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6.推しへの愛は永遠に

 

 それから2ヶ月が過ぎた。

 マリエラは貴族の令嬢から、ただの町人に戻った。

  

 華やかなドレスではなくシンプルな動きやすいワンピースを着て、気取った言葉使いからも開放され、気楽な日々だ。


 が、実のところマリエラはゆっくりする間もないくらい、多忙を極めていた。


(えっと、バター50グラムに卵黄と、ミモラのエッセンスを一、二滴っと。あとは……)


 マリエラは、ダリアにもらったレシピとにらめっこしながら、額に滲んだ汗を拭った。

 そこに、孤児院で一番やんちゃな少年が声をかける。


「マリエラ姉ちゃん!この箱は店の棚に置いておけばいいの?それとも厨房?」


 手伝いに訪れた子どもたちに指示を出しながら、マリエラも忙しく動き回っていた。

 次々に届く材料や調理道具で、店の中はもうてんやわんやだ。片付けても片付けても、きりがない。


「えーと、じゃあ厨房に持ってきて!あと、お砂糖の袋も一緒にお願い」


 そう答えてマリエラはふう、と息をついた。


 あの夜会のあと、マリエラはあらためて王宮へと呼ばれ、国王に問われた。「希望の褒美はあるか」と。


 実は、あの夜会でマリエラの堂々たる姿を見た何人かの貴族が、「息子の嫁に」とか「結婚を前提としたお付き合いを」とか申し出てきたらしい。

 それを知った国王が、どこかの貴族と養子縁組して貴族令嬢として生きる道を提案してくれた。


 でも、マリエラは断った。

 貴族の暮らしとか令嬢とか、はじめから興味はないし。正直この騒動の間だけで、お腹がいっぱいだ。


 その代わりに、マリエラが褒美として申し出たのはもちろん──。




◇◇◇



「いらっしゃいませ!」


 マリエラの元気な声が店内に響く。

 王都の一等地にあるこの店は、今日も朝から大繁盛だった。


 休む間もなく、ひっきりなしに客の注文が舞い込む。

 それをさばくのはマリエラと同じ孤児院の子どもたちだ。年長の子が年下の子たちをうまくフォローしながら、手際よく働いている。


「はい、いつもありがとうございます!大口のご注文ですね。お茶会用の、……はい。わかりました!」


 王都の中でも至便な場所にあるこの店の名は、『サージェリア』。

 そう、王妃が代々受け継ぎその手で育てているという、あの薔薇と同じ名である。


 王妃様から王家お墨付きの印をもらい、この名を付けることを特別に許されたのだ。

 もちろんこの店の店主は、マリエラである。


 マリエラが褒美にと願い出たのは、菓子店を出すための土地と開店資金、そしてダリアの協力だった。


『では、私にダリア様の考案したレシピのお菓子を販売する店を、持たせてくださいませ!』


 その場にはもちろん、ダリアも同席していた。

 もちろんその隣には、バルド王子もいた。だって今やダリア様は王子の正式な婚約者なのだから。


 マリエラの申し出に、ダリアは目をパチクリとさせ頬を赤らめていた。

 貴族の令嬢が菓子作りなど、本当は褒められたことではないのだというのは聞いている。

 が、あんな素晴らしいレシピをこのまま眠らせておくのは、もったいない。


『おいしいものは人の心を豊かにもするし、元気づけもします。かつての私がそうだったように。だから私も、そんなお菓子を販売して幸せのおすそ分けをしたいんです』


 マリエラは、ダリアに向き直る。


『私はダリア様と、ダリア様のお菓子に出会って人生が変わりました。ひねくれてばかりいた私が、夢を持てたんです。私も誰かを幸せにできる人間になろうって』


 そしてダリアの小さくきれいな手をギュッと握りしめた。


『ですからどうか、ダリア様のレシピを教えて下さいませ。未来の王太子妃様考案のお菓子を売り出せば、きっと皆飛びつきます!幸せの象徴になりますっ』


 推しへの愛が思わず溢れ出て、つい熱く語ってしまうマリエラである。でもこれを逃したら、きっとこんなチャンスは二度と巡ってこない。


 ダリア自身がお菓子作りを堂々とできないなら、代わりにマリエラが作り出せばいいのだ。


 この世に一人くらい、パティシエ兼王太子妃がいたっていいじゃないか。皆を幸せにするお菓子を生み出す王太子妃なんて、最高だ。


『そしてできれば、売り上げの一部を孤児院や病院などの施設の運営費に充てて、孤児院の子どもたちの就職斡旋もできればと思っています』


 生まれや境遇で見下されて、まともな仕事にもつけない苦い思いを下の子どもたちにさせたくない。

 人生をひっくり返せるチャンスを、作ってあげたい。マリエラがダリアに出会って、人生が好転したように。


『でも私はただ趣味で作っていただけで……。もちろんそう言っていただけて、とても嬉しいけれど……』


 自信なさげにためらうダリアに、王妃が話しかける。


『いいじゃない。とても素敵な提案だわ。どうせなら王室のお墨付きのお店にして、国民に喜んでもらいましょうよ』


『私も賛成だ。マリエラも、未来の王太子妃を守った聖女としていまや有名人だ。そのマリエラが君と協力して店を出すなら、大人気になるよ』


 王子もまたマリエラの話に、賛同してくれた。

 

 こうしてマリエラは、未来の王太子妃ダリアにレシピを教えてもらい、王都の一等地に店を構えることになったのである。

 もちろん土地も建築費用も、開店資金も褒美として用意してもらって。 


 そしてドタバタの開店から3ヶ月が過ぎた今、マリエラの店は目も回るほど賑わいを見せているのである。


「ありがとうございました!またお待ちしてます。……あ、マリエラ姉ちゃん!ぼうっとしてる暇ないぞ。次の注文の受け取り、一時間後だぞ」


 子どもたちに急かされるように、マリエラは慌てて厨房へと駆け込んだ。


 今この店で販売している商品は、ダリアのレシピを再現したものだ。

 未来の王太子妃考案のレシピとあって、毎日飛ぶように売れる。


 この店の売上の一部は、孤児院の運営資金や修繕費、日々の暮らしに困窮している人たちへの支援にあてられている。

 また、職業教育への資金としても使われているため、儲けとして手元に残るのはそう多くはない。


(でもまあ、おいしさも幸せもみんなで分け合わなくちゃね。毎日大変だけど楽しいし)


 マリエラは、今日も無心に小麦粉で顔を粉だらけにしながら、せっせとお菓子を作る。


 実はマリエラには、今目指していることがある。

 それは、自分オリジナルなレシピのお菓子を生み出すこと。


「来年の春までには、なんとか私だけのレシピでおいしいお菓子を作らなくちゃ!ダリア様がびっくりするような、とっておきのレシピをね」


 来年の今頃は、ダリアとバルド王子の結婚式。

 その際国民全員に配られる祝いの菓子を、マリエラが考案することになっている。


 最推しであるダリアをうんと喜ばせて、驚かせたい。そしてとびっきりのお菓子で、最推しの門出を祝福するんだ。


 マリエラは、その光景を思い描いて華のような、そしてとびっきり快活な笑顔を浮かべるのであった。





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