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2.偽物はどっちだ



 喜ばしい婚約発表の席とあって、会場内には明るい歓喜に満ちた雰囲気が漂っていた。


 玉座の近くに控えたマリエラの傍らには、ゴルドア男爵も並ぶ。


「顔を上げよ。ゴルドア男爵家令嬢、マリエラ」


 国王の威厳を感じさせる声に、顔を上げるマリエラ。   


「今宵は皆に大きな知らせがある。バルド王子、そなたから申すが良い」


 国王に促され、バルドは高らかに声を上げた。

 歓喜の瞬間を、息を呑んで見つめる観衆。


「皆の者、今日は私の婚約者を皆に紹介しよう。それはこの……」


 だが、王子が口にした名前はもちろん。


「トラダール伯爵家令嬢、ダリア。この者が私の正式な婚約者である!」


 その瞬間、会場は静寂に包まれた。

 誰もが驚きの表情を隠すこともせず、ぽかんと口を開いて王子を見つめていた。


「ダリア、こちらへ」


 バルド王子に促され、静寂の中を王子の前へと進むダリア。

 マリエラはすっと脇へと身を引いて、頭を垂れた。

 

「なんだ……これは。一体何が」


 斜め前に立つ男爵の口から、声が漏れる。その声は明らかに狼狽していて、心なしか震えている。


 かがんだマリエラの口元に、ふっと笑みが浮かんだ。


「皆も良く知っているだろう。トラダール家令嬢ダリアが、私の婚約者となる」


 王子の声にダリアはその顔をすっと上げて群衆を見渡すと、優雅に一礼して見せた。


 静まり返っていた場内から、ざわざわと戸惑いと驚きの声がさざ波のように広がっていく。


「ダリア様……?マリエラ様の間違いでは?だってダリア様は事故に遭われて、候補から外れたと」


「お顔にひどいおけがをされて、とても人前にはお出になれない状態だって聞いたわ。でもそんな傷どこにも……」


「お顔立ちだって違うわ。まさか別人?それともおけがをされたというのは、嘘……?」


「ではマリエラ様はいったい……」


 小さなさざ波は、どんどん大きくなる。


 男爵は、しばし事態を飲み込めずに呆然と立ち尽くしていた。

 だが、ダリアがにっこりと会場の観衆に向かいあでやかに微笑んでみせると、我に返ったように口を開いた。


「これは……、なんの茶番だ!王子の婚約者は、このマリエラだろう!男爵家の令嬢であるマリエラだ!」


 王と王妃の御前であることも忘れ、男爵が叫ぶ。


「ゴルドア男爵。私が許可した婚約に、意義を申し立てるつもりか?」


 国王の冷ややかな視線に、男爵はぶるりと肩を奮わせた。


「確かにマリエラも候補の一人ではあったが、色々と事情があってな。その事情というのは、そなたが一番良く知っているのではないか?」


 射抜くような視線を向けられ、男爵はわずかに後ずさった。


「し、しかし。国王自らおっしゃったではありませんか!我が娘こそ、王子の婚約者になると。それに、この娘がここにいるはずがありませんっ……!これは偽物です!」


「……ほう。偽物、とはどういうことだ?ゴルドア男爵」


 その問いかけに、男爵はぐっと言葉に詰まる。

 マリエラはそっと視線を上げて、男爵の震える肩を見つめた。


「ダリアという娘は人前に出れぬほどの大けがを負ったはず!あれほどドレスが血にまみれるけがを負って、この場にそうして立っていられるはずが……!」


 そう言いかけて、男爵ははっと口をつぐんだ。

 

 つかつかと男爵の前に歩み寄り、王子が尋ねる。


「あれほど血まみれ、とは?あなたは、けがを負ったダリアをその目で見たとでもいうのか?」


「……ええ、いえ。は、はい。そうですとも!それはもうひどい状態で顔などぐちゃぐちゃに傷つけられておりまして、ドレスも血まみれで……」


 場内からは、悲鳴にも似た声が上がる。

 しどろもどろになりながら、男爵は続ける。


「ですから、あんなけがで人前に立てるわけが……。その娘は、伯爵令嬢を語る偽物に違いありません。ええ、そうですとも。その証拠に、顔つきも雰囲気もまったく違うではありませんか」


 それを聞いたマリエラはにやりと笑い、ちらっと王妃と王子、ダリアへと視線を移した。三者と目配せをして、互いに小さくうなずく。


 マリエラは、すうっと静かに息を吸い込んだ。

 いよいよ、一世一代のお芝居の時間だ。息を整え、ぐっと拳を握る。


「国王陛下に、この場をお借りして申し上げたいことがございます!」


 マリエラは、すっと中央に歩み出て声を上げた。


 高い天井に響く声に、会場はしんと静寂に包まれた。


 そしてマリエラは、会場の隅々にまで響き渡るようなはっきりと告げた。


「私は、ゴルドア男爵家の令嬢ではございません。男爵によって仕立て上げられた、偽物の令嬢です!私こそが偽物であり、男爵は私を未来の王太子妃に仕立て上げて、王家を乗っ取ろうとする重罪人です!」


 驚きと動揺に満ちたざわめきが、会場から沸き上がった。

 男爵はと言えば、あんぐりと口を開いてマリエラを見つめていた。


「な、何をいうかっ!お前は男爵家の人間だ。使用人の血が混じっているとはいえ、間違いなく貴族の……!」


 そう言いかけた男爵の前に、衛兵に引きずられるようにして縄で拘束された女がつき出された。


「……なっ、お前はそこで何をしている?ノーザ!」


 そこにいたのは、紛れもなく男爵家のメイド、ノーザであった。


「この者は、男爵家のメイドのノーザと申す者だ。この者が町外れの宿屋でこれを隠し持っているところを、先ほどとらえた。これに見覚えがあるだろう、ゴルドア男爵!」


 衛兵の一人が、自分の眼前に突きつけたものをみて、男爵は言葉を失った。


「こ、これは……、なぜこれをお前が!ノーザ!これは男たちに突き返したはず!」


 ノーザは猿ぐつわをかまされているために、何も答えることができない。だが必死に何かを訴えるように、うめき声を上げている。


「ほう、あなたはこれが何であるか分かっているということですね。……皆様!これはダリアが襲撃事件にあった現場で押収された、血濡れのドレスです」


 高く掲げられた血濡れのドレスを見た観衆から、いくつも悲鳴が上がる。


「このメイドは、男爵こそがダリア様襲撃事件の首謀者であり、このドレスを処分するよう命じられたと白状しました!一緒に、切られた黒髪の束も押収済みです」


 男爵は動揺を隠しきれずに、ふらりとよろめいた。


 それもそのはず。これは、マリエラがでっち上げた嘘なのだ。

 男爵からの手紙だと騙してノーザを向かわせた宿屋には、すでにあのドレスや髪を置いておいた。

 そして何も知らないノーザが宿屋に着いたのを見計らって、衛兵たちが襲撃犯人の共謀者として捕まえたという流れである。


 王宮から帰った男爵には、ノーザの身内に不幸があり急遽休暇を取ったと説明しておいた。


 夜会のことで頭がいっぱいだったのだろう。男爵はそれを疑いもしなかったのだから、何とも間抜けだ。


 マリエラは、再び声を上げた。


「私が、事の真相をご説明申し上げます!ノーザは、男爵の忠実な駒です。男爵は、王家を騙し、王家と関係の近い伯爵家を排除すべく陰謀を仕組んだのです」


 そしてマリエラは、これまでの経緯といかに男爵が汚い手を使って王子の婚約者に名乗りを上げさせようとしたかを訴えた。

 

 男爵はわなわなと唇を震わせながら、マリエラをにらみつける。

 が、マリエラはその視線にひるむことなく続ける。


「いずれ子を成せば自分は王族の一員に名を連ねることができ、私も何不自由な暮らしができるからと。そしてそのためには、目障りなトラダール伯爵家の令嬢ダリア様をも排除しろと命じたのです」


 場内は、騒然となった。


 もしそれが本当であるならば死罪は免れない。王族を騙すなど、あってはならない重罪なのだ。


「襲撃事件に関しましては、私の口からご説明させていただきますわ」


 マリエラのあとを引き継ぎ、ダリアが声を上げる。

 そして、マリエラと二人しっかりとした眼差しで観衆を見渡す。


 ――さあ、いよいよ男爵を叩きのめそう!そしてこんな茶番をさっさと終わらせよう。


 この計画も、いよいよ佳境に入ろうとしていた。 





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