2.伯爵令嬢襲撃事件 その2
伯爵家の馬車は、南の保養地を目指しゆっくりと走っていた。
見通しのいい平原を抜け、少しずつ自然豊かな緑の生い茂った風景に変っていく。
おそらくあと一時間もすれば、保養地の広大な敷地の端にさしかかる頃である。
馬車の中には、はりぼてで作られた人型の人形が黒いドレスを着て鎮座している。離れた所から見れば、窓から人影が背筋を伸ばして座っているように見えるはずだ。
そして馬車の後方には、一台の荷馬車の影。
先ほどから一定の距離を保って、伯爵家の馬車のあとを走っている。
(随分堂々と追ってくるのね。あれじゃあ、これから襲撃しますといわんばかりじゃないの)
人形を乗せた馬車よりも先回りして待機していたダリアは、その様子をじっと観察していた。隣にいるメイドのレティは、呆れたように鼻を鳴らした。
「ど素人じゃないですか、あれ。あんなので襲撃が成功すると思ったんですかね。そりゃまぁ普通のご令嬢はこんなふうに馬にまたがったりしないし、武術もたしなんでないですけど」
「まぁ確かにそうね。きっと男爵がお金をケチって安い金で動く男たちしか雇わなかったのね。こちらとしては楽で助かるわ」
とても貴族家の令嬢とそのお付きのメイドのやりとりとは思えない、物騒な会話が繰り広げられていた。
ダリアは馬の首を優しくなでながら、にっこりと微笑む。
「そろそろ、かしらね」
視線の先では、後方の馬車がゆっくりと伯爵家の馬車に近づいていく。そして馬車の真横につけると、荷台から男が二人身を乗り出してきた。
その手がちょうど人形のいる扉側にかかり、大声を上げる。
「おい、止まれ!こっちは、中にいる嬢ちゃんに用があるんだ」
馬のいななきと馬車がきしむ音が周囲に響いた。
砂埃を上げて、男たちの乗った荷馬車が伯爵家の馬車に体当たりしてくる。その衝撃で、伯爵家の馬車が左右に大きく揺れる。
ガタン、ミシッという耳障りな音が周囲に響き、馬が大きくいなないた。
そして、ゆっくりとスピードを落とす馬車の前に荷馬車が視界を遮るようにして止まった。
中から飛び出してきたのは、汚い身なりをした男が三人。そして馬を操っていた男もまた、地上に降り伯爵家の馬車へと駆け寄った。
「おい、急げ。女を中から引きずり出せ。暴れるようなら殴って、気絶させろ」
「早くしろ!まだか」
男たちは酒でやけたガラガラした声を上げながら、人形が座っている方の扉を開けた。
「ん?おい、なんだこりゃ……」
ぐらり、と扉を開けると同時に男の体に人形が崩れ落ちる。だらりと下がったドレスの袖をつかんだ男は、驚きの声を上げた。
「おい、まだか!こっちに女を乗せるんだ」
「こいつは人形だ!やべぇ、こりゃ罠だっ。女なんかいないぞ。空っぽだ」
人形を抱き抱えながら、その場で男たちは慌てふためく。
「あなたたちが探しているのは、私かしら?」
颯爽と馬に乗って現れたのは、ダリアである。その後ろには、レティが凄味のある顔で男たちを見下ろしていた。
言葉にならない悲鳴をその喉から上げる男たちを、ダリアは悠然と見下ろし微笑んだ。
「ごきげんよう。あなたたちがお探しなのは、私でしょう?」
そしてダリアの登場とともに、わらわらと周囲に身を潜めていた伯爵家の護衛たちが男たちを取り囲んだ。かっちりとした制服を身に着けた衛兵は、王妃がよこした者たちだろう。
一斉に自分たちよりも頭一つ分背の高いがっちりとした体躯の者たちに取り囲まれ、男たちはへなへなとその場に座り込んだ。
「さて、まずはお話をじっくり聞かせてもらいましょうね」
一見ただの少女にしか見えないダリアのその迫力ある眼差しにひるみつつも、男たちの一人が叫んだ。
「俺たちはまだ何にもしてないぞ!そうだ、ただちょっと。だからその……道を聞こうと思っただけで」
「そうだそうだ!ちょっと運転が粗くてぶつかっちまったけどよお、別にあんたをさらおうとしてたわけじゃ……」
口々にわめき出した男たちの前に、レティがひらりと馬から降りた。
そしてその小さな体から出たとは到底思えないような、ドスの利いた声で言った。
「ギャーギャーうるさいわよ、あんたたち。さあ、誰に雇われたの?さっさと吐きなさい!あんたたちみたいなゴロツキ風情が伯爵家を敵に回すなんて、一億万年早いのよ」
その一言に、男たちの声はぴたりと止みあきらめたようにその場に崩れ落ちたのだった。




