1.伯爵令嬢襲撃事件 その1
伯爵家の屋敷前には、2台の馬車が止まっていた。
そのまわりには、幾人もの使用人たちがずらりと並んでいる。
そこに、華やかではあるが比較的動きやすいドレスに身を包んだダリアが姿を表した。
「ダリアお嬢様、いってらっしゃいませ」
お仕着せを着たメイドから小さな荷物を受け取ると、ダリアは馬車に乗り込む。
乗り込む直前、ダリアはちらと後方に視線を移した。
(やっぱりいるわね。一人、二人……。見た感じプロではないわね。これなら楽に片付きそうね)
すばやく先ほど受け取った荷物をほどき、馬車の中でドレスについた装飾をどんどん外していく。
数分後、ダリアは並ぶ使用人たちに紛れ込んでいた。
濃紺色のお仕着せ姿のメイドと並んでしまえば、黒いドレス姿も目立たない。それも装飾をとったシンプルな形に変われば、完全に溶け込んでいた。
(黒のドレスって使用人やメイドなんかに紛れられて、便利なのよね。こういう仕事にはもってこいだわ)
澄ました顔で、さも最初からここに並んでいましたというそぶりで、走り出した馬車を見送る。
(あの男たちもついて行ったわね。さて、じゃあ追跡開始と行きますか)
こうしていよいよ、伯爵令嬢ダリア襲撃事件ははじまったのだった。
◇◇◇
その頃王宮では。
マリエラは王子と庭園を散歩していた。だが、頭の中はダリアのことでいっぱい過ぎて、先ほどからほとんど会話がない。
気のせいか、王子も何か気がかりなことがある様子で黙りこくったままだ。
二人上の空でただひたすらに、庭園を歩き回る。
おそらくこんな二人の様子を見て、ある者は愛し合う二人に言葉なんていらないのねと感涙するだろう。
またある者は、痴話喧嘩でもしているのかと思うかもしれない。
だが実際は、マリエラの身を案じ、王子はすっかり幼い頃とは変わってしまったダリアを思っているのだった。
思わず、マリエラの口から小さなため息がこぼれた。と同時に、隣を歩く王子からもため息が聞こえてきた。
「えっ?」
「ん?」
思わず、二人は顔を見合わせた。
「あの、……失礼いたしました」
「いや、私こそすまない。マリエラは、連日の王妃教育で疲れているだろう。なのにこんなに歩かせてしまってすまない」
そう言って、王子はマリエラをエスコートしてベンチに座らせると、メイドにお茶の用意をさせた。
「いえ、大変なことなど……。ただ少し心配事があっただけなのです」
「私が力になれるようなら、なんなりといってくれ」
マリエラは、王子の優しさに罪悪感を感じていた。
(王子としては頼りないかもしれないけど、多分いい人なのよね。こんな人を騙すのは、いくらダリア様のためとはいっても心苦しいわね)
一日も早く、こんな周囲を欺くような真似は終わりにしたい。そして孤児院に戻って、子どもたちに会いたい。
マリエラは痛む心を笑顔の下に隠しながら、王子どの時間をじりじりとした気持ちで過ごしたのだった。
そして、王子との逢瀬が終わり部屋に戻った時、その知らせは届いた。
「大変です!ダリア様が賊の襲撃に合い、重傷との知らせが……」
マリエラは、その一報に弾かれたように立ち上がった。
(来た……!ダリア様はご無事なのよね?馬車には乗り込んだふりだけして、馬車の中は空っぽって言ってたし。大丈夫よね……)
ダリアの話を疑うわけではないけれど、やはりこの目で無事を確認しなければ不安は拭えない。
(今頃は王子の耳にも入ってるわよね。大丈夫かしら、王子)
マリエラはここ最近の王子の変化に気がついていた。
以前ならマリエラに会えば目を輝かせて嬉しそうにしていたけれど、最近では妙に穏やかで落ち着いた様子で接してくるのだ。
憑き物が落ちた、といった感じだろうか。
そしてそれは多分、王子の心境の変化なのだろうとも思っていた。
(多分王子はダリア様のことが、お好きなんだわ。そしてダリア様も、王子のことを憎からず思っておいでだし……)
この知らせに王子が今どんな気持ちでいるだろうと思い、マリエラは顔を曇らせるのだった。




