第24話 天上の華――5
「ぶっちゃけ、ここからあたしが『原初の光』をぶっ放してればそれで終わりなんだけど、それじゃつまんねーよな? せっかくこんな熱いバトルを繰り広げられるっつーのによ」
白い翼をはためかせ、空中に静止していたレキエルがふわっと地上に舞い降りた。
同時に『聖装』が再展開される。白金の鎧、光り輝く剣。神の騎士と呼ぶにふさわしい、凛々しい姿。
その姿に向き合うと、なぜか自分が悪の側に立っているような気になる。
そういう世界観の中で育ってきた。善と悪。光と闇。そして、闇の側はいつも見捨てられ、搾取されてきた。かつての自分も。
——だが、今は違う。自分は悪ではない。エデンと共に平和な世界を創るのだから。
「助かるよ。遠くから攻撃されて何も出来ずに死ぬなんて、死んでも死にきれない」
「だったら、がっかりさせるんじゃねーぞ。そん時は容赦なく斬り捨てるからな」
チリチリと、目に見えない火花が散り始める。
ドンッ!!
大地を蹴り上げ、踏み込んだ。
右拳を警戒したレキエルが、それに当たらないよう立ち回りながら聖剣を叩き込む。一閃。胸から下腹部に向かって、斜めに斬り裂いた。血飛沫が舞う——が、闇の炎がすぐに塞ぐ。
お構いなしに、がむしゃらに拳を振り回す。
洗練など、どこにもない。
土人形と共に磨いてきた我流の格闘術。名のある流派とは程遠い、泥臭い動き。人に教えられるようなものでは断じてない。
だが——だからこそ、読めない。
レキエルは慎重に対処しながら、闘牛士のように躱しては斬り、躱しては斬っていく。その都度、血が舞い、白金の聖装を赤く汚していく。
右拳だけ警戒していればいい。左には何もない。
やがてコウの変則的な動きにも慣れ始め、レキエルの踏み込みが少しずつ深くなっていく。つまり斬り込みも、深くなっていく。ズバッという音と共に、返り血が浴びせられる。
再生は追いつく。
追いつくが——息が、荒い。
コウは次第に肩で呼吸をし始めるようになる。
完全に見切った。
そうレキエルが確信した瞬間——コウの右フックが、予測より若干ずれた軌道を描いた。顔面ではなく、兜を引っ掛けるような動き。レキエルの剣先が一瞬乱れ、狙いを外す。
ガシャン。
兜が粉砕し、地面に転がった。
剥き出しになった美しい顔。紫の瞳。その視界に——左から拳が飛んでくるのが映った。
これは無視していい。
左には、何もない。
レキエルはそのまま剣を構え直し、トドメを狙う。
「凍天絶華」
コウの血の滲む口から、静かに、低く。
ダンッ!!
「!?」
レキエルの殴られた顔面が——熱い。
いや、冷たい?
無数の針が顔面を突き刺し、その先で内部が泥のようになっていく感覚。
まずい!
本能で飛び上がる。翼を展開し、距離を取る。顔から首へ、首から胸へ——凍結が、広がっていく。
まずい!!
心臓が凍りつきそうになる。必死に回復魔法を全身に巡らせる。
氷の王——その力の一つは、大気中の水分を瞬時に針状の結晶へと変え、音速で射出する。着弾した瞬間、標的の内部から凍結を伝播させていく。
ただし、コウの現在の魔力操作でその威力を発揮するには、できるだけ距離を詰める必要があった。願わくば、零距離まで。
この一撃に、全てを賭けていた。
左の拳には、呪いの他に何もないと。警戒するものなど何もないと。殴らせても構わないと——思い込ませる必要があった。
渾身の一発。
バランスを崩したレキエルが、地上へ落下してくる。
コウは走り出す。
回復させるわけにはいかない。
しかし——足が、止まった。
止められた。
目の前から溢れ出す異様な圧に、それ以上近づけなかった。
「ハハハハハハハハッ!!! いい! いいぞ!! 『凍天絶華』と言ったか? そのネーミングセンスも素晴らしいじゃねーか!!」
レキエルの彫刻のような顔に、歪みが生じていた。
肉体的な崩れではない。
狂気の笑顔だ。
仕切り直し。
コウも冷静に間合いを外す。さっきまで斬りまくられ、再生のために魔力を注ぎ込み過ぎた。魔力の減少は、体力の回復まで遅らせている。
「そりゃ、どうも」
そんな場合ではないのは分かってる。
でも、『凍天絶華』のネーミングセンスを褒められたことに——どこか、嬉しさを感じていた。考えたのは自分ではないのだが。
「あたしの『原初の光』はどうだ? こいつもなかなかイケてるだろ?」
「……正直、かっこいいと思った」
「だろ!? お前とはセンスが合いそうだな」
まさかの厨二病同士の邂逅。
場の空気が、一瞬緩んだ。
しかし——
「そんなんを隠し持ってたとはな。そしたら、あたしも魔法を使わせてもらうぜ? ああ、約束は守る。遠距離じゃないから安心しろ」
レキエルが、一度大きく息を吐いた。
「今の回復であたしも魔力を結構持っていかれちまった。ハハッ。楽しいな、命のやり取りってのは」
「いや、全然楽しくねぇから。さっきも言ったろ? 俺は死にたくないから仕方なく戦ってるんだよ」
「嘘つけ!! その目は何だ? ギラギラ輝いてるじゃねーか。もう魔力も尽きかけてるのに、楽しくて仕方がねーって目だ!!」
——その通りだ。
認めざるを得ない。
これが、楽しいってことなんだ。楽しすぎるって。
そして——もう一つ。
魔力が、尽きかけている。
体の奥から熱が引き始めている。
魔力が、湧いてこない。
こんなに楽しいのに!
もっと殺り合いたいのに!!
こいつをぶっ殺したいのに!!!
「行くぞ」
レキエルが剣を構えた。
疲労など無いとばかりに——先ほどまでと変わらない、目にも止まらぬ踏み込み。
避けない。
避けるつもりは、なかった。
右手で受けたら破壊してしまう。破壊したら、反射的に距離を取られる。
だから——左手で。
聖剣が左手を貫いた。
ぐっと、呻き声が漏れる。
それでも掴む。掴んで、離さない。抜き取られないように。剣を捨てるか、距離を取るか、一瞬判断に迷うだろう。だが、その一瞬で充分。
右手を、振りかぶる。
目の前に——レキエルの顔があった。
白金の髪。紫の瞳。
天使の美しい顔。
その目が、大きく見開かれていた。
「創成」
レキエルの小さな口から、何かが呟かれた。
瞬間、コウの背中が——燃えるように熱くなる。
その振りかぶった右拳が、レキエルの顔面に届く前に。
力なく、振り下ろされた。
ドサッ。
コウは地面に、倒れた。
黒い炎は——もう、立ち昇っていなかった。




