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魔拳無双~ 神祖の魔女に拾われた孤独な少年は、人類史上六人目の魔人となりました。  作者: 堅物スライム
第二章 黄昏の終わり

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第31話 双極一閃――5

 ドガッ!! バキッ!!


 一見、適当に振り回しているように見えた。


 違う。

 全部、理に適っている。

 木を叩き壊して逃げ場を狭め、大地に穴を穿いては足元を不確かにしていく。追い込んで、削って、詰めていく。


 コウは紙一重で躱す。

 躱す。

 躱す——喰らった。


 ガンッ!!


 右腕が砕けた。

 再生する間もなく次が来る。大地にめり込み、木をクッション代わりに吹き飛ばされ、それでも何とかクリーンヒットだけは避けていた。

 避けたとは言っても、掠った部位は砕かれるのだが。


 拳を叩き込む隙など、ない。

 かといって凍天絶華ニヴルヘイムをぶちかますには、まだ距離が遠すぎた。拳が届くほどの距離まで近づかなければ、最大の効果を発揮できない。もう指輪で直接触れなくとも発動できるほどには成長していたが——その射程は、せいぜい拳一つ分か二つ分が限界だった。


 つまり、ヴィルマルの懐に潜り込まなければならない。

 この化け物の、懐に。


 そして、この大男は五十台の半ばだろうに、息一つ乱れていない。

 ジャオには人間の中でコウより魔力量の多い者は殆どいないと言われたが——ヴィルマルは、その殆どいないうちの一人だ。間違いなく。


「ガハハハ!! これだけ押されておっても、致命的な一撃は器用に躱しよるな。儂の攻撃に慣れてきたか?」


「これだけ振り回してくれればな」


 強がりだ。

 攻撃の軌道は多少読めてきた。でも——魔力が、尽きかけている。

 魔力の消耗は疲労の回復を遅らせ、疲労は動きを鈍らせる。軌道が読めていても体が動かなければ、意味がない。


「小僧。貴様は儂と同類だ」


 不意に、大槌が下ろされた。


「命のやり取りにこそ生きがいを感じる。死にかけ、何とかギリギリ生き延びることで生きていることを実感できる。それでしか、心の炎を燃やせない」


「……何となく分かるよ」


「儂も昔はそうだった。自ら命を餌にし、それを奪おうとしてくる者たちを叩き潰してきた。一人残らず。何十年も。儂にとってはそれが全てだった。生きる理由だった」


 その瞳が、一瞬遠くなる。


「だが、時代は変わった。戦乱の世は終わり、平和が訪れた今——儂のような存在は、ただの遺物だ」


 ヴィルマルは大槌を、力を込めて握り直した。


「貴様もこの時代におってはならん異物であり遺物よ。だから、せめて儂が葬ってやる」


 コウも、構え直す。


 静寂。


 ドンッ!!


 ヴィルマルが踏み込んだ——目で追えない。

 本能が先に動く。上からの攻撃に備えた。


 しかし来なかった。


 ゴンッ!!!


 横、だった。

 振り下ろしではなく——薙ぎ払い。

 大槌がコウの無防備な胸を砕きながら、その体を後方へと吹き飛ばしていく。

 水平の、墜落。

 遮蔽物のない空間を重力で加速しながら、どこまでも、後方へ。


「ぐっ——」


 肺が潰れた。

 呼吸ができない。

 意識が、遠のく。


 ダンッ!!!


 背中に衝撃。

 激しい痛みが、無理やり意識を引き戻す。

 首が重力で動かない。無理やり動かして確認する。

 それがアロイスの城壁だと理解するまで、少し時間がかかった。


 その僅かな間にも体はめり込んでいく。

 骨が砕ける。内臓が潰れる。

 再生の炎が噴き上がっては——砕かれる。


 追いつかない。


 ヴィルマルが、歩いてくる。

 急ぐ必要がないとばかりに、ゆっくりと。

 その巨体がどんどん大きくなり——目の前で、止まった。


「ふむ。まだ生きとるか。さすがは魔人だな」


 コウは辛うじて動く右腕を、よろよろとヴィルマルに向けた。


「闘志も、生に対する執着も失っておらんか。だが、もう終わりだ。楽になれ」


 ゆっくりと、大槌が振りかぶられる。

 この戦いで——初めて見せた隙だった。


 勝利を確信した故の油断。


凍天絶華ニヴルヘイム


 コウは声にならない声で、呟いた。


 瞬間——周囲の空気が、変わった。


 音もなく。

 光もなく。

 ただ、大気中の水分が一瞬で結晶へと変わり——白銀の針が、音速でヴィルマルの全身へと打ち込まれた。


 ヴィルマルは何かを察知した。


 が、遅かった。

 痛みは、なかった。

 速すぎて、痛みすら追いつかなかった。


 ただ——体の内側で、何かが変わっていく。


 最初に感じたのは、指先だった。

 動かそうとした指が、動かない。

 硬い。

 まるで、鉛が詰まったように。


 次に、足。

 逃げようとした足が——地面に縫い付けられたように固まった。


 そして、血が。

 流れない。

 血管の中を駆け巡っていた熱が、急速に失われていく。液体だったものが泥になり、泥が砂になり——やがて、動かなくなる。


 熱い。

 燃えるように熱いのに、体の芯は凍りついていく。

 その矛盾した感覚が、ヴィルマルの脳を混乱させた。


 皮膚の下で、血管が浮き上がっていた。

 雪の結晶模様を描きながら、青白く。


 心臓が、重い。

 一度、二度——鼓動が、遅くなる。


 まずい。


 本能が、死を告げていた。

 次の鼓動が——来ない。


「!!!!!!?」


 考えるより先に、本能が動いた。

 全魔力を——ただそれだけに、注ぎ込む。

 凍りつく血管を熱で溶かし、止まりかけた心臓を魔力でマッサージする。コウと違って欠損部位の再生は出来ないが——欠損さえしていなければ、機能は取り戻せる。先ほどまでの戦いでは殆ど消耗していなかった膨大な魔力の、その全てを。


「ぐおおおおおおおお!!」


 体内で熱と冷が激突する。

 溶けかけた血が再び凍り、凍った血が再び溶けていく。

 その繰り返しの中で、血管が内側からズタズタに引き裂かれていく感覚。


 それでも、止めない。

 止めたら、死ぬ。


 生への執念だった。

 この世の遺物だと自嘲しながら——その身の奥底に残っていたのは、剥き出しの、生への渇望だった。


 やがて、全魔力を使い切った。

 凍結は、辛うじて止まった。


 ヴィルマルは片膝をついた。

 肩で荒く息をしながら、それでも顔を上げる。

 その顔に浮き上がった血管の模様が、まだ青白く残っていた。


 コウは壁から体を引き剥がし、その前に立つ。

 まだ完全に回復していない。立っているのが精一杯だ。ゆっくりと振り上げた拳を振り下ろしたところで、蚊の一匹も殺せないだろう。


 それでも——充分だった。


 右の拳は防御力を無効化する『破壊の王』。

 顔面を軽く殴るだけで、頭蓋を砕ける。


「ガハハハ。終わりなのは儂の方だったか」


 もはやその場から動く力すら残っていない。

 コウの拳がゆっくりと近づいてくるのが見えた。走馬灯のように、記憶が蘇る。


 ——悪くない人生だった。特に前半は。あの頃、儂は誰よりも生きていた。誰よりも熱く、誰よりも烈しく。


 そして——


「待ってくれ!!!」


 視界の端から、必死の形相で走り寄ってくる兵たちの姿が映った。

 コウの拳が、顔のすぐ前で止まった。


「頼む!! 待ってくれ!!」


 兵たちが地面に額を擦りつける。

 今の満身創痍のコウなど、その気になれば仕留めることも出来るはずだ。でも——そうしない。

 死力を尽くして自らを倒した男をハイエナのように仕留めるなど、ヴィルマルは決して許さない。


「アロイスは明け渡す。どうか、ヴィルマル様は見逃してくれ!!」


「……ずいぶん慕われてるんだな、おっさん」


 コウは拳を、静かに収めた。


「当たり前だ。ヴィルマル様はこの国の英雄。我ら武人の心の拠り所なのだ……! ヴィルマル様がおらねば、誰が我らを導けるというのか」


「へぇ。『儂は時代に取り残された遺物だ』とか随分やさぐれてたけどな」


 別の兵が、声を絞り出した。


「……謀略で国を掌握していった大総統が、武を排除しようと躍起になっている。もはや武力などこの時代に不要だと。であれば、我らの存在は一体……!」


 怒りか、悲しみか。

 どちらでもあるような、震えた声だった。


「おっさん」


 コウはヴィルマルを見下ろした。


「さっきの戦いはマジで熱かったな。遺物として腐ってるくらいなら、もう一度立ち上がってみろよ」


「なんだと?」


 睨みつけてくる目に——炎が、まだあった。


「エデンは世界を支配する。その戦いはまだ始まったばかりだ。おっさんも手伝えよ。昔の話はよく知らねぇけど、また世界中の国々に喧嘩を吹っ掛けていこうぜ。老け込むのは早いだろ」


 崩れた城壁の瓦礫が、風に乗って乾いた音を立てた。

 兵たちも息を呑んで、成り行きを見守っている。


「……世界、だと?」


 つまり他の魔女をも標的にしているということか。

 ヴィルマルの口元が、ゆっくりと歪んだ。


「ガハハハ!! そこまでの阿呆だったか!!」


 膝が笑っていた。

 それでも、ゆっくりと立ち上がる。

 背筋は、真っ直ぐだった。

 そして右手を、差し出す。

 コウはその意味を理解し、力強く握り返した。


「いいだろう、平和なんぞ糞喰らえだ! また大暴れしてやる。――だが、お前は本当にいいのか?」


「どういう意味だ?」


「エデンの噂は聞いている。魔力と共に吸収されるものも」


「分かんねぇ。それをいいとも悪いとも判断できるほど、まだ生きてねぇから。ただ、結論が出るまでは手伝うさ。命の恩人だからな」


 一拍置いて、続けた。


「もし間違ってると判断したら、その時は俺が止める。何をしてでも」


 ヴィルマルは答えなかった。

 ただ、握った手に——少しだけ、力を込めた。

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