第37話 特別選抜部隊
アクセルを撃破してからも、反乱軍に加わる者は後を絶たなかった。
気づけばその数は二万に迫ろうとしていた。そして、ジャオの諜報局員たちは道中の街や村に転移魔法陣を置きながら、黙々と進んでいく。
国民たちは、その行列を遠巻きに眺めていた。
現在の政策に不満があるわけではない。だから、目の前で繰り広げられる大騒ぎがまだどこか他人事で、お祭りのような感覚だった。ただ、上の方で踏ん反り返っていた連中が次々と失脚していく様には、誰もが少しだけ胸をスッキリさせているようだった。他人の不幸は蜜の味、というやつだろうか。
そして、一週間。
首都ゴドフロアは、拍子抜けするほどあっさり落ちた。
治安維持軍はすでにヴィルマル側についており、大きな混乱もないまま街が制圧される。コウとヴィルマルが大総統府の扉を開けると、老いた大総統は執務室の椅子に深く沈んで、ただじっと待っていた。
降伏の言葉は短かった。
その顔には苦渋があった。しかし、よく見ると——どこかに安堵の色も混じっていたことにコウは気づかなかった。当然だ。彼が溺愛していた孫娘が、あの金髪の外道の手に墜ちなくて済み、ホッとしていたことなど、知る由もない。
エデンが到着したのはそれからすぐのことだった。
ガラニン東部への魔法陣構築をほぼ同じタイミングで終えていたらしく、念波によるコウの報告が終わるや否や、作成したばかりの魔法陣を利用したのだ。
「さすがわたしの右腕ね」
そう言いながら、コウの肩をポンと叩く。労いの言葉は短いが、まぁいつも通りだ。
グレーゲル共和国の処遇は、ガラニンの時と変わらない。
支配層はそのまま残し、現在の社会をほぼ踏襲する形となった。エデンからすれば国民から魔力と邪魔な強い感情さえ吸収できれば、あとはどうでもいいのだろう。後は勝手に規律に縛られていく——それだけだ。
ちなみにグレーゲル侵攻の名目となった旧ガラニン王は他国への再亡命を求めていたが、受け入れる国は無かったようだ。エデンは彼に対する処遇を特に決めておらず、今後は一平民として慎ましく暮らすようにとだけ命じた。いつものように考えるのが面倒だったのだろう。
ともあれ、こうしてオルドリア王国は人口五千万を超える西方最大国家の一つ、グレーゲルを併合した。ガラニンとは比較にならない規模だ。全ての街や村に魔法陣を構築していくとなれば、数年がかりになるかもしれない。
「はぁ、めんどくさ」そう言いながら設置の旅に出るエデンの姿が、コウには容易に思い浮かんだ。
◆◆◆
併合に伴う手続きが一段落すると、エデンは委員会メンバーを招集した。
気づけば、コウたちがゴドフロアに到着してから一ヶ月近くが経過していた。その間、エデンはコウたちにも色々とヒアリングし、今後の国の運営について思索を巡らせていたようだ。
大総統府の会議室。
長方形のテーブルを囲む面々の視線が、上座に座るエデンへと集まる。
「軍を再編成することにするわ」
一同の顔を見渡してから、エデンは静かにそう宣言した。
声のトーンはいつもと変わらない。背筋を正す者、腕を組む者。それぞれの反応を横目に捉えながら、エデンは淡々と新たな組織図と各自の役割を説明していく。
コウは第一師団長を外れることになった。
今回のグレーゲル遠征で、コウは己が集団を指揮することの苦手さを身に染みて実感した。一人で自由に動く方がストレスが無い。そもそも対人コミュニケーションが苦手なのだ。部下を観察し、適性を見抜くことなど不可能に近い。そのことは本人が誰より分かっていた。エデンはその意思を尊重することにした。
その代わりに新しく与えられた肩書は「特別選抜部隊長」。
基本的にコウ自身が自分の目で選んだ――共に行動することが苦にならない程度の、言わば本人基準をクリアした――選りすぐりの精鋭を隊員としていく。現時点ではコウの他にもう一名だけが内定している、こぢんまりとした少数部隊だ。
コウの代わりに第一師団長を務めることになったのはヴィルマル。
アクセルとの死闘で左目を失くしたとはいえ、その戦闘力とカリスマ性を考えれば、他に適任者はいない。グレーゲルの三万の軍がそのまま主力部隊となる。当然の選択だった。仮にコウがヴィルマルの代わりに軍を指揮するとなれば、内部からの反発も相当なものになっていたはずだ。
レキエル率いる第二師団の役割は変わらない。
引き続き、傘下のラニエリの聖堂騎士団と共に国防を担う。グレーゲルの聖堂騎士団も吸収したことにより、総数は一万を超える規模となった。
一通りの説明を終え、エデンが席を立とうとすると、レキエルがすっと手を挙げた。
「ん? まだ何かある?」
エデンは浮かしかけた腰を落とし、もう一度席に着く。
「陛下。一つ提案があるんだが、いいか?」
「どうぞ」
レキエルはコホンと一つ咳ばらいをした。
「あたしたちの序列を決めるってのはどうだろうか? ほら、よく物語とかであるだろ? 序列一位の誰々とか。今後、他国の連中と相対した時に、肩書として名乗るんだ。――オルドリア王国序列一位、レキエル。みてぇにな」
その言葉に最も早く反応したのはコウだった。
「いい!」
身を乗り出す勢いで、コウは声を上げた。その目が、いつもとは別人のように輝いている。
「さすがレキエル。分かってるな。俺も何かが足りないってずっと思ってたんだ。それだよ、それ」
意気投合する厨二病仲間。
二人だけで盛り上がる空気を、しかし他のメンバーは冷ややかな目で眺めていた。ヴィルマルなどは、頭でも痛いというように太い指で眉間を押さえている。
「まぁ、別にいいけど」
エデンは軽く息をついてから、現実的な問いを投げた。
「で、どうやって順位を決めるの? バトルの相性とかもあるでしょ? じゃんけんみたいな関係はどうするのよ」
「そこは単純に魔力の総量でいいんじゃねぇか?」
レキエルは肩にかかった白金の髪をさらりとかき上げ、得意げな顔で続ける。
「定期的に計測して――例えば年に一回とかのペースで更新する感じで」
「ふーん。まぁ好きにやってちょうだい。みんなもそれでいい?」
「もちろん!」
即答するコウ。
その普段は滅多に見られないイキイキとした表情に打たれたのか、他のメンバーは互いの顔を見合わせ、揃って渋々とうなずいたのであった。
そして早速、測定会が開催された。
結果は以下の通りだ。
一位 レキエル 312,253
二位 ヴィルマル 227,186
三位 コウ 153,247
四位 ジャオ 58,224
五位 エルゲ 30,233
六位 ラニエリ 21,224
ジャオとエルゲは順位などどうでも良かったが、二人ともコウの数値には思わず目を見張った。
わずか半年前、コウの魔力量は十万ほどだったはずだ。それが今や、一・五倍近くにまで跳ね上がっている。数字で見ると淡々としているが、その意味するところは穏やかではない。
とんでもない成長速度。
末恐ろしい――そう感じさせるには十分すぎるほどの数値だった。
――そして翌日。
早くも、その序列が塗り替えられることになる。
「ガハハハ! じゃ、宜しく頼んだぞ!」
ヴィルマルはそう言って、バシッとコウの肩を叩いた。
二メートル近い巨体から放たれた一撃は、受けたコウの肩を軋ませる。禿げ上がった頭に、左目を覆う黒い眼帯。顔面の左半分に広がる火傷の痕が、光の加減によっては鬼のように見える。普通の人間なら、ただ立っているだけで本能的な恐怖を覚えるだろう。
しかしコウの目は、そのヴィルマルの向こうにある存在を捉えていた。
でかい。
ヴィルマルをも上回る巨体だった。
まだ彼ほど鍛え上げられてはおらず、どこかあどけなさの残る丸みを帯びた体つき。だがその骨格と、肉の下に潜む密度は――素人目にも、ただ者ではないと分かる。
「あ、ああ。じゃ宜しく。えーっと……名前が――」
「よ、宜しくお願いします! ウーログと申します! 隊長と同じ、十八歳です!」
大きな体を縮こまらせるように恐縮しながら、その青年は深々と頭を下げた。ヴィルマルの息子だという。
「遠慮せず鍛えてくれ。儂の元に置くと、どうしても甘やかしてしまうからな」
ヴィルマルは照れ臭そうに後頭部をさすった。この豪傑が、こんな表情をするのかとコウは少し意外に思った。
「だが、素質は間違いないぞ。親馬鹿と言われるかもしれんが、儂の若い頃より上だ。近い将来、グラビトスを受け継がせる予定だからな。ガハハハ!」
その言葉を証明するように、測定の数値は出ていた。
ウーログ・リングダール――魔力量、138,254。
オルドリア王国の新たな序列四位。
コウが隊長を務める特別選抜部隊の、現時点ではただ一人の隊員。
この青年が今後、コウと共に苛烈な戦いに身を置くことになる。




