12.王子からの誘い
王宮の一室で、マリエラは王子と向かい合っていた。
先ほど淹れてもらったばかりのお茶からは湯気と香りが立ち昇り、目の前には贅沢なお菓子や軽食などが手つかずのまま並んでいる。
つまり、王子との二人きりの茶会はまだはじまったばかりである。が、マリエラの精神力はすでに限界に達していた。
先ほどから何を話すわけでもなく、王子はもじもじと顔を赤らめながらこちらを見つめるばかり。先日のお茶会のように他に人がいるわけでもなく、鳥の声や葉擦れの音も聞こえず。
ただひたすらに、沈黙と王子の熱い視線だけが突き刺さる。
「あの……殿下。実は私、先日殿下が庭園を案内してくださったお礼にと贈り物を用意してきたのですが」
沈黙に耐えかねて、マリエラは切り出した。
本当なら最適なタイミングを見計らって渡そうと思っていたが、仕方がない。
王子へ用意したのは、濃紺の上品な箱だ。箱にかけた茶のリボンの結び目には、小さな花が挿してある。
刺繍のモチーフには、女性が目上の男性に贈るのにふさわしいとされる一般的なモチーフを選んだ。あとはそこに王子の頭文字を配しただけの、ごくシンプルなものだ。男性が使うものだし、それほど凝ったものでなくても王子は気にしないだろうと踏んでのことだ。
マリエラは頬を赤らめて少しはにかみながら、箱を王子へと手渡した。
「そうか、マリエラが……。開けてもいいか?」
王子の手はすでにリボンに手がかかっていたが、ここは素直に頷いて見せた。
シュルシュルとリボンを解いていく王子の手元を見ながら、マリエラの顔にほんの少し緊張が走る。
いくら針仕事には慣れてはいるとはいっても、本格的な刺繍などはじめてなのだ。上質なものを見慣れているであろう王子が、令嬢らしい出来ではないと気づいたりはしないだろうか。
わずかに緊張でこわばるマリエルを、王子がどこか嬉しそうな顔でちらりと見る。そして中のハンカチを広げ、王子は感嘆の声を上げた。
「おぉ、これは見事だ。とても素晴らしい出来だ。とても美しくできている。……本当だ、マリエラは刺繍が上手なのだな」
そんな心配は、王子に関して言えば無用だったようである。
そもそも、刺繍などといった文化的教養がきちんと身に付いているのかさえも怪しいし。
マリエラは、ほっと胸を撫でおろした。
「喜んでいただけてとても嬉しいです。不器用なので、もし殿下にがっかりされたら、今夜はとても眠れませんでしたわ。これで今夜は、殿下のお顔を思い出しながら、幸せな気持ちで眠りにつくことが出来そうです」
さりげなく両腕で胸をよせて谷間を強調しつつ、王子ににっこりと微笑みを向ける。もちろん、上目遣いも忘れない。
思った通りに王子の視線は、ぱっと胸に集中した。
(面白いくらいに目が行くのね……。まぁいいわ。プレゼント作戦もうまくいったみたいだし、あとは王子にどう切り出すかね)
プレゼントに気をよくしたのか、すっかり上機嫌で何やら話しかけてくる王子を適当にあしらいながら、マリエラは必死にタイミングを図っていた。
今後マリエラが婚約者候補にとの決定が下れば、こんなふうに王子と二人きりで過ごす時間は多くなるだろう。しかし、マリエラは王子の婚約者になりたいわけでも、王太子妃になりたいわけでもないのだ。
マリエラが王子に接近する目的は、ただひとつ。ダリアとお近づきになり、信用を得ることである。その上で男爵の企みを打ち明け、ともに解決のために動いてもらうことなのだ。
つまり、ここにダリアがいなければ何の意味もない。
(王子をうまく丸め込んで、ダリア様にもいつも同席していただくよう仕向けないと。そのためには……)
「あの……!殿下。私殿下にお願いがあるのです。どうか、マリエラのお願いをきいてくださいませ」
うるうると瞳を潤ませて、両手を祈るように胸の前で組み、少し身を乗り出すような体勢で王子を見上げる。
そんな私に、「なんだ?お前の願いならなんでも聞いてやる。何でも言ってみるといい」と王子ががっと私に身を寄せてくる。
「私、私……。男の方と二人きりでお会いするのは慣れていないのです。その……恥ずかしくてどうしたらいいのかわからなくなってしまって。どうか、子どもだとお笑いにならないでくださいね。……ですから、お願いです。殿下とお会いする時には、ここにダリア様も同席するよう取り計らってくださいませ!」
そう懇願してみせる私に、王子ががっくりと肩を落としたのは言うまでもなかった。




