日常は何色?Ⅱ
「るかさんって王子様みたいだよね〜」
「わかる!いつもクールで、困ってる人に優しいし、何よりかっこいい!」
きゃっきゃと騒ぎながら廊下を歩く生徒を横目に、私は生徒会室に向かう。明日から始まるあいさつ運動のプラカード、ポスターなんかの準備をするためだ。生徒会室につくと、書記と会計がお弁当を食べていた。
「あっ…、ごめんなさ〜い!すぐ片すんで!」
「…いいよ。ゆっくり食べて」
私は苦笑いして、自分の席に着く。用意していたA3の紙に薄い字で大きく、『あいさつ運動』と書かれている。この字を書いたのは昨日の私だ。るかが私の字の綺麗さを推してくれて、ポスターの字を任されることになった。でも、POPのようなものは書いたことがないため、幅を太くしていくのは難しそう。スマホで調べてみると、先に細く書いてから太くする方がいいらしい。
「よし、やってみるか」
私はマーカーペンをゆっくりと動かした。二文字目まで細くなぞれた時、るかが部屋に入ってくる。
「すみません、遅くなりました」
私はペンを置いて問いかけた。
「珍しいね、何かあったの?」
「一年生が私の担任を探していたので、居そうな場所を教えていました」
「あ〜、るかの担任の先生ってよく音楽室にいるんだっけ」
「美術室なこともあります。人が来ない場所で小説読んでいるんですよ」
「それっていいのかな…、事前に授業の準備とか全部終わらせてる完璧超人なのかな」
「あの人に限ってそれはないでしょうね」
そんな会話をして、私はまた手元に集中する。なかなかに線を引く塩梅が難しい。これは字の技術より、器用さが問われそうだ。そして二十分くらい経ち、なんとかポスターの文字が完成したのだった。
「できた……」
汗を拭うようにしてため息を着いた私にるかが
「やはり会長に任せて正解だったようですね。とても綺麗ですよ」
と言いながら持っていた袋からパインの飴を出して渡してきた。
「ありがとう。るかに期待されたら頑張っちゃうよね」
「会長はいつも頑張ってますよ」
「あはは、ありがとう」
「持ち前の器用さがあるんでしょうね。会長ならできそう、を必ず達成してしまう。でもそこに多大な努力があることを知っている者は少ない」
私はその言葉にちょっと照れてしまう。それとは別に込み上げてきた感情も打ち消すように笑った。
「大袈裟だな。私だって努力で何でもできる訳じゃないよ」
「私には会長は、完璧超人に見えるけどね〜」
「何でもできて、優しくて、間違わない、聖人君子のようだ……、眩しい!」
書記と会計の二人が、そう言いながらスティック菓子を食べている。室内にポリポリという音が響いている。
「……私は、そんな人間じゃ…」
「まあ会長も、人間ですからね。でも不完全な部分が見えないって話で……あ、それ私も好きなお菓子です。貰っても?」
るかがそう言って、二人からスティック菓子を貰っている。
「え、るか、それ好きなの?私も欲しい!」
私がそう言うと二人は驚いた顔をして、
「もちろん!」
と笑った。
「あ、予鈴。あとの作業は放課後しましょう」
「そうだね!あ、二人とも、散らかしたの片してから行ってよ!」
字を綺麗に書くために、何回も何回も練習して、習字に通って、ペン習字も習ったことを思い出した。私のできる、は全部努力の上にあって、つまり努力すれば大抵のことはできて。それは才能なのかもしれないけど。私にその才能がなくなったらみんな離れていくんだろうか。
「え〜では、蘭さん、ここの英文読んでください」
「はい」
英文をスラスラと読む。しっかり予習していたから、このページに分からないところはない。拍手が贈られる。私は今努力が苦なわけではない。私が私としているために必要なもので。でも、この瞬間にも、世界を大きな怪獣が蹂躙して、窓を割ってみんなを倒しちゃって私だけに特別な力で助かる…みたいな出来事を想像してしまう。この世界が変わってくれたら楽なのにな。なんて考えても仕方ないけど。私のこの感覚は、今のまま続いていく変わり映えのない日常でかき消せるものじゃないから。
生徒会での活動が終わって、今日もるかと一緒に校舎を出る。
「るか、そういえばね!八月に魔法使いが天から降りてきて、この世界を全部変えちゃうっていう小説を呼んだの」
「びっくりした……小説の話ですか」
「私も、魔法使いになろうかな?そうしたら、私の世界もっとキラキラでふわふわするかもしれないよね?」
「魔法使い……ですか」
呆れた表情のるかに私は続ける。
「勉強してる異世界への行き方に、魔法使いに頼むっていうのもあってね!魔法使いって何処にいるかなー?やっぱオーソドックスなら森?」
「……貴女、頭良いんでしたよね」
「そ、それは冗談だよ。でも、異世界には魔法あるかもしれないでしょ?だからさ、もっともっと勉強するんだ!絶対方法はあるんだよ!こないだ宇宙人はいるって証明されたし、UFOもあるんだよ!だったら、転生方法だってあるはず!」
私の無茶苦茶な理屈に、るかは困ったように笑うだけだ。まあ、宇宙人の話で証明されたのは、生命が他の星にもいることだけだから、不可思議とまではいかないけど。
「地球外生命体が攻めてくるとか、地球が息できなくなるとか、そんな非日常が訪れる可能性もなくはないけど……待ってられないの」
「息できなくなってもいいんですか……?」
「え?そうしたら、人類はいなくなって環境が良くなるじゃない。るかも前言っていたでしょ」
その言葉にるかが変な顔をする。
「麗奈は、自分が異世界に行けたらいいんじゃないんですか?信じてるんですよね?それじゃ……」
「……終わるなら、終わりでいいのよ。前から話してなかった?私は別にこの身体と生命に頓着はないの。それより、生まれ変わったら異世界かもでしょ!」
楽しそうに話す私に、るかは足を止めてしまう。私はそれに気付いて、数歩先からるかのほうへ戻る。
「どうしたの?るか」
「麗奈って不思議ですね」
「え?」
「……面白いことを考えるなあって。私はずっと好きですよ、麗奈の考え方。きっと常人にはない発想でしょうから」
そう言ってるかは歩き出す。
「じゃあ、手伝ってよ、私の異世界計画!」
「嫌です、成果だけ教えてください」
それが叶うより先に──というるかの言葉は飲み込まれて、
「明日早いので、今日は早く寝るんですよ」
という、分かれ道での言葉になった。私は「なんで手伝ってくれないのさ、るかの頭があればもっと簡単に見つかるかもなのに〜」とぶつぶつ言っていたが、切り替えてるかに手を振った。明日は朝からあいさつ運動。いつもより早く学校に来ないといけない。今日は予習して、ちょっとだけ本を読んで寝ようかな。




