9.王子は憂う
王子は憂いていた。
幼い頃からよく知っていたはずのダリアが、まるで別人のように変わってしまったのだ。
確かにもとから、口うるさいところはあった。仮にも国の未来を担う王子なんだから、しっかり勉強をしろとか、背筋を伸ばして歩けとか。
まるで姉か教師のようにうるさく言うものだから、こちらもつい喧嘩腰になったりするのだが。
とはいえ、根は優しく世話焼きで、責任感が強すぎるあまり泣き言を言うのが下手で。本当はかわいいものが大好きで、お菓子の話をしている時が一番嬉しそうで。
10才の誕生日に熊のぬいぐるみをあげたときなんて、それはもう満面の笑みで頬を染めている様子は大層かわいかった。
なのに、最近のあいつときたら。
マリエラはいい子だ。見た目のことじゃない。あくまで。中身の話だ。
もちろん貴族とは言っても、令嬢として長く暮らしてきたわけじゃないことは知っている。
心無い噂だって、聞いている。
なのにそんな周囲の雑音にいじけることなく、あんなに明るく天真爛漫なのだ。
(自分とは見事に正反対だな)
バルドの顔に苦々しい笑みが浮かぶ。
王子として生まれたからと言って、相応の資質を持って生まれるわけじゃない。
見た目こそ母親にそっくりだが、褒められるのはそれだけだ。
自分が周囲からどう思われているかは、よく知っている。
父のように賢くもなければ、思慮深くもなく、女好きで頼りなくて。楽な方に流されっぱなしのボンクラだ。
ダリアが王子として生まれていたら、きっといい国王になっただろう。
賢さと優しさと、責任感と意志の強さ。そして人を惹き付ける見た目も。
そんなダリアといるのが辛くて、逃げ出した。どう逆立ちしたって、自分にあんな優れた資質はない。
ダリアに励まされるたび、背中を押されるたび自分が情けなかった。
(本当に情けない。せめてもう少しまともな男だったら、ダリアとこの先も……)
ふと頭の中に浮かんだ想いを、バルドは振り払った。
(何を考えているんだ、今さら。もうマリエラを選ぶと決めたんだ。そうだ、マリエラとならきっと)
バルドは、過去の記憶を捨て先に進もうと決意していた。いつまでも、過去の自分にくよくよしていても始まらない。
いずれはこの肩に国の未来が委ねられる日がくるのだ。
せめてその時に、ほんのわずかでもいい。恥ずかしくない自分でいたい。
そうバルドは考えていた。
◇◇◇
「あの、ダリア様。ダリア様は王……」
王子のことを大切に思っているのではありませんか?と聞こうとして、マリエラは口をつぐんだ。
(一体私は、何を聞こうとしてるのかしら。こんなこと、私なんかがでしゃばっていいことじゃないわ。でも)
ダリアのあの時の寂しげな表情が、脳裏に浮かぶ。そして、王子の表情も。
(もしお二人が想い合っているとしても、私はどうしようもないんだし。男爵を断罪するためには、王子を騙し続けるしか)
「今何か言いかけなかった?マリエラ」
いつもと変わらない様子のダリアの問いかけに、マリエラは首を振った。
「それでは、ダリア様が戻られるまで私は王子を引きつけて、せいぜい噂のタネを振りまいておきますね」
「そうね。頼むわ」
そしていよいよ、ダリアが保養地に向けて出発する日がやってきた。
男爵は朝から妙にそわそわしつつもどこか上機嫌で、いよいよダリアを排除できることが嬉しいようだった。
「マリエラ、もしなんなら先に既成事実を作ってしまえ。あの王子のことだ、簡単に落ちるだろう」
なぜだろうか。
なんだかんだ王子と過ごす機会が多いせいか、男爵の口から王子の悪口を聞くと何やらもやもやする。
(こんな男に比べたら、王子はずっとまともよ。ただのエロバカだと思ってたけど、悪い人ではないし)
しっかりした結婚相手を見つけてうまく尻に敷かれたなら、それなりにいい国王になるかもしれない。
まあ、本人が頼りない分周囲の仕事は増えるかもしれないが。
「今日はどこかに行かれるのですか」
「ああ、そうだな。今日は幾人か人と会う約束がある。今後のために、色々と顔を出しておかなくてはな」
あちこちに顔を出して、これから起きる事故には無関係であるとのアリバイを用意するつもりだろう。
(ダリア様は今頃屋敷を出られた頃ね……。どうか計画がうまく運びますように)
マリエラは、男爵に気づかれないようにそっと祈った。




