15話 灰の淀み
村には灰色の朝が訪れていた。
空から絶え間なく降る灰は、この世界を覆う終わりの合図だ。世界中どこへ行こうとも、夜が明ければ灰が降り、日没とともに止む。いつから始まったのか、なぜ降るのかを語る者はいない。
ただ降り積もる灰が、かつての文明の痕跡を等しく塗り潰していくだけだ。
だが、この村の灰は質が違った。
路地に滞留する澱のモヤは、この村特有の湿った硝石の臭いを纏っている。
到着してから、俺はずっとこの違和感に苛まれていた。
他の土地で浴びる灰よりも、ここの灰は重く、そして肌を焼く。
「……セリス」
俺は身支度を整える彼女に向け、低く声を落とした。
階下では、女将のエマが相変わらず硝子障の向こうで帳面を閉じる音をさせている。愛想こそ良いが、どこか薄気味の悪い女だ。何となく探りを入れたが、煮え切らない答えしか返ってこなかった。
昨日――俺を部屋へ連れ込んだセリスの強引さには、正直、毒気を抜かれた。
セリスは俺の鉄手甲が放つ熱を黙って受け入れ、俺が喪の気配に苛まれるのをただ静かに見守っていた。あの時の彼女の、有無を言わせぬ瞳の強さを思い出す。
普段は俺の背後に控えるだけの彼女が、あの時ばかりは俺を遮る防壁となった。
とにかく、胡散臭い。
女将に対しても、この村に対しても、俺はジギタリスに近い毒気を拭えない。
今の俺に信じられるのは仲間だけだろう。
部屋に漂うわずかな残香が俺の神経を少しだけ鎮めてくれている。
この村全体が、澱を濾過するための巨大な装置だという確信が、鉄手甲のヒビから漏れる青い光と共に強まっていく。
「この村、至る所から喪の気配がしている。世界中のどこに行っても灰は降るが、ここの喪は質が違う。まるでこの村全体が大きな喪のように思える」
俺は鞘に納まった軍刀の柄を弾く。
結晶の気配を追う。
それが新たな魔力糖となり、首飾りの彼女や俺の命を繋ぎ止める糧となる。
「女将には昨日の夜、探りを入れたが、結晶の事は、知らないらしい。だが、俺はそれを信じていない。今日は、村を二人で散策しよう」
俺は短く吐き捨てた。今日は焦って村を離れるつもりはない。この異様な村の空気に身体を馴染ませ、澱の巡りを確認してからで十分だ。
「路地の先、あの淀みの向こうがどうなっているか見ておきたい」
セリスは無言のまま、俺の背後につき従った。
俺の右腕の鉄手甲は、今も疼きを伝えている。
この鋼の檻にどれだけの不具合を吸い込もうとも、癒えることのない飢えと渇き。
セリスの背中を見ていると、その痛みがほんの少しだけ遠のく気がする。
あいつは俺の何も問わない。
銀の首飾り――幼なじみへの執着も。
魔力糖という名の劇薬を貪る汚れた日常も。
ただ静かに隣で肯定し続け、俺のためにその身を削ってくれている。それがどれほど残酷で、そして俺には救いであるか、あいつは知らないはずだ。
今はただ、この灰の空の下で、あいつを連れて歩くことだけを考えよう。
俺は皮纏の裾を払い、降りしきる灰の中へと足を踏み出した。




