1.工作活動はお任せ
「いやはや、王直々の呼び出しとはな。なんでも、今のうちに我が男爵家と関係を深めておきたいのだそうだ。まったく王太子妃の父ともなると、忙しいものだな」
そう言うと男爵は、心の中から滲み出る欲を隠そうともせず、にやついた笑みを浮かべて王家の紋章が刻印された馬車に乗り込んだ。
「お前も今のうちにゆっくりしておくといい。王太子妃ともなれば、毎夜毎夜夜会だなんだと忙しくなるだろうからな」
マリエラは無言で頭を下げ、屋敷を離れていく馬車を見送った。
(さて、あとはノーザを追い出しにかからないと。男爵が戻ってくるまでにさっさと片付けないと)
この日ゴルドア男爵が王と王妃に呼び出されたのは、もちろん計画の一部である。先日マリエラが男爵家から悪事の証拠品となる誓約書などを盗み出すために、王妃が男爵をおびきだしてくれたのだ。
王宮からの呼び出しともなれば、男爵をおびき出すのはたやすい。
問題の誓約書は、男爵の執務室の机の鍵のかかった一番下の引き出しの中にある。だが、この屋敷には男爵の留守中にマリエラが不審な行動をしていないか監視している、メイドのノーザがいる。
まずはそのノーザを、男爵同様外におびき出さなければならない。
(ノーザのことだから、きっと今頃私の部屋を探し回って何か怪しいものはないかと探し回ってるに違いないわ)
隙さえあれば、マリエラを疑ってどこでもこそこそと探し回るのだから、本当に質が悪い。抜け目なさそうなその目つきはまるで、蛇のようで嫌な感じである。
マリエラが自室に戻ると、案の定ノーザは部屋の中にいた。その辺にあるものを片付けているようなそぶりをしてはいるが、明らかに挙動不審である。
「ノーザ、男爵様がこれをあなたに渡してくれと」
男爵からの手紙だといって、マリエラが男爵の筆跡に似せて書いたものを手渡した。
「……男爵様が?私に手紙を……?」
マリエラは知っていた。
ノーザが密かに、男爵に対して主人に向ける以上の気持ちを抱いていることを。
目の動きや態度からもそれは明らかだったし、その気持ちが男爵への過剰な忠誠心となってこれほどまでの極端な行動に駆り立てているのだろうと思われた。
正直あの男爵のどこに、心惹かれる要素があるのかさっぱり理解できないが。
(まぁ、ノーザのことだもの。それを読めば無視はできないはず)
手紙には、婚約発表の前に内密に頼みたい仕事があるから町はずれの宿に部屋をとり、一人で待っていてくれと書いてある。もちろんそんなのは大嘘だ。だが、男爵を想う独身のノーザにとっては、心動かされる頼みに違いない。
(我ながら、姑息な手だとは思うけど。でもこれまでさんざん嫌がらせもされてきたんだし、これくらいは許されるでしょ)
予想通り、手紙を読み終えたノーザの顔が薄っすらと朱に染まっている。
別に男女の仲になろうなどと書いてあるわけではないが、ずっと男爵一筋で独身を貫いてきたノーザにとっては妄想をかき立てるに十分なのかもしれなかった。
「それを渡す時、なんだかそわそわしていらっしゃたけど一体どうしたのかしら?何が書いてあったの?ノーザ」
マリエラが尋ねるも、ノーザは落ち着かない様子で慌てて手紙をポケットにしまい込んだ。
「あなたに話す必要はありません。今日はもう部屋でおとなしくしていることね。勝手に外出しないよう、外に見張りを立てておきますからね。私は仕事で留守にしますので」
そう言うといつものようにぎろりとマリエラを睨みつけ、ノーザは足早に去っていった。
(気のせいか、いつもより化粧が濃いような……。もちろん、宿でいくら待っても男爵は姿を現さないけどね。宿の主人にはたっぷりお金を弾んで、ノーザを引き止めてくれるように言ってあるし。当分は大丈夫ね)
そしてマリエラは、監視の目のなくなった屋敷の中でさっそく仕事にとりかかった。
マリエラには人目を欺く変装の技術もなければ、ずば抜けた情報力もない。
あるのはこの恵まれた外見と、生まれ持った苦境と厳しさを耐え抜いてきたこのたくましい性格くらいだ。
(この前の襲撃では、すっかりダリア様を危険にさらしてしまったわ。でも私だってやる時はやるんだから)
マリエラはそっと足を忍ばせて、男爵の執務室の中に忍び込んだ。
鍵がかかった引き出しの前にしゃがみこむと、髪から一本のピンを引き抜き鍵穴に差し込む。何度か角度を変えて中の形状を探ると、まもなくカチリ、と音がして鍵が開いた。
(こんな鍵を開けるくらい、朝飯前よ。……っと、多分誓約書はこの綴りの中ね)
音を立てないように書類をパラパラとめくっていく。
そこにマリエラ自身がサインした誓約書を見つけると、そっと抜き出す。
これには、計画の詳細は書かれていない。だが、マリエラがこの悪事に加担するにあたっての制約事項が事細かに明記されている。
これを読めば、マリエラが男爵家とは何の血縁もないこと、男爵家令嬢となる話を持ちかけたのが男爵だということがわかる。
そして驚いたことに、綴の中にはダリアと王子に盛ろうとした薬の明細書と馬車襲撃事件の犯人たちとの契約書まで、丁寧に保管されていた。
(こんなもの残すなんて、バカの極みね。いつか自分の首を絞めるに決まってるじゃないの)
とはいえ、そのおかげでこうもやすやすと証拠品がそろったのだからありがたくもある。
「あとはもうひとつの仕掛けが、明日の夜に発動するのを待つだけね」
マリエラは、満足気に微笑むと執務室をあとにしたのだった。




