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魔拳無双~ 神祖の魔女に拾われた孤独な少年は、人類史上六人目の魔人となりました。  作者: 堅物スライム
第二章 黄昏の終わり

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第34話 凶雷乱舞――3

 首都ゴドフロアへ向かって突き進む反乱軍。

 その後を追うように、合流を求める志願兵たちが次から次へと押し寄せてくる。

 さすがにこれ以上抱え込むと身動きが取りづらくなる――コウはそう判断し、それとなくヴィルマルに懸念を伝えてみた。だが大将軍は鼻で笑う。


「ガハハハ! 問題ない」


 追い返す方が逆に士気を下げる、とか何とか。

 言葉は簡潔だったが、その自信には根拠があった。他国との戦争で一度も負けなかった男の、四十年分の実績がそこにある。コウは黙って任せることにした。経験値が違いすぎる。


 しかし、そうなると喫緊の問題が頭をもたげてくる。


 兵糧だ。

 万を超える軍勢が毎日食い続ける量など、道中の街や村での補給だけでは到底追いつかない。必然的に一行は進軍しながら、魔獣や野生動物を狩り、食用植物を採取し、自然から食い扶持を奪いながら前へ進む形となった。

 ちなみに魔獣の肉はまずいが魔力を回復させる効果がある。


 コウが率いる第一師団は、旧ガラニンの領地から素質を見出されたBランク魔術師で構成されている。とはいえ所詮は元・素人の寄せ集めだ。この遠征で心身ともに鍛え上げられてきたとはいえ、自然の中でのサバイバルとなると話が別である。ヴィルマル軍のベテランたちに手取り足取り教わりながら、足を引っ張らないよう必死にその技を吸収していく日々が続いた。


 そしてコウもまた、その一人だった。

 午前中の恒例となったヴィルマルによる魔術修業を終えると、コウは落ちていた木の枝を拾い集め、即席の釣竿をこしらえて近くの川へと向かう。目的はもちろん、自分と仲間の食料確保だ。


 だが正直に言えば、この時間はそれほど苦ではなかった。

 川のせせらぎだけが聞こえる静けさの中、糸を垂らして黙々と待つ。考えることをやめ、ただ水面を眺める。


 この感覚は——そう、かつて溶接作業に没頭していた時と同じだった。

 炎の青白い光だけを見つめ、雑念が消えていくあの感覚。場所も状況も何もかも違うのに、不思議と同じ場所に辿り着く。


 仕事というより、もはや趣味のような感覚。

 大国の首都を落とす戦いの最中だというのに、緊張感などどこかへ消えていた。


 ——が。


 ヴィルマルに鍛えられたこの数ヶ月。

 『どんな時でも警戒心を緩ませるな。寝ている時でも、だ』

 口を酸っぱくして言われ続けたその言葉は、いつの間にか本能に染み付いていた。


 だから、気づいた。

 何かが、おかしい。


 はっきりとした輪郭は掴めない。ぼんやりと、霧の向こうに見えるような。小さな魔力であれば、まだとても感知などできない。でも——これだけ大きければ、さすがに分かる。


 ヴィルマルではない。

 ヴィルマルの魔力は感知できている。あの圧倒的な質量は、もう身体が覚えていた。


 それとは、別の何かだ。

 ヴィルマルのそれより、更に大きい。

 そして——その巨大な魔力が、凄まじいスピードでヴィルマルに向かって接近している。


 浮きが、水面に落ちた。

 コウは釣竿を投げ捨て、全力で駆け出していた。


 ◆◆◆


「久しぶりだなー、ヴィルマル。ますます、禿げ頭に磨きがかかってきたじゃねぇか」


 下卑た笑みを浮かべる男が、そこにいた。


 凶雷の魔人——アクセル。

 空から着地した地点にクレーターが生まれ、その衝撃波が周囲の木々を根こそぎ薙ぎ倒す。まるで隕石が落ちてきたかのような。周りには巻き込まれた兵たちの断片が散らばっていた。何が起きたのかすら分からず、痛みを感じる間もなく逝けたであろうことが——不幸中の幸いだった。


「お前ら!! すぐにこの場から退けい!! 巻き込まれるぞ!! 儂に仲間殺しの汚名を着せるな!!」


 ヴィルマルの怒声が地を揺るがす。近くにいた兵たちが一斉に散った。


「俺の接近に気づかなかったかー? 耄碌したんじゃねーの?」


「ふん。直前まで魔力を隠しておいて、どの口が言う」


「ハッハー。昔のお前ならそれでも気づいてただろ? 時の流れは残酷だな」


 顔中に穿たれたピアスが、陽光に煌めく。アクセルは愉快そうに喉を鳴らした。


「……儂の人生において、貴様を生かし続けたことが最大の後悔だ。さっさと殺しておくべきだった」


 ヴィルマルの大槌――神話級武器ディヴァインNo.7 グラビトスを握る手に、力が籠もる。


「ハッハー。確かに俺が魔人になりたての頃までならな。でも——もう遅い。俺は時を重ねるほどに魔力を増し、お前は逆に衰えていく。今のお前なら片手でもぶっ殺せるぜ?」


 アクセルの右手に魔力が集中し始めた。

 バチッ、バチッ——紫電の電流が、その手を纏い始める。


「まぁ、過去なんざどうでもいい。大事なのは今だ。今は俺の方が強い。それが全てだ」


 かつて、アクセルはヴィルマルの右腕として共に周辺諸国を屈服させていった。この男がいなければ、グレーゲル共和国はここまで大きくなることはなかっただろう。

 しかし、戦いを重ねるごとにその凶悪さは増していき、やがて女子供まで蹂躙し始める害悪となっていった。ヴィルマルの我慢は限界を超えた。共に成しえた功績に免じ、命を奪うギリギリのところまで痛めつけ、放逐した。


 トドメは、刺さなかった。

 それが今現在、最大の過ちだった。


 九死に一生を得たアクセルは西へ逃亡し、混沌の魔女の血に適応することで不老の魔人となった。そして手にしたのが——雷の超越魔術。


「三十年か——。長いようで短かったな」


 アクセルを纏う空気が、一変した。

 その体が、ゆらりと動く。


 そして、消えた。


 ヴィルマルは咄嗟に全魔力を展開し、防御を固める——が、間に合わなかった。

 凶雷の魔人は脳の命令を雷速の電気信号で上書きし、肉体の限界を強制突破する。神の如き速さ。ヴィルマルの魔力が完全に展開される前に、紫電を纏いし拳がその腹に突き刺さった。


 ドガッ!!


 衝撃、ではなかった。

 正確には——衝撃の後に来たものが、問題だった。


 ビリッ。


 腹を起点に、電流が全身へと広がっていく。筋肉が勝手に収縮する。神経が焼かれる。脳から体への命令が、途中で掻き消される。


 動け!!


 動けと言っているのに!!

 体が、言うことを聞かない!!


「ぐぅ——ッ」


 後方へと弾き飛びながら、ヴィルマルは半ば強引にいなしていた。磨き続けてきた技術で、致命的な衝撃が内臓を潰す前に、体の外へと逃がしていく。地面を転がり続けながら——グラビトスだけは、決して離さない。


 何とか起き上がる。

 全方位に警戒を向けながら、胃からせり上がってきた血を吐いた。


 魔力で回復を図る——が、痺れが残っていた。

 電流が神経に焼き付けた後遺症が、まだ全身に残っている。


「ハッハー。反射神経はまだ残ってるみてぇだな。良かったぜ、俺たちの因縁がこの程度の一発で終わらなくて」


 気づいた時には、アクセルはもうそこにいた。

 一瞬で距離を詰めていた。文字通り、目にも止まらぬ速さ。


「お? まだ諦めねぇって顔してるな? それでこそ、英雄。大将軍だ。楽しませてくれよな?」


 舐め切った顔で、更に一歩踏み込んでくる。

 無造作で、何の警戒心も持たずに。


 しかし——その踏み込みを、ヴィルマルは読んでいた。

 着地する前に、大槌を一閃。


 ブンッ!!


 風切り音に遅れて衝撃波が巻き起こる。


 しかし、捉えたはずのアクセルの姿が——ない。


 どこへ——

 顔面に、衝撃。


 打撃の痛みが来る前に、電流が来た。

 顔を起点に、また全身へと広がっていく。今度は頭だ。脳が直接揺さぶられるような感覚。視界が白く飛ぶ。耳が遠くなる。何かが焦げているような匂い——確認するまでもない。殴られた箇所が、火傷している。


 立っていられるのが、不思議なくらいだった。


「おお、いい顔になったじゃねぇか。顔に傷を持ってこそ、真の武人だ。お前には今までそれが欠けてた」


 満足そうな笑みを浮かべるアクセルを、ヴィルマルは睨みつけた。


「ふん。こんなもんすぐ治るわ」


 そして、火傷の修復に魔力を注ぎながら——思い知らされていた。


 この男には、勝てない。


 であれば儂はどうすべきか、と。

 決まっている。次に繋げる一撃を叩き込む。例えこの身が黒炭になろうとも。

 ヴィルマルは応急処置を終えると、防御力を高める為に割いていた魔力を全て攻撃力へと転換した。


 あとは任せる。

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