4.婚約者(偽)になりましょう
「ゴルドア男爵家令嬢、マリエラよ。そなたはバルド王子の婚約者候補の一人として選ばれた。そしてリンドール伯爵令嬢ダリア、そなたもまた同じく婚約者候補となる。意義はないか」
翌日、マリエラは国王と王妃の面前にいた。
王宮からの書状を手にした男爵は、先ほどまでの態度が嘘のように上機嫌であった。
(今の今まで伯爵家で何を話しただの、裏切ったんじゃないかだの、散々問い詰めてたのは誰よ?まったく……)
『よくやった!でかしたぞ。これで私も王族の一員だ。そうだ!もうこんな身分に甘んじる必要もなければ、金を惜しむ必要もない』
まるで天下でも取ったかのような浮かれっぷりに、マリエラは冷ややかな視線を送っていた。
すでに自分の身に縄が食い込み始めているとも知らずに、すっかり自分の悪事が成功すると信じ切っている。なんとも滑稽だ。
昨日のそんな光景を思い出しつつ、マリエラは国王の言葉に深く頭を垂れる。
「はい、身に余る光栄にございます」
「もちろん男爵家としてもこのようなお話、誠に光栄に存じております」
男爵の顔には、隠しきれない下卑た笑いが浮かんでいる。
「そしてリンドール伯爵家令嬢ダリア、そなたはどうじゃ」
「もちろん意義はございません。誠に光栄でございます」
ダリアとリンドール伯爵もまた同様に答えた。
「では、さっそく二人には明日から王妃教育を受けてもらいたい。その結果を見極めた上、両名のうちいずれかを正式な婚約者として認める」
こうしてマリエラは、ダリアとともにバルド王子の婚約者候補となった。
◇◇◇
「では今後はここで、情報をやりとりしましょう。ここは私と数人の信用のおける人間しかち入れないから、安全だわ」
その翌日、マリエラは王家の温室にいた。
ここにいるのは、王妃とダリア、そしてマリエラの三人だけである。
(ダリア様が王妃様にすべてを打ち明けて口添えしてくださったとはいえ、まさかこんな場所に自分がいるなんて)
思いもよらない展開に、今にも倒れそうなマリエラである。
ダリアに男爵の企みを打ち明けてから、まだたったの二日。なのに、この怒涛の急展開だ。
(ダリア様、手回しが早すぎる。仕事ができるなんてもんじゃない。さすがプロの悪役令嬢ね)
推しの優秀さに、改めて惚れ直す。
美人でかわいくて、性格も良くて頭も良い。なんと完璧な存在だろうか。
さすがは私の最推しだ。
「ここなら私と、私が信用する数人しか出入りしないから、秘密の会合にはぴったりだわ。自由に使ってちょうだいね」
王妃はそう言って、マリエラとダリアに一本ずつ鍵を手渡した。
ここは、王家を象徴する薔薇『サージェリア』を育てるための王妃専用の温室である。 代々王妃がここを引き継ぎ、サージェリアを大切に守り育ててきたのだという。
そんな大切な場所を、王妃は私とダリア様との秘密の打ち合わせ場所として使わせてくれるというのだ。
いくら王家に降りかかる悪事を払うためとはいえ、王妃自らここまでしてくれるとは。
(ダリア様と同じく、やっぱり王妃様もなんて素敵な方。推しが増えてしまいそう……)
マリエラは、芳しい薔薇の香りと二人の美しい姿にすっかり見惚れていた。
「サージェリアは、代々の王妃が時に自らの手を棘で傷つけながら、土にまみれて大切に育ててきたの。なぜか分かるかしら?」
王妃の質問に、マリエラは首を振った。
「何かを守ろうとすれば、時に痛みも苦労も伴うわ。それは、国も同じ。必要な時には危険をおかしてでも戦わなくてはね」
そして王妃は、いくつも傷跡の残る手を見せてくれた。
「だから私も、あなたたちに全面的に手を貸すわ。何でも言ってちょうだい。王子のことも心配はいらないわ。元はと言えば、フラフラしているあの子が悪いんだから」
王妃も、優しげな顔に似合わずなかなかの辛口である。
こうしてマリエラとダリアは、王妃の全面的なバックアップのもと、ゴルドア男爵への反撃を開始したのであった。




