日常は何色?I
私の朝は、飼っている鳥の鳴き声から始まる。お腹が空いて鳴くのだ。
「…んん、おはよう。空」
コザクラインコの空。私が小学生の頃から飼っている。私を毎朝起こしてくれて、ずっと一緒に生きてきた大好きな家族だ。
「今餌あげるからね。と……、減ってきたな、そろそろ買いに行かなきゃだ」
私は餌を器に入れて空にあげる。その間に私は制服に着替える。制服は黒いセーラーに白の線というシンプルなデザインだが、由緒正しきお嬢様校の制服として知れ渡っている。そんな私が通うのは私立六花高校。都内にある、偏差値が高く、かなり昔からある名の知れた女子高だ。ここに入るために県外から血のにじむ努力をしてきた者も多い。私は地頭が良くなかったためここへ入るために、毎日朝四時起きで勉強して、塾にも夜の十時まで通った。まあ、それくらいすごいとされる高校だ。制服を着て街を歩いて感じるのは、羨むような目。最初は心地良かった。私は人生に勝ったのだと思えた。でも、次第に私の取りこぼしてきたものが浮き彫りになっていくのを感じた。
「……今日も、頑張らなきゃ」
例え、本当は手に何も無かったとしても、私は生徒会長でみんなの憧れで、お父さんお母さんの自慢の娘。
「おはよう!」
そう言って制服のスカートを翻す。今日のご飯はチーズトースト。いい匂いだ。それを口にすれば、今日を頑張れるエネルギーはきっとチャージされた。今日は、きっと、この感情は誰にも知られなくていい。
「おはようございます、麗奈さん」
「おはよう。今日も良い天気ね」
私が登校すると、私と話したい生徒や生徒会に憧れている生徒に取り囲まれる。笑顔で対応しながら昇降口までの道を歩いていると、
「今日も綺麗……かっこいい……」
「やっぱりオーラが違うよね」
少し離れた場所で眺めている一年生の声が聞こえてきた。目が合い、私は優しく微笑む。すると二人は目がハートになったように撃ち抜かれた表情をした。るか曰く私のファンには中には推し、というアイドルを応援するような目で見ている者もいるらしい。私は勉強以外の何かを好きになったことが全然ないからその思考は分からないのだけど、特別視してくれているのなら気を引き締めよう、頑張ろうという気が湧いてくる。
「おはようございます、会長」
「おはよう、るか」
生徒がるかに気付いて避けていく。隣には時間がまだあるのに息を切らしているるかが並ぶ。
「貴女が来たから、みんな避けちゃったね」
「あれ……。もしかして悪いことしましたか?」
「ふふ、るかが私の傍にいたいなら、仕方ないね」
私が冗談めかして言うと、
「傍にいたいですよ」
と真剣な顔で返された。るかは本当に私のことが好きだなあ。嬉しいけど、生徒がいる前でそういう言葉をはっきり言われると困ってしまう。みんな、るかと私が付き合ってると勘違いしているんだよね。前に偶然噂されていたのを聞いてしまって。女同士、とかいうのは別に気にしないけど、私はるかと釣り合う存在じゃない。るかが純粋無垢な王子だとしたら、私はきっと。
「……会長、黙ってどうしたんですか?また何か考えて──」
「え?いや、なんでもないよ!」
私はばっと表情を作り直し、るかに向き合った。るかは不思議そうな表情をして私の顔を見つめる。るかは私の気持ちを見通してそうで怖い。昇降口で別れるまで私たちは他愛のない話をして、いつものように笑い合った。
努力は欠かせないけど楽しい毎日だと思う。クラスでは、私を信頼してくれる友人がいるし、生徒会メンバーからも頼られているし、るかは私を認めてくれている。今日だってこれから生徒会室を開けて、みんなで話し合って、終わりがけにはるかと二人で残って、るかが興味深い話を持ってきて笑って話す。それが良いのだろう。みんなの憧れの日常のループ。正しい形。私がなりたかった私。でもこの生活では胸にぽっかり空いた何かは埋められない。何が足りないのかは分からない。私が空虚になってしまう原因は何?こんな世界と思ってしまう理由は何?どうしたらそれを解決できるの?私は毎日本気で勉強しているから、それなりの知識はあるはずだ。それでも分からない。この世界で、私が満たされる方法。退廃して褪せた世界に色が付くような未知のこと。
「……やっぱり、別の世界に行くしかないの」
誰もいないのを確認してバルコニーで下を見つめながら、私はそう呟いた。
「やり方は、分からないけど、どうにか行ける方法があるはずなんだ」
私は沈みゆく夕日を手で隠しながら
「たとえ暗闇でも、この世界よりはずっと…」
「教科書に乗ってないこと、学生が試しちゃダメですよ」
「わっ!?」
振り向くと、また扉が開いて、るかが立っていた。
「き、聞いてた?!」
「……最後の方だけ。今日は貴女の見せかけのオーラがいつもより生に満ち溢れてるように感じたので、不安だったんですよ。何かありましたか?」
その言葉に驚く。なんだ、バレてたのか。
「ううん……。私の生活って、きっとみんなが羨むものに違いないと思う。大変だけど、楽しいはずなの。それなのに、私はこの世界が嫌いで、この日々から抜け出したい。私ってやっぱり最低な人間なんだよ」
「最低なんかじゃありませんよ。麗奈は麗奈で、どんな感情を持っていても、綺麗なままです。少なくとも私の前では、麗奈にはありのままでいてほしい。無理なんかせずに」
「あはは、るかの前ではやっぱり無理できないや……」
私はそう言って、ゆるく笑った。
「私ね、本気なんだよ。本気で、違う世界に行けると思ってる。そのために今勉強してるんだ、夜の時間使って」
「何の、勉強を?」
「え、なんか魔法陣とか、呪文とか…」
「はあ……。貴女は。そこに書かれていたら何でもするつもりなんですか」
「そうだよ!試してみなきゃ始まらないからね」
そう言って私は夕日を指さした。
「こういう時間、オウマガドキって言ってね、魔物が出やすい時間なんだよ!連れてってくれないかなあ」
「貴女の望む世界じゃないかもしれないですよ」
「そしたらさ、るかが助けに来てよ」
冗談のつもりで、私は軽くそう言った。
「……私は」
るかは少し表情を曇らせて
「そうですね。でも、確証が持てるまでは実行しないでくださいね。貴女もそこまで愚かではないでしょう」
「ふふ、そうだね。早く勉強しなきゃ」
るかが噛み潰した言葉を、全く知らない私はバルコニーから出て、帰り支度を始める。るかは私を追いかけるように、一緒に生徒会室を出た。




