知りたいI
「……るかと遊びに行きたい!」
唐突に思い立った。るかのこと何も知らないと思い知らされてから、私は考えていた。このままではるかは私の話を聞いてくれなくなるんじゃないかと。それは困る。私が目論んでいる計画の話や考えていること、それを話せるのはるかしかいないから。
「唐突ですね……。遊びにってどこへ?」
金曜日の放課後、二人きりの生徒会室で、私はるかに向かい合って思い立った言葉を放った。るかはちょっと吃驚した顔をしたけど、頬を緩めて私を見る。
「え、えっと、それはまだ考えてなくて。あっ、駅前のショッピングモールとかどうかな?最近改装されて色々増えたみたいだし……」
「いいですね、たまには勉強の息抜きも必要ですもんね」
「いいの?!るか、習い事とかギッシリ詰まってるんじゃないの?」
すんなりとした承諾に、私は目を丸くする。
「大丈夫ですよ。そんなハードスケジュールじゃありませんし、私にも休息日くらいあります」
「ごめんね、折角休める時に誘っちゃって」
「とんでもない。私は嬉しいですよ」
そう言ってるかはにこりと笑った。夕焼けのオレンジが暮れて徐々に暗がりになっていく。
「じゃあ、明日十時に駅前集合でいいかな?」
「はい。楽しみにしています。そろそろ暗くなってきましたし、帰りましょうか」
校門を出る辺りで、るかに電話がかかってくる。
るかは表情を作り、まるで会社で取引先と話しているような口調で会話していた。でも、話の内容で何となく分かる。
「はい、そうしておきます。ありがとうございます。大丈夫です。」
今話しているのは──。
「分かりました。お母さん、それでは失礼します」
るかはスマホをしまい、私に向き直る。
「すみません、普段はこんな時間にかけてこないんですけどね。帰りが遅いって、普段家にいない人が言うんですね……」
るかの家族の話。初めて聞く話だ。私は何か言おうと口を動かしたが、上手く言葉にならない。暮れた空の下で沈黙が訪れる。しかしカラスが鳴く声でそれは打ち破られた。校門を出て、
「それでは、また明日」
と優しく微笑むるかに
「うん、また明日!」
私は満面の笑みを返す。明日はきっと、るかのことたくさん知れるはずなんだ。
「ちょっと早く着いちゃった……」
私はスマホの通知欄を見る。何も来ていない。まだるかは着いていないようだ。手ぐしで前髪を整える。今日の服装は私が普段休みの日に着る服の中で、一番フリフリしてないやつ。これ以外はちょっと、初めて見せる私服にする勇気がなかっま。お店のショーウィンドウに映る私は、きっと今日も完璧で。髪の毛も綺麗に巻けたし、メイクもばっちりなはず。私はるんるん気分でるかを待っていた。
「お姉さん、一人?」
目の前にいきなり現れた男の人が、私に話しかける。
「えっと……」
私は咄嗟に返事ができなくて口ごもる。
「彼氏待ち?」
「か、かれしじゃないです」
「ふうん、ならさ、俺と遊びに行かない?何でも奢るよ」
「いえ……あの、そういうのは」
男の人は私に近付いて、
「この服、高いブランドのだよね。こういうの好き?俺なら買ってあげれるよ」
「あの……本当に、大丈夫です」
「えー、折角だし、お茶だけでもどう?」
「俺の彼女に何してるんですか?」
突然低い声が響いた。爽やかなカッターシャツに、黒のズボン。金色の装飾が付いたベルト。つやつやの黒い革靴。学校で纏うミステリアスな雰囲気ではなく、感情を顕にできる一少女の、きっと自分の好きが詰まっている。
「るか!」
私が名前を呼ぶと、るかは
「お待たせしてすみません」
と優しく笑った。
「は?お前も女だろ、何言ってんの」
男の人が、苛立ったようにるかを睨む。
「女だったら、ダメなんですか?」
るかも睨み返し、男の人は「意味わかんねぇ」と言ってどこかへ消えていった。
「るか〜、ありがとう!私、上手くかわせなくて」
「麗奈は可愛いんですから、気を付けないとダメですよ」
「へっ、可愛い……?!」
ふ、服装のことかな?髪型のことかな?それとも、メイクかな?なんにせよ褒められた…!
「ありがとう!るかも今日もかっこいい!お洒落だし、るからしい服だと思う!」
「ありがとうございます。この服は、お気に入りなので」
そう言って少しはにかんだように笑うるか。そんな顔もするんだ……!と私はじっと見てしまう。
「……えっと、行きましょうか」
「うん!」
二人並んで道を歩きながら、ようやく冷静になった頭でさっきのるかの発言を思い出した。
『俺の彼女に何してるんですか?』
『女だったら、ダメなんですか?』
私はその言葉の意味を理解して、不思議な感情に襲われた。るかは平然とした表情で私の隣を歩いている。そうだよ、るかは誰に対しても王子様で、困っていたのが今日たまたま私だっただけ。
「ねえ、るか、俺ってもう一回言ってよ」
「はあ……?絶対嫌ですね。というか、さっきの発言は忘れてください」
やっぱり、るかのあの発言は、私を守るための王子様ムーブだよね。
ショッピングモールの中は人で賑わっていて、がやがやとしていた。私は改装されてから一回も来たことがなかったため、あまりの人の多さに吃驚してしまった。
「まずはどこに行きますか?」
「えっと……館内マップ見たら、ドール売り場がすぐそこにあるみたい。行ってみたい」
「わかりました、行ってみましょう」
化粧品と文房具売り場を抜けて、おもちゃ売り場に着く。そこは広くて様々なおもちゃやパズル、人形なんかが置いてある。
「わあ、すごい、これ、動いてるよ」
「3Dパズルですか。すごく細かい造りですね」
「私、こういう船に乗って旅をしてみたいな。ほら、願いが叶う財宝探しの旅みたいな!夢があるよね!」
私がそう言って、パズルの見本に目を輝かせていると、るかは
「私もこういうの部屋に置いておきたいかもですね」
と言って緻密な造りの模型を指さした。
「それは……何?」
「歯車でしょうね。音楽もなく、ただ動くだけの精密なからくり。うちの母はこういう、同じ動きをする物が好きなので」
「へえ……、じゃなくて、るかはこういうの好きなの?」
「……私ですか?私は……、分かりません」
そう言ってるかはただ動き続ける歯車を見ている。
「じゃあ、あっち行ってみよ!」
私たちは人形とドールコーナーに入る。そこは最近流行っているらしいブラインドドールや、ぬいぐるみなど沢山の人形が売られている。
「わあ、これ髪の毛あるよ」
デフォルメの可愛いものから、髪の毛が一本一本あるリアル調のものまでたくさんの人形がある。
「これとか、可愛い!」
中世ヨーロッパのドレスのような衣装を身にまとったドールを見つけ、私はテンションがあがる。
「もしね、流行りの転生物みたいに、貴族の時代に行ったら着てみたいんだよね、こういうの」
「この人形、少し、麗奈に似ていますね」
「ん〜〜、たしかに?髪色とか?ちょっと気に入っちゃったなあ」
私は名残惜しそうにそのドールから離れ、いつのまにか消えていたるかを探す。今にも動き出しそうなリアルな人形のガラスのような目に、私が映る。
「一緒だね」
見ているだけで、何も出来ない。だからみんな人形が好きなのかな。何も言わない、しない、嫌わないから、一方的に愛して、嫌って、捨てられる。自分勝手なことが許される。最近はみんな推し活とかって、人形を連れ出してるけど、飽きたらそんなことしなくなるんでしょう?人間の本質なんてそんなものだ。私は、人形を買えないな。いつか捨ててしまう未来が見えるから。
るかは、糸で吊られた人形の前で立ち尽くしていた。




