第36話 凶雷乱舞――5
ドガァン!!
バゴォン!!
三人の繰り出す人智を超えた攻撃が、大地を抉り、地形を改変させていく。
轟音が連続し、空気が震える。土煙が舞い上がるたびに、クレーターの輪郭が少しずつ変わっていく。
アクセルの拳は視界で捉えることが出来ない。ならば避けるより防ぐ方が早い。コウは雷速の攻撃タイミングを見計らいながら、氷の壁を展開し続けた。しかし、その紫電を纏う拳はその壁を容易く爆砕していく。
バキィッ!!
砕けた氷塊が四散し、鋭い破片がクレーターに無数の傷を刻んでいく。
一方、大槌――神話級武器No.7グラビトス――を軽々と、目にも止まらぬ速さで振り回すヴィルマルだが、アクセルの体には触れられない。先ほど軽く擦っただけで重力に捕らわれ斜面に叩きつけられた——その能力をアクセルは警戒していた。ヴィルマルの剛撃は虚しく空を切り、時に地面を抉り、クレーターに大穴を穿いていく。
ブゥンッ——ドスッ!!
風圧だけで周囲の土が吹き飛ぶ。
コウが戦いに加わったことで、アクセルの雷撃はヴィルマルへなかなか届かなくなっていた。
邪魔だ。
まず小僧から片付ける。
ヴィルマルに比べれば、技術も経験も明らかに足りていない。氷の壁に何度も阻まれながらも、時おりアクセルの拳はコウへと届いた。
ビチッ——ジュウッ。
皮膚が焦げる音。内臓が超高熱で溶けていく感覚。それでも——コウの纏う黒い炎がすぐに再生してしまう。
神鳴焼尽で一気に片をつけたいところだが、この大技は発動時も発動後も隙が生まれる。まだ、隙を見せられるタイミングではない。
次第に戦いは膠着していった。
三人の息が、少しずつ荒くなっていく。
「ガハハハ! どうした、余裕は無くなったみたいだな!」
ヴィルマルが豪快な笑い声と共にアクセルを挑発する。二対一でようやく均衡が取れていることなど、頭から消えている。
「チッ」
アクセルは苛立たし気に舌打ちした。
こいつらなど一対一であれば余裕で勝てる相手だ。その二人が共闘したところで、単純な足し算であれば問題ない。しかし——こいつらの噛み合い方が、厄介だった。
コウの近距離攻撃とヴィルマルの中距離攻撃。どちらにも対応できるとは言え、決定打を叩き込むには至らない。逆にアクセルからの遠距離攻撃はコウの繰り出す氷の壁で防がれてしまう。
コウに狙いを定めても、致命傷を与えるたびに再生される。腹に穴を開け、超高熱を体内に流し込んでも——すぐに塞がってしまう。
コウの魔力を削り続けているということではある。
だが、アクセル自身も、その攻撃のたびに魔力を消耗していた。
魔力の消耗は、体力の消耗。
雷速に——陰りが見え始めていた。
アクセルが、無意識に息を整えようとした。
その、瞬間だった。
「凍天絶華」
コウの右手が、無造作に伸びた。
殴る意思など全く込められていない動作だった。そもそも拳が届く距離でもない。
だから理解し損ねた。
凍結魔術は防御専用。こいつは直接殴るしか攻撃手段がない——戦闘が長引き、ほんの少しだけ緩んでいた緊張が、その誤認を生んだ。
コンマ数秒の時を置いて。
目の前が、白銀の世界に塗り替わる。
まだ、緊張感が戻らない。
目の前で何が起こっているのか、《《理解しようとしてしまっている》》。
戦いに集中していれば、理解するより早く本能が動いていたはずだ。コウとの距離は三メートル。緊張が緩んでさえいなければ、造作もなく避けられた。
なのに——届くまで、待ってしまった。
「!!!??」
全身を突き刺す、鋭い痛み。
白銀の針が、次々と打ち込まれていく。
熱が、消えていく。
体の動きが、鈍くなる。
血が——凍っていく。
シャーベットのように。泥のように。
その時点でようやく本能が動いた。回復に全魔力を投入。体に熱が戻っていく。
この間、わずか二秒。
その二秒で——コウは初めて、自分からアクセルの懐に潜り込んでいた。
左拳を、叩き込む。
左の拳は何も破壊できない。クレーターの斜面を砕くのは常に右の拳だ。左で殴っても何も壊せない——《《そう見せていた》》。わざと無意味な空振りを繰り返し、そう思い込ませていた。
仮に右で殴りかかっていたら、逃げられていただろう。
しかし、左だ。
回復に専念しているアクセルは、避けない。
ダンッ!!
左ストレートが顔面を捉えるもスウェーされた。それでも——届いた。
クリーンヒットではない。だが『呪いの王』が発動するには、充分だった。
「!?」
アクセルの視界が、閉じていく。
音が、遠ざかる。
頭の中をキーンという耳鳴りが満たしていく。
コウがもう一歩踏み込み、右の拳を振りかぶった。
——その瞬間。
「神鳴焼尽」
アクセルの呟きと同時に、閃光が迸る。
超高温。過電流。超高圧。
全てが同時に、コウの体にぶち込まれた。
右腕が、消し飛んだ。
顔面の半分が、溶けた。
内臓が沸騰し、皮膚を突き破って爆発する。
骨が、砕ける。
ジュウッ——。
肉の焦げる匂いが、辺りに広がった。
閃光が引いていくより早く、コウの体は原型を保てなくなり——崩れ落ちた。
――直後、アクセルの視界にヴィルマルが映った。
いつの間に、コウの背に隠れていたのか全く気づかなかった。
顔面の一部を蒸発させながら——神話級武器No.7グラビトスが、垂直に振り下ろされてくる。まるでスローモーションのように。
大技直後の硬直。
避けられない。
分かっていても、体が動かない。
ガンッ!!!
頭蓋を震源に、衝撃が全身へと広がる。
『重力の王』の見えざる巨大な手がアクセルを包み込み、体ごと地面へと押し込んでいく。骨が砕ける。両足がありえない方向へと折れ曲がる。体が、潰されていく。
回復が、間に合わない。
クレーターの底をさらに掘り進めるように体が沈んでいく。そして——もう一度、上からの衝撃。
そこで、アクセルは暗闇に落ちた。
金髪で軽薄な容姿の面影など何も残っていない、辛うじて人間だったと分かる残骸がその場に残されていた。
「地獄でまた会おう」
言葉を吐き出すと同時に、ヴィルマルは糸の切れた人形のように地面へと倒れ込んだ。
そして隣に、目を向ける。
黒い炎が、ゆらゆらと静かに燃えていた。
ぐちゃぐちゃの肉塊が——ゆっくりと、人間の形を取り戻しつつある。
「……今までエグいものはいくらでも見てきたが、こいつはトップレベルだな」
この状態でも、意識はあるのだろうか。
ヴィルマルは、ふとそんなことを思った。




