七匹の子山羊 4
本作はえきちー(@EkitaiT)の名前で、カクヨムにも掲載しております。
勇人が死んだ。
続くように正吾、大介も死んだ。
みんな神無中学の生徒だった。次は誰が狙われるのか、生徒たちは怯えた。学校側も生徒たちに配慮して休校になったが、その休みは2日で終わり、3日目からはいつも通りに戻った。
でも俺は、体調不良を理由に3日目も休んだ。
親は亡くなった勇人たちと俺が仲が良かったのを知っていたから、休みを許可して学校に連絡を入れてくれた。
「俊、食べれるようだったら、お昼はちゃんと食べてね」
うちは親が共働きだ。
朝早く父親が仕事へ行った後、しばらくして俺の部屋の前で声をかけた母親も仕事のため家を出た。
閉じられたカーテン越しに差し込む陽の光が、電気を点けていない部屋を中途半端に薄暗い部屋にしている。その中で俺は、パジャマ代わりの学校のジャージを着たままベッドに仰向けになり、ぼんやりと天井を眺めていた。
勇人たちとは小学校からの付き合いだった。
みんなノリのいいお調子者で、気が合った俺も皆とつるむことが多くなった。中学に上がってからも関係は続き、小学校のときと変わらず、勢いとノリで学校生活を楽しんでいた。
だが、こんなことになるなんて思っていなかった。
勇人、正吾、大介。
神無中学に通う3人が立て続けに何者かに殺され、次は誰が襲われるのかと生徒たちが戦々恐々としている。犯人は誰なんだと、警察も躍起になって探している。
でも、犯人なんてわかりきっている。
それは、俺と同じクラスの地味で目立たないやつ。
浜中健斗。
そして次に襲われるのは、彼をいじめていた俺たちの、残り4人のうちの誰かだ。
そう、俺たちはいじめをしていた。
最初はからかう程度のいじりだった。でも、いじりでは終わらなかった。
行為は徐々にエスカレートする。いじりはいつの間にか、いじめになっていた。
鞄の中に水を入れて教科書やノートを駄目にしたり、靴や体操服をゴミ箱に捨てたりした。浜中も誰がやっていたかはわかっていたはずだ。けれども、何をされても文句の一つも言わず、抵抗らしい抵抗もしてこなかった。
唯一、汚物を見る様な目で俺たちを見てくる以外には。
その小さな反抗が勇人たちの神経を逆撫でにした。そしてとうとう、手を出してしまった。
人気のないところへ浜中を連れて行き、殴り、蹴り、踏みつけた。さらには財布から金まで抜き取った。
それはもういじめではなく、傷害と強盗だった。
やりすぎだと思った。でも注意はできなかった。下手に何かを言って自分が次の標的にされるのは嫌だった。浜中は腕や脚に痣ができるぐらいには痛めつけられていたが、変わらずに同じ目で俺たちを見るだけだった。
そんなことを続けていたある日。
授業中に浜中が無言で席を立つと、閉じられていた教室の窓を開けた。先生や何人かのクラスメイトが無言でその姿を目で追ったが、換気でもしたいのだろう、ぐらいにしか思わなかったはずだ。
だが、浜中は席へ戻らず、開けた窓に背を向けて教室の方を向くと、開けた窓のサッシに腰掛けた。このとき、すでに教室内の全員が浜中を見ていた。
教師が異変に気付き、声を掛けようとしたその直前。
無表情の浜中は上体を後ろに倒し、そのまま虚空へ落ちた。
どちゃ、という汁気を感じさせる湿った音と、硬いものがぶつかって何かが折れる音が、同時に教室内に聞こえた。
あまりにも自然な行動に、誰も動けなかった。
しかしすぐに悲鳴が上がり、先生やクラスメイトの何人かが窓の下を覗き込んだ。
俺も覗き込んだ一人だった。
見たのは、頭部から徐々に広がっていく血溜まり。身体は仰向けになっているが、しかし手足、そして首が変な方向に曲がり、虚ろに開かれた目は皆が顔を出している教室に向けられていた。
目が合った。
悲鳴と騒めき、混乱が広がる教室内で、倒れて身じろぎ一つしない浜中を見た俺は、あいつのガラス玉のようになってしまった目に、見られた気がした。
浜中は奇跡的に一命を取り留めたが、意識不明の状態らしい。
だがこの事件のから数日後、勇人が死んだのだ。
これは浜中の呪いだ。
あいつをいじめていた人間を全員殺すまで止まらない“呪い”だ。
「くそっ…!」
俺は浜中を殴っても蹴っても、金を奪ってもいない。ただあのグループにいて、少しいじった程度だ。殺される筋合いなんてない。
ぶぅん
薄暗い部屋で苛立ちを募らせていると、枕元に置いていたスマホが震えた。
手に取って見てみると、辰己からのSNSのDM通知だった。
『はなしたいことがある。うちにいってもいいか?』
辰己も浜中をいじめていたメンバーの一人だ。
「俺みたいに休んでいるのか?」
そもそもあいつの口からうちに来たいだなんて、初めて聞いた。俺と同じく浜中の呪いだと思って不安にでもなっているのだろうか?
『どうした? てか学校休んだのか?』
『やすんだ。うちにいってもいいか?』
返信がすぐに返ってきた。
文章も少し変だが、そんなに焦っているのか。
『いいよ』
『ついたらまたれんらくする』
一体どんな話だろうか。
スマホを置いて考えていると、再びスマホが震えた。
『ついた。とびらをあけてくれ』
「もう着いたのかよ……5分も経ってねぇじゃん……」
『とびらをあけてくれ』
「しつけぇな……」
『わかったから待ってろ』
俺は身体を起こしてベッドから下りると、部屋を出て玄関へ向った。
玄関の鍵を開け、扉を開く。
「よぉ、ずいぶん早かったな……」
俺はうちにやってきた辰己に声を掛けた。
が。
そこには誰もいなかった。
◆◆◆◆◆
神無市の北区にある神無病院は、神無県内でも最大規模を誇る総合病院である。
5年ほど前まではどこにでもありそうな普通の病院だったらしいが、現神無市長が医療・福祉関連の政策に力を入れると公約し、その結果の一つとして生まれたのが今の神無病院となる。
老朽化していた建物は建て替えられ、全国からその分野で高名な医者が招致された。
これにより、県内だけでなく隣県からも患者が訪れ、常に人が多いイメージのある病院だった。
同じく北区にある邪骨堂からはやや離れてはいるが、歩いて行ける距離である。
「昔はもっとボロい建物だったのに、ほんと立派な病院になったわよねぇ」
病院の傍まで来た雨宮は、独り言のように言った。
黒亜が神無市に住み始めたときにはもうこの病院だったため昔の姿は知らないが、どうやらだいぶ古びた建物だったようだ。
「それで、雨宮さん。病院で何をするんですか?」
黒亜の声はやや暗い。
というのも、邪骨堂からここへ来る途中で芽衣からかかってきた電話の内容のせいだった。
『メイだよー! ココちゃん今大丈夫? さっきタケちゃんから連絡があったんだけど、例の連続殺人事件、4人目の被害者が出たって』
被害者はやはり、芽衣が調べた浜中をいじめていたグループメンバーの1人だったらしい。手口もこれまでの被害者たちと同じだったという。
間に合わなかった。
その無念が黒亜の胸の内に渦巻く。
隣を歩く雨宮に芽衣の話を伝えると、彼女は黒亜の頭に手を置いて言った。
「黒亜ちゃんのせいじゃないわ。気にしすぎては駄目よ、私も動いている。もう次の被害者は出させないわ」
頼もしい言葉だった。だが黒亜の気は晴れない。
そんな中で到着した病院の前で、黒亜は雨宮に尋ねた。
意識のない状態で入院している浜中に面会することはできない。仮に面会できたとしても、意識のない人間がどのように相手を呪っているのか見当がつかない。
「そうねぇ。まずはこの病院を区切りましょうか」
黒亜にそう答えると、雨宮はハンドバッグから4枚の黒い人の形をした紙――形代を取り出した。形代にはそれぞれ、白文字で東西南北と書かれている。
「青龍、白虎、朱雀、玄武」
指に挟んだ形代を前に、雨宮は四神の名を小さく呟くと、形代を頭上へ放り投げた。
宙に舞う4枚の形代。
それらはそのまま地に落ちるかと思われた。しかし不意に風が吹き、むしろ形代は風に乗ってさらに高く舞い上がる。やがて、頭上高くまで舞い上がった形代はふわふわと風に乗り、ぞれぞれが別々の方向へ流れ飛んでしまった。
その様子を見届けた雨宮は、
「さて、と。外は少し暑いし、中に入りましょう」
と、黒亜と共に病院の入り口へ向かい、建物の中へ入ったのであった。
◆◆◆◆◆
「あらぁ、高田さん! お久しぶりです」
「おやおや、雨宮さんかい。そう言えば最近姿を見てなかったねぇ。元気にしてたかい?」
「ええ、もちろん。ちょっと長く旅行に行ってましてね」
「そうかいそうかい。若いうちにいろいろ行っておかないとだからねぇ」
「もう、高田さんだってまだまだお若いでしょう。あっ、そうそう、お土産のお饅頭も買ってきたんです。今度おうちに持っていきますね。栗饅頭なんですよぉ」
「おやぁ、それは楽しみだねぇ」
病院の入り口を通った先の待合ロビーで、雨宮は近所に住む知り合いを見つけて談笑をしていた。
県内随一の大きさを誇る総合病院の待合ロビーは広く、そこには多くの椅子が並んでいるが、会計待ちや呼び出し待ちの人が多く座っており、大部分が埋まっている。
雨宮が話をしている席の傍に空きがあったので、特にやることもない黒亜はとりあえず座って雨宮の次のアクションを待つことにした。
周囲を見渡せば多くの人が行きかう病院だが、黒亜の目には多くの『霊』の姿も映っていた。
歩きながら何かをぶつぶつと呟く霊。
ただベンチに座って宙を見上げている霊。
腹の大きな傷から血を大量に流して叫ぶ霊。
匍匐して進んでいる両脚が千切れている霊。
人間と見間違えるぐらいはっきりとした霊もいれば、黒い靄で人の形を成している霊もいる。
病院とは心身ともに健康な人間が来るところではない。故に、必然的に病院に多く集まりやすいのは“負の念”になる。“負の念”はそれそのものが“呪い”にもなれば、『霊』や『悪霊』を呼ぶ餌にもなる。
特に悪霊悪鬼の類は、人間の“負の念”を嗅ぎ付けると喜んでやって来る。
そしてやって来たそいつらは、あの手この手で弱った人間を死へ誘う。そしてまた被害者から“負の念”が生まれる。こうして『霊』や『悪霊』が生まれるサイクルが出来上がってしまう。
いくらまだ築数年という外装も内装も綺麗な新しい建物であっても、この病院もすでに多くの『霊』や『悪霊』が居座り、霊的に視ると穢れてしまっている。
様々な念と、想いと、感情がぐちゃぐちゃに入り乱れ、それを食い物に無数の『霊』たちが集まる場所。
そんな光景を視てしまう病院が、黒亜はあまり好きではなかった。
「高田さーん。高田セツ子さーん」
ロビーの横にある診察室から出てきた看護師が名前を呼んだ。
「おや、私の番かい。じゃあ雨宮さん、また後で」
「ええ、お気を付けてくださいね」
挨拶をして立ち上がった高田が、杖を突きながら診察室の方へよろよろと歩いて行った。
「高田さん、昔はよく野菜を持ってきてくれてねぇ。今は足を悪くしちゃったから会うことは少なくなったんだけど、元気そうでよかったわぁ」
「そうなんですか」
「ええ。……って黒亜ちゃんに言っても仕方ないわよね」
高田と別れ、黒亜のところへやって来た雨宮は事情を説明し、ふふふ、と笑った。
「それじゃあ、そろそろ始めましょうか」
雨宮はハンドバッグを床に置くと両手で、ぱん、と一拍の拍手を鳴らした。
ちりん
拍手と同時に、黒亜の右手に付けられたチャーチベルのブレスレットが澄んだ音を響かせる。
と、同時に、待合ロビーから人が消えた。
いや、見ている人がいれば雨宮と黒亜が忽然と姿を消したかのように見えたかもしれない。
それは『悪鬼』や『悪魔』が“縄張り”を生み出して人間を取り込むのと全く逆の状況。
雨宮は病院の敷地を全て覆った“儀式の場”を作り、そこへ神無病院内に巣食う霊的な存在を丸ごと取り込んだのであった。
「さすが……」
黒亜が感嘆の息を漏らす。
同じことをやれ、と言われればそれは黒亜にも可能だ。
ただ、黒亜の場合は“葡萄の樹の呪杯”を用いる必要があるため、広範囲の“場”を作るには根を張り、黒い葡萄の果実を実らせるまでにどうしても時間がかかってしまう。
一方、雨宮は予め配置した四神の形代で四角形の面を作り、その中を任意のタイミングで瞬間的に“場”に変えてしまう。融通が効きやすい“場”の作り方で、その手並みは鮮やかと言う他ない。
「うっ……」
不意に、黒亜が軽い吐き気のような気分を悪さを感じ、表情を歪めた。
これは信仰の厚い教会や、手入れの行き届いた神社のような清められた空間に入ったときに起こる、黒亜の呪われた身体の拒絶反応。
そんな黒亜の様子を見ながら、雨宮が申し訳なさそうに言う。
「ごめんね。少しの間だけ我慢してちょうだいね」
四神によって区切られた空間は、その加護によって邪気が祓われ、清められる。
その効果はそこまで大きくないが、大した力がない『悪霊』程度であれば、この段階で祓われてしまう。
苦しむ黒亜をよそに、雨宮はさらに一枚の和紙と、ハンドベルを取り出した。
赤で書かれた記号らしきものと、その周りを囲う判別できない文字。
よく見れば、赤い記号らしきものは鳥居を描いたものであり、その周囲の文字は梵字だった。
「オン アミリタ テイセイ カラ ウン」
呟いた雨宮は、持っていた和紙を壁に貼ると、アリアが用いるのとは違う、古めかしい“お鈴”を鳴らした。
ちりーん、ちりーん、ちりーん
「聞きなさい。この後、この場所は“地獄”になる。その前にこの“場”から出て極楽浄土へ向かうことを望むなら、この“鳥居”を潜りなさい。阿弥陀様が導いてくれるわよ」
出口の位置を示すかのようにお鈴を鳴らしながら、雨宮は声を張って“場”に取り込まれた全ての『霊』たちに告げた。
これからこの病院を地獄に変える。その前に助かりたければここから出て行け。
それは、この病院に留まり続け、成仏できずにいる『霊』たちに対する雨宮の温情だった。
このお膳立てに、壁や天井を抜けて、無数の『霊』たちが集まり、壁に貼られた鳥居へ向かっていく。
疲れた表情、虚ろな表情を浮かべてゆっくり歩く霊もいれば、雨宮に礼をして感謝を告げる霊もいる。
ふと、黒亜の足元を小さな2人の子供の霊が駆け抜けていった。
『あっちだって!』
『うん!』
5歳ぐらいの少年少女は楽しそうに笑いながら鳥居へ向かって走る。
そして鳥居の傍まで来た2人は、すっ、と溶けるように消え、光の粒となり空へ上っていった。続くように、様々な老若男女の霊たちが鳥居の下へ来ては消え、光となって上がっていく。
それは煙羅亭で見た、檜山に憑いていた男性の霊を、アリアが神の御許へ送ったときと同じ光景。
鳥居から上る美しい光の噴水に、黒亜は息をすることも、体調不良になっていることも忘れて見惚れていた。
やがて、最後の『霊』が光となり、雨宮と黒亜以外には誰もいなくなった。
「もういないみたいね」
雨宮はお鈴を鳴らすのを止め、鳥居の描かれた和紙を壁から剥がした。
一体、今ので何体の『霊』が成仏したのだろうか?
黒亜でもこの規模の数がまとめて成仏したのを見たことはない。
だが、それはそれとして。
「あの、雨宮さん。今のは連続殺人事件の“呪い”とどんな関係が…?」
あまりの美しい光景に忘れそうになっていたが、黒亜たちは病院の『霊』たちを成仏させるためにここに来たわけではないはずだ。
「うーん、これはおまけ、みたいなものかしらね。言ったでしょ? これからこの場所は“地獄”になる、って。私だって無害な『霊』を地獄に巻き込むほど鬼じゃないわよぉ」
くすくす、と笑いながら雨宮は続けた。
「ここからが本番。悪霊、悪鬼、悪魔、呪い……今からこの病院にいるその全てを呼び出すわよ――」
<続>




