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1.いざ運命の婚約発表へ

 


 そして迎えた運命の日。


 王宮へと次々に到着する、馬車の音。衣擦れとむせかえるような香水の香り。会場のそこかしこで、声をひそめてかわされる会話。

 マリエラが正式な婚約者として決定したことは、すでに社交界に知れ渡っている。今夜はその正式なお披露目の場なのだ。


 マリエラは、今まさに開かれようとしている扉の前に緊張した面持ちで立っていた。


 今まで王妃主催の茶会だのパーティだのにはいくつか出席してきたものの、今夜ほど盛大で正式な集まりに顔を出すのは初めてなのだ。


 しかも、今日は待ちに待ったゴルドア男爵に鉄槌を下す運命の日なのだから――。


「さあ、心の準備はよろしくて?マリエラ」


 華やかに着飾ったマリエラの少し後ろに立つダリアが、マリエラに話しかける。


 あの襲撃事件以降、女官として身を隠してきたダリアだったが、それももう終わりだ。

 華やかなドレスに身を包んでいるダリアは、この上なくきれいでかわいい。最推しの魅力全開の姿に、マリエラは緊張も忘れてうっとりと目を輝かせた。


(これがあの、悪役令嬢として名高い伯爵家令嬢ダリアだと気づく者はいないでしょうね)


 黒髪はさすがに特徴的過ぎるため濃い茶色に変えているが、あとはトレードマークのきつめの化粧と黒のドレスを封印しただけである。

 それでも、本来のダリアを知らない者にとってはがらっと雰囲気が違って見えるはずだ。


(やっぱりキリっとしたお仕事用メイクとドレスも素敵だけど、こういう格好の方がお似合い。めちゃくちゃかわいい……。もう本当、眼福)


 晴れ舞台にふさわしいダリアの姿に、うっとりとしながらもマリエラは力強くうなずいた。


「では、参りましょう。私たちの計画の、総仕上げですわ」


 ダリアの掛け声とともに、運命の扉は音を立てて開いたのだった。


 夜会会場に集まっていた国中の貴族たちの視線を一斉に浴びながら、マリエラとダリアは進む。


 ダリアよりも一歩先に歩くマリエラに、視線が集まる。


「見て、マリエラ様のお召し物。いつもはもっと華やかでかわいらしいけれど、今日は少し落ち着いたデザインね。むしろもっと華やかにしていらっしゃると思ってたわ」


「それはやっぱり、王子殿下の正式な婚約者になられるんですもの。愛らしさよりも気品と落ち着きを優先されたのではなくて?」


 未来の王太子妃であるマリエラへ向けられている視線の中には羨望とやっかみはもちろんだが、憐れみの感情が混じっている。

 あちらこちらをふらふらと遊び歩いては女遊びを繰り返す、問題王子。この王子が結婚する相手はきっと将来女性問題に苦しむに決まっているし、王としての器もない。そんな王子が担う国の未来を、憂う者は多い。


 マリエラも、かつてはその一人だった。


(私もエロバカ王子とか言っちゃってたもんね。こんな王子に嫁ぎたい女性なんて、絶対いないと思ってたもん。今思うと、あれは王子の精一杯の強がりというか、逃避というか……)


 心の中でこっそりと、マリエラは王子に謝った。


 よく知り合ってみれば、王子は決してダメ王子ではなかった。

 性格はとても優しいし、多少打たれ弱くてたくましさにはかけるけれど、その繊細さと優しい人柄はある意味紙一重でもある。


(それになんといっても、実は一途だったし。初恋の相手が高嶺の花過ぎて、自分のダメさ加減に失望して現実逃避してたなんてね。国を治めるには頼りないけど、それはまあ伴侶次第でなんとか……)


 そんなことを考えつつ、マリエラはすました顔で歩を進めていく。


「ねぇ、あのマリエラ様の後ろにいる方どなたかしら。どこのご令嬢?見かけないわね」


「随分かわいらしい方だけど、確かにお見かけしたことないわ。マリエラ様付きの女官にしては、華やかな装いね。……にしても、なんてかわいらしいのかしら。まつ毛なんてあんなに長くて、肌も艶やかで」


「あのドレスもとっても良くお似合い。珍しくマリエラ様がシンプルな分、余計にふんわりとしたドレスが目立つわね。本当にどこの令嬢かしら?」


 その声は、マリエラとダリアの耳にも届いていた。


(そうでしょうともそうでしょうとも!なんたって、私の最推しだもの)


 狙い通りの反応に、にんまりと口元が緩むのを必死でこらえるマリエラである。


 マリエラのドレスは、立ち襟の露出の少ないすっきりとしたデザインである。レースを全面に施してあり、とても華やかなものだ。

 でもこれまでのかわいらしい少女趣味で胸元を強調したデザインとは大きく異なり、地味にも見える。


 ダリアはというと――。


(ああ、振り返りたい……!まじまじとその姿を見つめたい。あんまりにもかわいすぎて鼻血が出そう)


 そう。今日のダリアはいつものシックな衣装とは正反対のお姫様チックなかわいらしいドレスを身にまとっていた。

 その愛らしさは、とても言葉では言い尽くせない。マリエラは、そのドレス姿を一目見てその場に倒れ込んでしまったほどである。


 どうなさったの?とダリアには驚かれたけれど、あのかわいさは反則だった。

 このダリアをみた王子がどんな反応をするかと想像しただけで、によによ笑いが止まらない。


 マリエラとダリアの今日のドレスをデザイン、用意したのは王妃である。

 王妃は今夜のこれから起こるであろう出来事を想定して、これを考えたに違いない。


(王妃様、グッジョブです!さすがによく分かっておいでだわ。グッジョブ!神です。きっとうまくいきますわ)


 マリエラは心の中で、ひそかにガッツポーズを決めずにはいられなかった。




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