第10話 魔女立国――1
コウは転移魔法陣を使ってエデンと共に城に戻ると、そのまま城の片隅にある研究室のような部屋へ連れてこられた。
一歩足を踏み入れた瞬間、思わず足が止まった。
見たこともないような装置が所狭しと乱雑に置かれている。湯気のような煙をシュウシュウ噴出させているものや、不気味にカタカタと振動しているものもある。何に使うのか見当もつかないそれらが、部屋中を埋め尽くしていた。
入口から少し離れた机では、白衣を着こんだ一人の男が、試験管のようなものを黙々と順番にチェックしていた。完全に自分の世界に入っている。
「エルゲ、ちょっといい?」
エデンが声を掛ける。反応なし。
「エルゲ!!」
コウが思わずビクッとなるほどの大声で呼びかけると、エルゲと呼ばれた男は焦ったように振り返り、椅子を蹴倒しそうな勢いで立ち上がった。
「エ、エデン様! 大変失礼いたしました! 集中しておりまして」
「……いつものことじゃない。まぁいいわ」
エデンはコウに目線を向けた。
「今日からわたしの右腕として活躍してもらうコウよ。さっき鐘の音が聞こえたでしょ? この子がその新しく誕生した魔人」
「……!?」
一瞬、ポカンと口を開けたエルゲだったが、すぐにその言葉の意味を理解したようだった。みるみると目が輝いていく。
「ほ、本当ですか!? まだ少年だというのに! ……分かりました。性能検査をすれば宜しいのですね?」
「さすが、察しが早いわね。検査だけじゃなくて、魔術のこととか色々教えてあげて。細かい指導はジャオに任せるけど」
「ジャオさんを呼び戻すのですか? また、ぶつぶつ文句を言ってきそうですね」
「羽を伸ばしても良い時期は終わったのよ。首根っこ掴んで連れ戻してくる」
自分の知らないところで、勝手に話が進んでいく。コウは一人、ポツンと取り残されていた。
何だよ、性能検査って。俺はモルモットかよ。
「いやー、まさか魔人をあれこれ調べることが出来る日がやってくるなんて。研究者冥利に尽きます!」
エルゲはニコニコしながら右手を差し出してくる。握手ということらしい。断る理由は——いや、あるといえばある気もするが——何となく素直に応じる気にはなれず、コウはしばし逡巡した末、仕方なくその手を握り返した。骨が軋むほど力強く握り返された。思ったより力強い。
「じゃ、コウ。わたしはこれから色んな手続きやら何やらで忙しくなって相手してあげられないけど、みんなの言うことちゃんと聞くのよ」
「……了解」
どのみち「いや、断る」などと言えるわけもない。そう言うしかあるまい。
上機嫌で部屋を後にするエデンの背中を、コウは黙って見送った。
この先何が待ち受けているのか、まるで想像がつかなかった。——いや、ろくなことにはならないだろうという予感だけは、何故かはっきりとあった。
◆◆◆
「改めまして、僕はエルゲと申します。エデン様直属の魔導技師長を務めてます。と言っても他の技師は非常勤の二名だけですが。ちなみに僕は冒険者ギルドのランクで言うとAランク魔術師に該当します」
長身で細身。ふわっとした癖毛の茶髪。眼鏡の奥の瞳は優しく、屈託のない柔和な笑顔。——悪い人間ではなさそうだ。少なくとも、今のところは。
「どうも、コウです。一ヶ月くらい前に異世界転移してきて、何やかんやあって、さっきエデンの血を飲んで魔人になったらしい……です。よく分かんねぇけど」
自分で言っておきながら、あまりにも現実味がなかった。
ただ、黒い炎が自分の身体から吹き上がり、欠損部位がみるみる再生していくのをその目で見てしまった以上、もはや普通の人間ではなくなったのだろうというふわっとした感覚だけはある。
「まぁ、そうですよね。でも色々検査を進めていくと、その変化を実感していくかもしれません」
「そんなもんすかね……」
「じゃ、早速だけど魔力値を測定しましょう」
エルゲに案内されたのは、奥の方にある魔法陣の前だった。青白い光がうっすらと立ち昇っており、その中心に立たされる。
「では、測定開始……と」
エルゲがすぐ側の机の上の装置をカタカタ操作していたが、やがてその手がピタリと止まった。
「一、十、百、千、万……100,247? じゅ、十万オーバー!?」
声が裏返っていた。
「よく分からんけど……それって大きいってこと?」
「お、大きいなんてもんじゃないです!! 数少ないAランク魔術師でも、その合格基準は一万以上。僕でさえ三万がやっとだというのに……」
エルゲは顔を引きつらせながら、眼鏡をクイっと押し上げ、早口でまくし立てる。
「ちょ、調子に乗らないで下さい。魔力が大きいからと言って魔術センスがあるとは限らないですから——」
よっぽど悔しかったのか、その後もベラベラと続く。
コウは半分くらいしか理解できなかったが、要するにこういうことらしい。
現代日本の野球で例えれば剛速球を投げる肩を持っていても、コントロールが壊滅的だったり変化球を覚えられなければ投手にはなれない。逆に剛速球は投げられなくても、指先の器用さやキレのある変化球があればエースにもなれる。
なるほど、と思った。思ったが、十万オーバーという数字がどれほどのものなのかは、やはりよく分からなかった。
「ちなみにエデン様は百万オーバー。まぁ、実質無限みたいなものですが」
なぜか自慢げにエルゲが胸を張る。でも、あなたの話じゃないですよね、とは言わなかった。
「さ、検査を続けましょう。次は質を調べましょうか」
今度は魔法陣ではなく、奇妙な装置の前まで連れていかれる。そんなやり取りを何度か繰り返していると、やがてエルゲの目つきが変わってきた。コウに発現した超越能力が『肉体再生』だと伝えた辺りからだった。
「再生の限界はどこか、興味はないですか?」
「ない」
「頭を破壊したり心臓を潰したりしても再生するんですかね?」
「分からねぇし、知りたくもねぇ」
口調がどんどん荒くなっていく。
さっき感じたろくでもないことが起こりそうな予感は、見事に的中したのであった。
危険な検査は全て断ったことは言うまでもない。




