やってみたいこと
「おはよう」
「おはようございます、麗奈さん」
今日も一日が始まる。そろそろ晩秋の空気が濃くなってきて、10月の終わりを感じる。私が生徒会長になってからもう2ヶ月くらいたったのか。私は元から生徒会役員をしていたから、環境がすごく変わったわけじゃなかったけど、やっぱり忙しくはなった。でも、みんなから慕われている今の自分が嫌いなわけじゃない。だから今日も私は、凛とした笑顔で完璧を作り上げる。
「麗奈、おはようございます」
るかが私の隣に並ぶ。私と同じスカート姿。休日の、普段と違うるかを見たせいか、何だか不思議な気持ちになった。艶のある短い黒髪、細く青い目。整った顔立ちが、私を見てふわりとした穏やかな表情を浮かべる。
「おはよう、るか」
私も笑顔を返し、るかと一緒に昇降口を目指す。気が付くと、私たちを取り囲むように生徒たちが集まっていた。一目見ようとつま先を立てている者もいる。囲まれることこそ慣れたが、一番慣れないのは
「るかさんと麗奈さんってやっぱり付き合っているのかな?」
「そうだと思う!距離も近いし、二人とも頭良い同士でとてもお似合いだし」
「るかさん、私達じゃやっぱ釣り合わないし、麗奈さんなら仕方ないかあ」
なんて会話を聞こえるところでされることだ。まあ、本人達は聞こえないと思っているのだろうけれど。私はそれを耳にすることが嫌なわけじゃない。るかとは仲がいいと思っているし、嫌いじゃないし、その、好きだけど。そういう好きって何なのか、私にはよく分からない。だから嫌じゃないけどどう思えばいいか分からないのだ。思えば、初恋すらまだだ。恋愛の話は、聞くばかりで、私の身にも同じようなことが起こるなんて考えたこともない。じゃあ、るかは?るかは今、何を思っているのだろう。ちら、とるかを見るとばっちりと目が合ってしまう。逸らすことも出来なくて、私は苦笑しながら
「今日のロングホームルーム、文化祭の話かな」
とるかに話しかけた。るかは何か言いたそうにしていたが、私の言葉に
「……そろそろそんな時期ですね。麗奈は何かしたいことがあるんですか?」
と聞いてきた。
「んー今年は発表系でしょ?何でも頑張るよ〜!あ、でも去年の先輩の劇かっこよかったなあ」
去年、生徒会長をしていた先輩のクラスの劇が、ロミオとジュリエットだった。先輩がジュリエット役で、衣装も似合っていて、とても綺麗だったのを覚えている。話の最後の結末は、とても悲劇的だ。あの悲しげな姿は、まるでジュリエットその人のようで、すごく心に刻まれた。
「麗奈の演じる姿、見てみたいですね」
「えっ、ほんと?」
「麗奈は演じるのも上手そうですから」
「ええ、絶対るかの方が上手いよ〜」
話していると昇降口に着く。るかと別れた私は、私を待っていた生徒に挨拶をして教室へと歩き出した。
「雪華祭の出し物を決めていきます。何かやりたいものがある人はいますか?」
クラス長も務めている私は教卓の前に立ち、教室を見渡す。副クラス長が黒板に文字を書く間に、目の前にある文化祭の要項がまとめられた紙を見る。文化祭である雪華祭の今年のテーマは、『尊いもの』。2年生は、体育館での発表が主な出し物だ。ちなみに1年生は教室での出し物、3年生は出店となっている。また、部活や委員会などそれぞれで、出し物をすることも可能だ。
「はい!」
勢いよく手を挙げたのは、私と一緒のグループの生徒の一人、優美だ。イベントごとや、楽しいことが大好きで、行動力のある彼女は、目をキラキラさせながら
「ダンスがやりたいです!」
と言った。そういえば優美はダンススクールに通っていて、とても踊るのが上手いと聞いたことがある。勉強も教えるのが上手いし、尊敬している。
「ダンスですね。他にやりたいことがある人はいますか?」
「はい」
次に手を挙げたのは、氷山さん。
「私は、合唱がやりたいです。」
氷山さんは美化委員を務めていて、いつも最後まで教室や廊下の掃除をしていて、本人もすごく綺麗な人だ。合唱は、1年の時にコンクールがあったけど、氷山さんのクラスが優勝したって聞いたな。あ、氷山さんとはるかも一緒だった気がする。歌が得意同士、いいチームワークだったんだろうな。
「合唱ですね。候補に入れます」
黒板に書く音が響く。ロングホームルームの終わりの時間が近付く。
「他にはいませんか?」
教室を見渡す。誰も手を上げない。
「それでは……」
私が切り上げようとした時、おずおずという感じで手を挙げる生徒山崎さんと、それを応援する生徒達が目に入った。
「はい、山崎さん」
私が名前を呼ぶと、彼女は少しだけ震える口で
「劇が……劇がやりたいです!」
と言った。あまり目立たなく、静かに本を読んでいることが多い山崎さんがそう言ったことにみんな驚いているようだった。
「劇ですね。わかりました。もういませんか?……ではこの3つの候補の中から、多数決で決めていこうと思いますが、大丈夫ですか?」
前に座っている生徒達がはーい、とまばらに声をあげる。黒板に書かれたのは、ダンス、合唱、劇。どれもこの学校の文化祭では、毎年披露されている王道の出し物達だ。だからイメージはつきやすい。
「では、ダンスがいい人、手を挙げてください」
どれになっても頑張ろうと思うのだけど、私も選ばなくてはならない。
「はい、それでは、合唱がいい人手を挙げてください」
どれも、やってみたいことではあるし、きっと盛り上がるだろう。このクラスの団結力はすごいし、もしかしたら雪華賞(いちばん盛り上がったクラスに与えられる賞)をとれるかもしれない。私は、何でも頑張るつもりだけど、一番やってみたいのは──。
「劇がいい人手を挙げてください」
私が挙げた手を入れて18。正の字が書かれる。一目瞭然。決まったのは、劇だ。山崎さんがとても嬉しそうにしている。演じることって興味があるし、るかも見たいって言っていたし……ね。劇なんて、幼稚園以来だけれど。
「多数決により、2年1組の出し物は、劇ということで決定します。次の会では、劇の内容とそれぞれの役割を考えていこうと思います。よろしくお願いします」
言い終わったと同時にチャイムが鳴る。
「劇だって、楽しみ!」
「どんなお話をやるんだろう?」
口々に会話が聞こえてくる。どれも明るい内容だ。
「正座、礼」
ロングホームルームが終わると、優美が駆け寄ってきた。
「お疲れ様、麗奈。ダンスは選ばれなかったけど、劇も楽しみ!」
「良かった、いいものになるように頑張ろうね!」
帰りのホームルームで、国語のテストが配られる。100点。うん、やっぱり登場人物の心を読み取る力はあるみたい。ならきっと劇も大丈夫。私、文字から気持ちを読み取るのも、作り物の表情を貼り付けるのも得意だし。
「るかー!お疲れ様!文化祭、劇になったよ〜!」
生徒会室を開けて、私がるかに飛びつくと、優しくそれを剥がしながら
「麗奈、お疲れ様です。そうなんですか。いいですね、劇」
とるかは微笑んだ。
「るかが見たいって言ってくれたし、私もやってみたいと思ったから!るかは何になったのー?」
「合唱を、ステージライトや、プロジェクターを使ってやることになりました。一風変わったものになる予定ですよ」
「へー!すごい!楽しみ。るかのクラスに負けないように、私たちも頑張らなくっちゃ」
私がふんっと、頑張るポーズをすると、
「頑張りすぎも注意ですからね、麗奈」
とるかは私の頭に手を置いた。私より少しだけ高い背が私の目線に合うように屈まれる。
「……頑張りすぎて、なんか、ないよ」
私はるかの視線から目をそらす。しかし、るかは私を逃がさないように、顔を近付けた。
「……私なんかが、こんなことを言うのはあれですけど、麗奈はすごいですよ。疲れたら休むのは必要なことですからね」
急な接近に、私の心臓が跳ねる。
「ば、ばばば、え、あ、やすむ!」
離れようとして、足が絡まる。慌てて体制を直そうとしたせいでバランスが崩れて、ぽす、とるかの胸に飛び込んでしまう。
「ふ、ほが」
急なことに、私は頭が回らなくなる。いい匂い。柔らかい……。ずっとこうしていたい。ここは現実じゃないのかもしれない。それか、私の追い求めたこの世界ではない場所……?
「麗奈。麗奈……?」
るかが私を呼んでいる。でも、まだもうちょっとこのままでいたい。
「よしよし、お疲れ様です」
るかの手が私の頭を撫でる。しばらくそうしていて、私ははっと今の状況を理解してしまった。
「……!?!」
私は急いでるかから離れる。顔は真っ赤だ。
「ご、ごめん!?うん、休む、休むね、でもまだ月曜日だからね!!?」
そう言って、私は焦りながら笑って誤魔化した。るかは自分の胸辺りを撫でて変な顔をしていた。
「いつまでいちゃついてるのー?」
いつの間にか部屋に入ってきた書記と生徒会役員の1年生がこちらを見ている。もう慣れた、みたいな顔で
「そういえばるかさん麗奈さーん、私のクラス、動画発表になったんですよ〜」
と話を変えてきた。私は
「動画発表?って何するの?教えて!」
と書記のほうに行く。るかからさっと離れたのは、さっきまでのことを無かったことにできると思ったからで。いや、違うな。早く脈打っている鼓動を、誰にも見せたことの無い表情を、気づかれてしまう前に、離れなくちゃ、と心が警告したからだ。残されたるかは、まだ胸元に手を置いて、少しだけ頬を赤らめていた。




