32話 漂白部隊との邂逅
「――レナっ!」
豪雨が叩きつける広場の中央、若きエルヴィンの喉から、引き裂かれたような叫びが迸った。
その名を耳にした瞬間、彼の内側に潜む私の意識は、胸の奥底から湧き上がる圧倒的な情愛と、魂を毟り取られるような絶望の熱に灼かれていた。
レナ。それこそが、彼がすべてを捨ててでも救いたかった、唯一の理由。彼の幼なじみだ。
しかし、目の前の現実は、あまりにも無慈悲だった。
広場の中央、石畳の上に倒れ伏す少女の肉体。
その身体の半分以上は、すでに生きた人間の境界を失い、意味の抜け殻のような、粘着質な泥に浸蝕されていた。
世界の不具合――喪が、彼女の命を無へ変えようと、じわじわと喉元へ向けて蠢いている。
今にも息絶えそうなレナの姿に、エルヴィンの心臓は狂暴に歪み、脈打つ。
「そこまでだ、エルヴィン。それ以上、その不具合《異物》に近づいてはならない」
雨霧を切り裂き、白濁した光の向こうから、静かに姿を現した影があった。
聞き覚えのある声。
純白の軍装を隙なく纏い、雨の冷気すら寄せ付けぬ絶対の威風。
机の向こうで待機を命じたはずの、彼にとって完璧な正解であり、絶対の師――クレイオス指南役だった。
クレイオスの銀色の瞳が、冷徹に、しかしどこか深い惜念を孕んでエルヴィン《わたし》を見つめている。
その後方には、奇妙な術式の魔導具を構えた、騎士団の漂白部隊が隙なく控えていた。
「クレイオス、指南役……」
エルヴィンの声が、激しい焦燥の中で微かに震える。
しかし、彼の肉体は言葉よりも早く動いていた。無口な彼の慈しみは、いつだって行動で示される。
エルヴィンは冷たい雨の泥濘を蹴り、今にも消えそうなレナの身体を、その細い両腕で壊れ物を扱うように強く、強く抱き寄せた。
己の純白の軍装が、彼女の身体から染み出す粘着質な泥で灰色に汚れゆくことも、今の彼にはどうでもよかった。
「エルヴィン。君は総帥の命令を無視し、軍律の破棄――すなわち許されざる『違反』を犯してここまで来た。……なぜこのような真似をした」
クレイオスの声には、冷酷な掟の響きと、愛弟子が、例外に触れてしまったことへの、静かな諦念が混ざり合っている。
「彼女は、レナは、まだ生きています……きっとまだ、助かります。彼女も、村の人も漂白されるべき異物なんかじゃない!」
抱きすくめたレナの冷え切った体温。その肌の手触りを通じて、内側にいる私は、エルヴィンの魂が千切れんばかりに叫んでいるのを感じていた。
だが、漂白部隊の魔導具は、無慈悲にもレナの頭部へと照準を合わせ、白濁した光を膨らませていく。
エルヴィンは無言のまま、レナを左腕で庇い、右腕で腰の軍刀へと手をかけた。
まだ根元から折れていない、白銀の光を放つ完璧な刀身が、澄んだ音を立てて雨の中に抜き放たれる。
「クレイオス指南役。……いえ、総帥。下がってください。私は、この命を絶対に捨てない」
絶対の師に向けて、少年は初めて、その白銀の刃を毅然と突き付けた。
それが、白銀の騎士としての栄光を完全に失い、破滅へと至る決定的な決別の瞬間だった。




