30話 初めての反逆
――冷たい。
視界の全てを白く塗り潰す豪雨の最中、私の意識は、凍えるような水の檻の中に閉じ込められていた。
先ほどまで肌で感じていた、あの目が眩むほどの純白の風は、もうどこにもない。
エルヴィンの肉体を容赦なく打ち据えるのは、天から降り注ぐ無数の氷の礫――体温を、命を奪おうとする冷たい雨だ。
動かない私の意識は、彼の内側で、その冷雨の暴力を直に受信していた。
水分を吸って鉛のように重くなった純白の軍装が、冷たく四肢に纏わりついている。
それでも。
若きエルヴィンは、底の厚い皮纏で激しい水飛沫を上げ、泥濘と化した霧の街道をまっすぐに疾走していた。
胸が、痛い。
彼が足を一歩前へ進めるたび、冷たい雨線がその美しい横顔を叩き、肺の奥底まで凍えるような湿った空気が侵入してくる。
あまりの冷たさに私の魂が震える。だが、それ以上に凄まじかったのは、彼の内面を引き裂く熱だった。
大罪を犯している。
師の言葉を背き、絶対の軍律を破って走るこの一歩一歩が、まっすぐな彼の魂をどれほど傷つけているか。
その激しい罪悪感が、少年の心臓をドク、ドクと歪に脈打たせているのを、私は確かに実感していた。
悪いことをしている。
許されざる『違反』に手を染めている。
その恐怖が冷たい雨となって彼を凍らせようとするのに、故郷を、皆を救わねばならないという熱だけが、彼の肉体を無理やり動かしていた。
エルヴィンは無言のまま、ただ奥歯を噛み締め、前方を見つめる。
雨水に濡れそぼり、感覚の消えかけた冷たい指先。彼はそれを、肌着の奥に隠された銀色の大きな首飾りの上から、狂おしいほど強く握りしめていた。
これ以上の言葉など必要なかった。
その指先の強張りこそが、彼の愛おしいほどの焦燥の証明。
跳躍はもう軽やかではない。泥を蹴るたびに、体力が確実に削られていく。
雨は激しさを増し、視界を遮り、少年の白銀の栄光を、じわじわと冷酷な灰色へと漂白していく。
エルヴィン、お願いだからもう足を止めて。これ以上進めば、あなたは本当の地獄へ至ってしまう。
動かぬ肉体の内側で、私はただ、その奪われていく体温と、消えない焦燥の熱に挟まれながら、祈るように涙を流すことしかできなかった。
私がここで祈ったところでこの過去は変わらない。なのに、それでも私は、エルヴィンが傷つく姿を見たくはなかった。
やがて、雨霧の向こう側に、不気味な影が立ち上がる。
彼が、そして私は辿り着いてしまった。
惨劇の地の入り口が、そこにはあった。




