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魔拳無双~ 神祖の魔女に拾われた孤独な少年は、人類史上六人目の魔人となりました。  作者: 堅物スライム
第一章 破壊と再生と呪い

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第13話 善悪一如――1

「コウ、君に仕事を依頼する」


 老猫先生との魔術訓練を終えた直後だった。いつからそこにいたのか、エデンが封書をコウに手渡しながら言った。


「仕事……?」


「そう、午後の格闘訓練は中止。ジャオを連れて、ガラに行ってきて」


 ——ガラ。

 ガラニン王国の王都。一ヶ月ちょっと前に、神話級武器アングラ・マイニュを強奪するため一人で送り込まれた街だ。軍事施設の周辺をうろうろしていただけで、街の様子などはよく分かっていない。つまり、思い出もない。


「了解。で、何すればいい?」


「それを向こうの王に渡してきて。文句を言ってきたら暴れていいから」


 何が書かれているのだろうか。——いや、きっとろくでもない要求だろう。知りたくもない。


「正式な女王になったんだから、エデンが直接行けばいいんじゃないか? 顔合わせも兼ねて」


「わたしがわざわざ出向いたら、威厳を損なうでしょ」


 エデンは涼しい顔で続けた。


「君みたいな冴えない少年を一人で送り込んで、言うことを聞かせるから効果的なのよ」


 冴えない少年。

 さりげなく、しかし的確に馬鹿にされた気がする。傍目には実際そうなのかもしれないが。


「と言いつつも、君の顔を売ることも目的の一つだから。わたしの右腕として、舐められるようなことはするんじゃないわよ」


「いや、相手は王様なんだろ? いきなり行っても会えないだろ」


「ああ、段取りはつけてきたから大丈夫。さすがにそれ位はやってるわよ」


 それだけ言うと、エデンはさっさと城へ戻っていった。コウは何か言葉を返そうとしたが、何も出てこない。黙ってその背中を見送っていると、不意に肩に重みがのしかかった。


「さ、行くぞ。ワシの設置した転移魔法陣を使えば一瞬じゃ。街案内は任せるが良い」


 肩の上でジャオが偉そうに仁王立ちしていた。猫が肩に乗っている。これが今のコウの、右腕としての姿だった。


 ——舐められるな、と言われても。


 ◆◆◆


 ガラの街は、つい先日散策した王都エデンとは対照的だった。


 一歩踏み込んだ瞬間から、空気が違う。威勢のいい売り声、馬車が石畳を叩く蹄の音、どこからか漂ってくる香辛料と油の混じった匂い。狭い路地には露店が所狭しと並び、行き交う人々が肩をぶつけ合いながら歩いている。


 粗削りなエネルギーとでも言えばいいか。王都エデンが富裕層の閑静な街並みだとすれば、ガラはその真逆だった。洗練とは程遠い、泥臭くて騒々しい——しかしどこか人間らしい、下町の匂いがした。


 そんな街の景色を物珍しそうに眺めながら、コウはジャオの案内の元、王宮へと向かって歩いていた。

 昼飯を食べる間もなく出発したせいで、漂ってくる料理の匂いに腹が正直に反応する。会談の場でグーグー鳴らしては示しがつかない。コウは立ち並ぶ露店の中から焼き鳥のようなものを売っている店を見つけると、何本かまとめて買い、歩きながら頬張った。


「ここじゃ。五年ほど経っておるが、何も変わっておらんのう」


 目の前に、国会議事堂を思わせる威圧感のある大きな建物が広がっていた。ジャオは偵察員としてこれまで周辺諸国を渡り歩いてきたらしく、ガラにもトータルで十年以上住んでいたそうだ。頼もしい案内人だった。いや、案内猫か。


 コウはそのまま門の前に立つ衛兵の元へ歩み寄り、エデンから預かった封書を差し出した。普段着に、肩に猫を乗せた少年。衛兵の目つきが、露骨に険しくなる。それはそうだ。王宮にこんな格好で訪れる者など、非常識にも程がある。

 しかし衛兵は懐から取り出した紙と封書を見比べ、しばらく沈黙した後、無言のまま顎で中へ進むよう示した。


 ——これは舐められているのか。軽く殴った方が良いのだろうか。


「やめんか」


 肩の上でジャオが小声で釘を刺してきた。見透かされていた。


 建物の入口でもう一度守衛のチェックを受け、執事のような男に案内されて内部へと進んでいく。磨き上げられた石畳の廊下が延々と続き、両壁には歴代の王と思しき肖像画が並んでいた。どれも威厳に満ちた顔をしている。


 そして長い廊下の先、重厚な扉の向こうに通されたのは、広い会議室だった。

 部屋の中央には、細かな装飾が施された重厚な木製の円卓。それを囲むように並ぶ椅子は、どれも背もたれが高く、座る者の格を主張するような造りだった。どこへ座れば良いのか分からず、コウは入口に近い椅子に腰を下ろした。


 しばらく待っていると、扉が開いた。


 いかにも品の良い服装を着込んだ男が三名、示し合わせたように入室し、円卓の奥側へと着席する。その背後に、音もなく衛兵が十名ほど控えた。中央に座った男が最も若く、両脇の二名は年配だった。どうやら王子と大臣二名らしい、ということは何となく察した。


 礼儀作法などを学ぶ機会に恵まれなかったコウは、しどろもどろで挨拶を交わす。

 そんなコウの様子を、王子たちは隠すつもりもなく小馬鹿にした。


「で、君が代表者だって? こんな子供を使節として寄越すとは、よっぽど人材不足らしいな。それとも礼儀すら知らないのか」


「仕方なかろう。魔女ごときが人真似で国家ごっこなどしていれば、いくらでもボロが出てくる」


「お忙しい殿下をこの場へ同席させよなど、なんたる無礼か」


 王子たちは苦笑いを浮かべながら、コウから受け取った封書を開いた。

 大臣の一人が文書に目を通し始める。読み進めるにつれ、その表情が凍りついていった。


「は……?」


「どうした? 読み上げてみよ」


 王子が促す。大臣は一度だけ、ごくりと喉を鳴らした。


『貴国に対し、深甚なる遺憾の意と共に本書を送り届ける。

 我が国の女王エデンに対する度重なる暗殺の企ては、我が国の主権に対する明白な宣戦布告である。

 故に、我が国はこれより貴国への報復措置を宣言する。対象は貴国の王侯貴族、その悉くである。その血をもって、我が国の受けた屈辱をそそぐ所存だ。

 唯一、この惨劇を回避する道は、和解の条件として貴国の西側領土を半分、直ちに我が国へ割譲することのみである。

 賢明なる判断を期待する』


 読み上げが終わった瞬間、室内の空気が変わった。

 コウの予想を、遥かに超えるろくでもなさだった。

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