7.重なる記憶
ダリアは、久しぶりに孤児院を訪れていた。ただし自分だとは気づかれないように、少々変装をして。
明るい色のかわいらしいドレスを着てこの黒髪を帽子で隠してしまえば、ダリアだと思う者はいないだろう。
仕事用に人の目に留まりやすい黒を選んだのは、我ながら正解だった。
ダリアはいつものように、まずはシスターの元に向かった。
「こんにちは、シスター。今日は少し伺いたいことがあって参りました」
ダリアの知りたいことはただひとつ、マリエラという少女についてである。
この孤児院に、マリエラという少女はいないか。そしてその少女が、男爵家へと引き取られて行かなかったかを確かめるためである。
「マリエラという子は、やはりここにいたんですね。その男が訪ねてきて雇いたいともちかけ、マリエラはそれに同意した、と」
「ええ。でもそれ以来まったく連絡をよこさないんです。便りひとつ、あんなにかわいがっていた子どもたちにも会いに来ないで。ですから私も心配で」
シスターによれば、一年ほど前にある男の雇いたいという申し出を受けて、マリエラはここを去ったらしい。だがその後の消息がつかめず、一度も顔を見せていないのだという。
男の特徴は男爵と似ているようだったが、これといって他に情報はないようだった。
ただ、マリエラの本来の髪色はやはり栗色だった。
髪の色と化粧、そして服装とで大分雰囲気が変わっていたために気が付かなかったが、言われてみれば確かに似た顔の少女にここで会ったことがある。
(やっぱりマリエラは、偽の男爵令嬢として雇われたのね。髪の色を変えたのは、孤児であることを誤魔化すため。でも目的は?お金?でもそれなら、私にあんなことを伝えてくるわけないし。だとしたらやっぱり、マリエラには他の目的が……)
昨日の三人のお茶会で、マリエラが差し入れてくれたお菓子。
あの時マリエラが話した言葉の中には、いくつもダリアの注意を引くものが存在していた。
私しか知らないはずの、お菓子のレシピ。そして何より、ミモラのエッセンスーー。
あのエッセンスを菓子作りに使う者はまずいない。苦みがあるし、香りも独特なのだ。でもそれをあえて隠し味にほんのわずか使うことで、ぐっと全体の味が引き締まり、他のお菓子とはひと味違う風味を出してくれる。
(あのエッセンスを使ったお菓子を食べたことがあるのは、家族とこの孤児院の子どもたちだけのはず。それを知っていたということは――)
あの言葉とマリエラの表情で、ダリアはマリエラの目的が王太子妃の座でないことを確信した。そして、ダリアに何かを助けてもらいたがっていることも。
「あの子、すごく貴族とかお金持ちを嫌っていて。まぁ孤児たちは皆社会の裏を見て育ちますから、無理もないんですけど。特にあの子は見た目が良い分、色々と嫌な思いもしていたので……。だから、いくらお金になるからといってあの子が貴族のもとに行くなんて、私にはどうも……」
シスターも子どもたちもマリエラのことを、心から心配しているようだった。ここで、マリエラは頼りになる姉のような存在だったようだ。
いつか店を持って、そこで子どもたちの雇用を生み出してまともな仕事につけるようにするんだと、いつも言っていたらしい。
(マリエラはやっぱり、あの時の子と同一人物だわ。ここで一緒にお菓子を食べた……。それを思い出させるために、わざわざあんな真似を)
はじめはマリエラは、王子の婚約者になりたいだけのただの令嬢だと思った。
でも接するうちに、あの子の目的が王子にないことに気が付いた。だっていつも視線を感じてみてみれば、王子ではなく私を見ているのだから。
しかも、何かを伝えたがっているような何かを願うような目で。
ダリアは確信した。
マリエラは、娘と偽って王太子妃にさせようとする男爵の目的を叶えるためではなく、むしろそれを阻止しようとしていると。そのために自分に、協力するよう望んでいるのだろうと。
(マリエラがここに来ないのは、もしかしたら行動を監視されているからかもしれないわね。いくら過去を偽装するための証人を用意していても、マリエラが男爵家の娘ではないとバレたら重罪だもの)
ダリアは、自分がここにきたことと話した内容をシスターに固く口止めして、孤児院を後にした。
もし自分がマリエラの素性に気が付いたとなれば、マリエラの身に危険が及ぶかもしれない。それを防ぐためには、男爵にはあくまで悪役令嬢ダリアが、王子に近づくマリエラをけん制しているという構図を作ればいい。
ダリアは、にっこりと微笑みを浮かべた。
(さぁ、マリエラ。今度は、二人きりでお茶会をしましょうか。そうね、お菓子は先日あの子が言っていた通りのものを作りましょうか)
久々に腕を奮える喜びとマリエラの反応を思い、ダリアは心なしか弾んだ足取りで屋敷へと戻るのだった。




