規則に揺れる馬車は、コウの胃を容赦なく締め上げた。

 もう吐くものなど残っていない。それでも酸っぱい何かが喉の奥から押し寄せてきて、コウは口を結んだまま窓の外の暗闇を眺めた。同乗している連中の声が、遠いラジオのように耳の中を流れていく。


「……今まで、西の魔女に挑んで生きて帰ってきた者はいないんだよな」


「ああ。だからどんな力を持っているのか、誰も分からない」


「ビビってんじゃねーよ。過去の討伐隊は誰も神話級武器ディヴァインを持ってなかった。カルナウフ様のあの剣はマジでヤバい。俺たちは後ろでサポートに徹してればいいんだ」


 強がりにしては、声が少し上擦っていた。


「そうだ。カルナウフ様は今まで負け知らずでここまで来た。今回も同じさ」


「てか、それにしても――」


 頬に古い傷を持つ男が、ちらりとコウに目を向ける。


「異世界からの召喚者だったか。見た目は俺らと変わらねぇんだな」


 カルナウフの一団は三台の馬車に分かれ、夜の街道を進んでいた。

 コウの乗る馬車には七名の傭兵が同乗している。北欧系、ラテン系、アジア系のような――出自も顔立ちもばらばらな男たちが、狭い車内にひしめいていた。


「おい。お前の何が魔女への切り札になるんだ?」


 コウは答えない。

 答えられるわけがない。何も聞かされていないのだから。気づいたら見知らぬ部屋の床に倒れていて、よく分からない球を渡されて、よく分からない一団に混ざっていた。切り札と言われても、その球が何なのかすら分からない。


「ちっ。辛気臭ぇヤローだ」


 男は吐き捨てるように言って、視線を窓の外へ向けた。

 夜が深くなるにつれ、馬車の揺れだけが続いた。


 何度か休憩を挟みながら三日が過ぎ、一団は目的の街の手前で馬車を止めた。街には入らず、街道を外れた森の中へ分け入り、カルナウフが全員を呼び集めた。


「先乗りしたニカライが転移魔法陣を構築している。あいつが戻り次第――夜中になるが、魔女の城に乗り込む。陣形はいつも通りだ。俺に任せろ」


 いつも通り、と言われてもコウには何のことか分からない。だが質問する気にもなれなかった。どうせ答えを聞いたところで何も変わらない。


「で、お前」


 カルナウフの指が、真っすぐコウを差した。


「俺が合図したら、爺さんからもらった球を魔女に投げつけろ。絶対に外すな。絶対にだ。外したら――」


 一拍の間があった。


「この剣でお前を真っ二つにしてやる」


 冗談ではなさそうだった。

 声にも、目にも、冗談の欠片もなかった。本当にそうするつもりなのだと、コウは理解した。だったら他の者に預ければ良い。何故、自分が投げる必要があるのか。しかし、いつもの通りにコウは黙っていた。


「自信がなけりゃ、本番までに練習しとけ」


 それだけ言って、カルナウフは作戦会議を終了させた。


 死んでもいいとは思っている。だが、あの男に斬られるのは何となく嫌だった。理由は分からない。ただそう思った。


 コウは足元の石を拾い上げ、暗い森の奥に向かって投げた。

 低い音がして、石が木の幹に当たった。

 また拾って、投げる。また拾って、投げる。

 狙った場所に当たるまで。当たったら、もう少し遠くの木を狙う。それだけのことだった。頭の中は空っぽで、余計なことを考えなくていい。工場で溶接棒を握り続けていた頃と、やっていることは何も変わらない気がした。


 気づくと、森が静まり返っていた。虫の声すら聞こえなくなっていた。


 そんな時間がしばらく過ぎると、やがて、赤毛の男――ニカライが、木々の間から姿を現した。


 作戦が、始まる。


 ◆◆◆


「はぁ……。めんどくさ」


 城のバルコニーで夜闇に沈む街を見下ろしながら、エデンはため息をついた。

 庭師として雇った赤毛の男が、中庭に魔法陣を組み上げていることには気づいていた。移動時間を短縮したいのだろうと思って放置していた。仕事が終われば消せばいいだけだ。取るに足らない小物のすることに、いちいち目くじらを立てるまでもない。


 しかし今、その魔法陣から続々と人が湧いて出てくる。

 恐らく、いや間違いなく、自分を討伐しに来たのだろう。これで何回目だ。返り討ちにした人数は、百人を超えてから数えるのをやめた。


 この街を一歩外に出ると、エデンは極悪非道な魔女として悪名が轟いている。だがそれは半分正解で、半分間違っている。もっとも、その点について誰かと議論するつもりはない。だから討伐指令が下されることに、一定の理解はしているつもりだ。哀れなのは、悪を討つという名目が表向きのものに過ぎず、《《真の目的》》を肝心の討伐隊は誰一人知らされていないということだ。


 ネズミのように湧いてくる人影を眺めながら、エデンはもう一度ため息をつくと、そのままバルコニーから飛び降りた。


 すとん。


「な!?」


「お、お前がエデンか!?」


「カルナウフ様!!」


 上空から音もなく舞い降りた黒髪の美女。赤い瞳が月明かりを受けて光る。細かな装飾が施された緑のドレスが、うっすらと輝きを帯びていた。


 カルナウフがずいと一歩前に出て、鞘から剣を引き抜きエデンに向ける。


「貴様がエデンか。善良なる民をたぶらかす悪の権化。この神話級武器ディヴァインレーヴァテインが天誅を――」


「うるさい」


 言い終わる前にエデンは両手を打ち合わせ、乾いた音を立てた。


螺旋圧搾スクイーズ


 そのまま上下に深く、じりじりとすり合わせる。見えない何かをすり潰すような、その動作が終わった瞬間だった。

 傭兵たちの体が、雑巾を絞るように捩じ切られた。生々しい軋み音と断末魔が重なり、次の瞬間には、そこにあったものが全てぐちゃぐちゃの肉塊に変わっていた。


 静寂が落ちる。

 立っているのは、カルナウフとコウだけだった。


「ふーん……。その剣は確かに神話級武器のようね」


 エデンの視線が、カルナウフを一瞥してからコウへと移る。その目に、かすかな驚きの色が浮かんでいた。


「でも、君は何かしら?」


 コウには答えられない。


 目の前で起きたことを頭が処理しきれていない。なぜ自分が生きているのか分からない。他の全員が肉塊になったことも、この女が何者なのかも、何も分からない。


 エデンはコウの目の前まで歩み寄り、その瞳をじっと覗き込んだ。長い沈黙だった。


「私の力が通じなかったのはさておき」


 ふっと、口元が緩む。


「君、心が死んでるね」


 そして耳元に顔を寄せ、囁いた。


「わたしと一緒に、その心を蘇らせる術を探してみない?」


 心が死んでる。


 意味が分からない。

 理解できない。


 だが、理屈の届かないどこかで、何かがビシッとひび割れたような気がした。


 ――ずっと固く閉じていた何かが。


「今だ!! 球を魔女に投げつけろ!!」


 カルナウフの怒鳴り声が、静寂を引き裂いた。

 コウは反射的にポケットへ手を入れていた。指が球体に触れる。冷たい、木のような感触。


 投げるべきだ。それがここでの自分の役割だ。


 だが、手が動かなかった。

 一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、止まった。


 それでもコウは投げた。

 練習した通りに、狙った場所へ、正確に。


 ドン!!


 破裂音にも爆発音にも似た轟音が響き渡る。


「ぐあああああああああ」


 野太い絶叫が夜の空気を震わせた。

 コウが投げた球は、エデンではなくカルナウフに命中していた。右腕が四散し、神話級の剣が宙を舞う。


 コウはそれを、無意識のうちにキャッチしていた。

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