厭世少女は夢を見る
「会長、またこんなところに立って。……自滅願望もいい加減にしたらどうです?」
その声に私は振り向く。私がいたのは、生徒会室のバルコニー。扉を開けて、ここに入ってきたのは白瑪 るか。生徒会の副会長。黒髪のショートカットに、細く青い目のぱっと見たら男性生徒に見間違われるほどのボーイッシュな見た目をしている、私と同じ二年生だ。
「……あら王子、来たんだね」
「……気が付かないほど何かを真剣に見ていたんですか?」
「ううん、考え事してたの」
私はるかから目線を離し、また手すり側に向き直って空を眺める。
「私がいなくなったら、みんな悲しむかな、みたいな」
手を伸ばして、掴めない空を掴もうとしてみる。夕焼けの少し眩しい光だけ、手の中に入って、そして開いても何にもない。そんなものだ。私にはなんにも掴めない。そんな意味のない行為をしている私にるかはため息をついた。
「つまらないこと考えてないで、帰りますよ」
「あー!つまんないって言った!王子はどうなの!?私が──」
拗ねたように頬を膨らませた私にるかはぐっと近付き、耳に口元を寄せた。
「聞くほど不安ですか。私が貴女に思っていること。あと王子って呼ぶのやめてって言いましたよね」
耳元でそう囁かれて、ゾワゾワとした感覚に驚きながら、いつも通りのその言葉に私は安堵した。るかはまだ離れようとしない。パーソナルスペースに思いっきり入ってくるるかに不思議と嫌だとは思わなかった。
「……近いね、るか」
「あなたのファンに怒られるでしょうか」
「そっちのほうこそ」
十秒くらい、至近距離で無言の時間が続いたが、私がなんだか照れてしまい、
「帰る!帰ろう!」
とばたばたとバルコニーから生徒会室に戻る。
「あれ?カバンがない!」
「ありますよ。私が持ってます」
後から入ってきたるかの肩にはカバンがふたつかけられていた。
「気づかなかった…、ごめんありがと、帰ろ」
十八時三十分。私たちは生徒会室を後にする。部活終わりの生徒に挨拶しながら、この小さな箱庭から出ていくのだった。
蘭 麗奈
それが私の名前。机で資料を整理していると、私の名前の書かれた紙が出てきた。これは、今年の生徒会のメンバーが書かれた紙。私の名前は生徒会長の欄にある。
「私は、会長だから、しっかりしないと」
手鏡を見る。綺麗に整えられた真っ白の長い髪、上がっているまつ毛、母親譲りの大きな赤茶の目。うん、大丈夫だ。生徒の代表として、模範になる私でいないといけない。それは私が選んだ道であり、私が私を知る手段。何にもなかった私が、本気で頑張って憧れられるような存在になった。だからこの地位は譲れない。私である証明。それなのに。なんでこんなに空虚なんだろう。この場所すら小さな玩具工場で、出荷されてしまえばみんな同じ形で同じことをするだけ。ここでの何もかもに意味なんかなく感じる。個性や特徴は剥いだもの勝ち。上に行けば行くほど押し潰されて。人間の生活なんて地球から見たら害悪でしかないのに、生きるために自己すらも失ってしまう世の中に私は飽き飽きしていた。
「顔が強張ってますよ、会長」
「わっ、びっくりしたあ、るかか。今日頼まれていた資料整理終わったよ」
「早いですね。……また考え事していたんですか?」
るかは資料をパラパラと捲りながらそう聞いてくる。
「……まあね。るか、道徳の授業ってあるじゃない。人の心の勉強とか。……それ以前に人間って、必要なんだと思う?」
「またそんな話ですか。……人間。地球で考えたら、いないほうが自然環境は良くなるでしょうね。でも、それだけじゃないんでしょう?」
「うん。人間ってひかれた輪の上をくるくる回る動く玩具みたいだと思わない?人間の存在なんて、ただ増えて減るだけなのに、なんでいるのかなって」
「意味は無いと思いますよ。意味がないから、みんな自分なりの意味を見つけるために生きてるんじゃないですか。そんなこと、考えない人もいると思いますが」
パサ、と書類を置いて、こちらの顔を見るるか。
「私はきっと、このまま、国立の良い大学に行けると思う。そして、まともな大人になって、社会に適応できるんだろうね」
「会長」
「そうしたら、こんなこと考えることさえ、できなくなるのかな」
「……会長は、考えることが得意ですね。国語、優秀だと聞きました。でも、先のことの考えすぎも良くないんじゃないですか」
るかはそう言って私を壁に追いやる。またパーソナルスペースが侵されていく。
「今は私と……」
「だからループから逃れることを考えるの」
私はそう言って笑った。
「え」
「別の世界に行けたらって。この地球じゃなくなれば、みんな幸せで平和に暮らせるかもしれないでしょう?問題視されている貧困も、犯罪も、暴力もない世界。そんな世界があるなら──」
「夢見がちなお姫様だ。麗奈は」
るかはそう言って寂しげに笑った。私はるかが否定しなかったことが嬉しかった。るかもきっと、こんな世界嫌いなんだ。一緒なんだ。だからそばにいてくれるんだ。
「るかも一緒に行こうよ、新しい世界」
るかは私の顔に顔を近づけた。
「貴女の退廃した思考を私が変えてみせます」
私はその言葉と行動が理解できなかった。その唇が、私の唇にあと二センチで触れそうになった瞬間、
「たのもーー!!」
ドアがバン!と空いて書記と会計が入ってきた。
私はびっくりしすぎて転びそうになる。るかが支えてくれたけど、その手を払ってしまった。私たちがいた所はたまたま、部屋の構造上扉からは見えなくなっていたから良かったけど、るかは一体何を考えて…?




