第12話 魔女立国――3
ジャオの指導の元、コウは何とか最低限の魔力コントロールを身につけることが出来た。修業を開始してから、既に一ヶ月以上が経過していた。
「こんなに出来の悪い弟子は初めてだ」
疲れ果てた様子でそう吐き捨てたジャオだったが、その顔は満更でもなさそうだった。猫なのではっきりとは分からないが。
結論から言うと、コウの魔力特性は自らの「肉体再生速度の加速」に特化していた。
体内から放出される闇のような黒い炎——その炎が強まれば強まるほど、回復速度が跳ね上がる。最大出力が可能になれば、四肢を切断されたとしても瞬時に再生されるほどだろう、というのがジャオの見立てだった。
他の誰にも何の役にも立たない、使い道がたった一つしかない魔術だ。しかしその一点においては、これ以上ない。ピーキーであると同時に、チートでもあった。あくまで自在に使いこなせれば、の話だが。
そして、もう一つ。
魔人化した時の両手の再生。その際に取り込まれ、拳と同化した二つの神話級武器。今は両手の甲に赤い紋章として面影を残すのみだが——両手に魔力を込めると、紋章が赤く輝き、眠っていた力が目覚める。
右の拳は、防御力を無視する。物理的にも、魔力で保護していてもお構いなく。
左の拳は、触れた者から感覚を剥奪する呪いを生み出す。
スイッチが入る、とでも言えばいいか。コウ自身、その力が両手の中で脈打つ感覚を覚えた時、思わず息を呑んだ。
魔力の扱いが上達するのと比例するように、土人形相手の格闘術もそれなりのものになりつつあった。
国家樹立宣言を終え、忙しさに一旦区切りがついたのか、エデンはその修業の様子を満足そうに眺めていた。
「良くなってきたわね。最初の頃に比べると見違えるくらい。ご褒美に明日は休んでいいわよ。街で遊んでくるなり、美味しいものでも食べるなりしてきなさい」
そう言って、金貨を一枚投げ渡してくる。
「それ一枚で十万ギル。高級料理のフルコースを食べてもお釣りが来るわ」
受け取った金貨をしばらく眺めた。
重い。
街、か。
そう言えばこの世界に来てから、まともに外を歩いたことすらなかった。
◆◆◆
翌日。
コウは朝早くから、珍しくそわそわしていた。
単調な生活からの束の間の解放。別に何かやりたいことがあるわけでもない。服が欲しいとか、美味しいものが食べたいとか、そういった願望すら特になかった。それでも、街を散策できるということに対して、ワクワクしている自分がいる。コウは自分でも少し戸惑いを覚えていた。
オルドリア王国の王都エデン。
自分の名前を都の名前にするとはエデンらしいが、だったら国名もエデンにすればいいのにとも思った。元々「エデンの街」と呼ばれていたから、そのままにしたのかもしれない。あるいは「めんどくさいなぁ」と言いながら、深く考えずに決めた可能性もある。いつものように。
街に一歩踏み出すと、思わず足が止まった。
ゴミ一つ落ちていない、静かで清潔な街並みだった。すれ違う人々は皆穏やかで、あちこちから笑い声が聞こえてくる。どこか懐かしいような、それでいてここではないどこかのような、不思議な心地よさがあった。
しばらく歩いていると、長い行列が伸びている施設が目に入った。コウは最後尾に並んでいた男に声をかける。
「これは何の行列なんだ?」
「ん……? 旅行者か?」
男は気さくに教えてくれた。この国の納税には金のほかに魔力も含まれること。三ヶ月に一度、建物の中にある魔法陣に乗ることで魔力を納める仕組みになっていること。規定量を超えて納めると、金として返ってくること。魔力の多い者であれば、それだけで生活できるほどの額になることもあるらしい。
「面白いことを聞いた。ありがとう」
「おお、いいってことよ。観光楽しんでくれよな」
魔力を税として納める国。エデンらしいといえば、エデンらしい。城に戻ったら詳しく聞いてみよう。コウのように魔術センスが壊滅的なため、莫大な魔力を持て余している者にとっては、有難すぎる話だろう。
散策を続けていると、腹が鳴った。
路地を一本入ったところに、こぢんまりとした食堂があった。日本にいた頃、町工場の社長によく連れていってもらった大衆食堂に似た雰囲気で、思わず引き寄せられるように扉を開ける。
肉がメインの郷土料理を頼んだ。骨付き肉を豪快に煮込んだそれは、口に入れた瞬間にほろりと崩れ、じんわりとした旨みが広がった。気づけば無心で食べていた。美味かった。
その後もコウは気の向くままに歩き回り、服や日用品を買い込んでいるうちに、空がオレンジに染まり始めた。
衛兵も、警官らしき者も、ついに一度も見かけなかった。それでも街は静かで、穏やかで、誰もが笑っていた。
——平和だな。
コウは城への道を歩きながら、そう思った。エデンが「規律」を司る魔女だということを、今日初めて実感した気がした。
◆◆◆
城に戻ると、長い廊下の向こうからエデンがやってくるのが見えた。
「お帰り。早かったわね。夕飯も食べてくれば良かったのに」
「歩き疲れた。それに、一度に全部見て回るのはもったいないから、次への楽しみも残しておきたい」
「ふっ」とエデンは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「次の休みはいつになるかしらね」
先が思いやられる言い方だった。
「それにしても静かで清潔で、いい街だったな。魔力も税として納めさせてるんだって? あの建物の中に魔力貯蔵庫みたいなのがあるのか?」
「魔法陣はわたしと連結してるの。だから、ある意味、わたしが貯蔵庫そのものね」
エルゲが「エデン様の魔力は実質無限」と言っていたのは、そういうことか。国中から集まる魔力が、全てこの魔女に流れ込んでいる。原理は全く分からないが、スケールが違いすぎた。
「あ、勘違いしないで。わたしの為だけに使ってるわけじゃないよ。街のインフラ用にもちゃんと回してるから」
インフラ用の魔力。現代日本で言えば電気みたいなものか、とコウは思った。
「そういえば衛兵とか治安を守る人たちがいなかったけど、大丈夫なのか? 犯罪の匂いとかはしなかったけど」
「ああ、大丈夫」
エデンは何でもないことのようにさらっと言った。
「魔力と共に、余計なものは取り除いてるから。『規律』に邪魔になるようなものをね」
「へぇ」
コウもまた、その言葉をさらっと聞き流した。
しかし数歩歩いたところで、ふと「余計なもの」とは何だろうと思い、エデンに問い返そうと振り返ったが、廊下の角でその背中は既に見えなくなっていた。




