七匹の子山羊 3
本作はえきちー(@EkitaiT)の名前で、カクヨムにも掲載しております。
結果から言えば、連続殺人事件の被害者と、神無中学で飛び降り自殺を図った生徒の間には関係があった。
檜山は飛び降りた生徒――浜中健斗がいじめの被害に遭っていたらしいと言っていたが、被害者はまさに浜中をいじめていた生徒であった。
「――とゆーわけで、自殺未遂と連続殺人は、関係性だけならあったって感じだね」
18時過ぎの煙羅亭。
そこではいつもの店の奥のテーブル席で、昨日に引き続いて黒亜、アリア、芽衣の3人が集まっていた。
シックな雰囲気の店内には似つかわしくない、いつもの陽気なジャズの楽曲が流れる店内で、芽衣は例のマル秘手帳を開いて調査結果を報告していた。
「神無中の生徒に聞き込みしたけど、いじめの現場の目撃情報は割とあったね。主犯格は浜中クンと同じクラスの4人、あと別のクラスにいる3人の合わせて7人。いやー、多いね。神無中ってそんなに治安悪かったっけ?」
芽衣が首を傾げながら言うが、黒亜もアリアも高校までは山形の方に住んでいたため、その辺りは与り知らぬことである。
「うーん……7……7人かぁ……」
「どしたのココちゃん? 7に何か引っかかるの? 今日の占いでアンラッキーナンバーだったとか?」
「ココってそういうの気にするタイプだったかしら?」
渋い顔をする黒亜に、芽衣とアリアが不思議そうな目を向ける。
「うん……いや 7 って数字自体はいい数字だよ? ラッキーセブンとかね」
ただ、と言葉を重ねる。
「今回の事件の内容と組み合わせると、かなり嫌な連想しない?」
だが、芽衣もアリアもピンときていないようで、きょとんとしている。
芽衣はともかく、アリアも気付いていないようだ。
「狼と七匹の子ヤギ」
黒亜が連想した、ある童話の題名を言う。そこでようやく、アリアは勘付いた表情を浮かべたが、芽衣は、
「うーん……聞いたことがあるような、ないような……」
と、腕を組み、首を捻っていた。
「メイちゃんは知らない? ドイツの昔話集『グリム童話』に載っている童話のタイトルの1つだよ」
「グリム童話……あっ、それは聞いたことある! シンデレラとか白雪姫とかラプンツェルとか、ディズニー作品の元になっているやつでしょ!」
「まぁ、うん、大体合ってるね」
昔、あるところに年老いた母ヤギと7匹の子ヤギがいた。
ある日、母ヤギは食べ物を採りに森へ行くと子ヤギたちに伝え、その際に「狼に気を付けなさい。お前たちを食べるために、狡猾に騙して家の中に入ろうとするから、決して入れてはいけない」と言い含めた。
母ヤギが出かけてからしばらくすると、母ヤギのふりをする狼がやってきて、玄関のドアをノックし始めた。子ヤギたちは声や足の色で狼だとわかりドアを開けなかったが、何度も対策してきた狼に騙されて、遂にドアを開けてしまう。
子ヤギたちは家の中で逃げ隠れるが、7匹のうち6匹の子ヤギが見つかり、狼に食べられてしまった。狼が去った後、母ヤギが戻ってくると、時計の中に隠れていた末の子ヤギが姿を見せ、兄弟たちが食べられてしまったことを伝えた。
母ヤギは悲しみに暮れたが、やがて外に出て草地に行くと、大きないびきをかいて寝ている、腹が大きく膨れた狼を見つけた。その腹は動いており、子ヤギがまだ生きていると確信した母ヤギは、家に戻って鋏と糸を取って来ると、鋏で狼の腹を切り開き、中にいた子ヤギを引っ張り出した。6匹の子ヤギを全て助け出すと、代わりに腹の中に石を詰めて糸で縫い合わせた。
目を覚ました狼はひどく喉が渇いており、水を飲むために泉へ行き屈みこんだ。しかし、腹の石の重さで泉の中に落ちてしまい、そのまま溺れ死んでしまった。
「話のあらすじはこんな感じかな」
「そんな話があったんだ……」
「日本の昔話もそうだけど、グリム童話も数が多いんだ。日本だとその中の一部の話がよく知られて広まっているよね」
「でも確かにココの言う通り『狼と七匹の子ヤギ』になぞらえている感じはあるわね」
腹を切り開かれ、中に何かを詰め込まれ、再び縫い閉じられる。
事件の被害者になされた凶行は、母ヤギが狼に対しておこなった行為。
“7”という数字。これは自殺を図った浜中を追い詰めた生徒の数。そして子ヤギたちの数。
今起こっている連続殺人事件をこの「狼と七匹の子ヤギ」に当てはめるなら、そもそも狼役が存在しない。被害者は子ヤギであり、凶行に走っているのは母ヤギということになる。
狼を殺した方法で我が子を殺す母。醜悪に歪められた、救いのない話。
「でもさ、そうなるとこの事件って、残りの4人も殺されることになりそうってこと?」
「その可能性は高いよね……」
グリム童話では末の子ヤギだけが時計の中に隠れて助かったが、もし浜中の恨みに由来する“呪い”がこの事件を引き起こしているなら、誰も助からないだろう。助かる理由がないのだから。
しかし同時に、この事件が“呪い”によるものであるなら、黒亜としては解せない部分もあった。
「こんな複雑なことができる“呪い”なんて、あるのかな…?」
「?」
ぼやく黒亜に芽衣が首を傾げる。
「前にメイちゃんに話したでしょ? “呪い”っていうのは条件に当てはまった人間を苦しめる、殺すための“仕組み”なの。そしてどんな形であれ、相手を殺せればいいから、その殺し方は単純だったり、分かりやすいんだ」
“呪い”によって引き起こされる人間の死は、結果的にそのほとんどが不運な事故死や原因不明の病死、精神を追い込まれたが故の自殺などになる。
“呪い”は負の念や感情から生まれるが、“呪い”そのものに感情はない。
切り開いた腹の中に物を詰め込み、腹を縫い閉じる……正直、黒亜が知る“呪い”にそんな《《感情が乗っている》》ような真似ができるとは思えないし、そんな“呪い”も見たことがない。
ならば、この事件の犯人は人間だった……という方がよほど納得がいく。
「メイも“井戸の呪い”に襲われていたとき、私が間に合わなかったらトラックに轢かれていたものね。たぶん即死だったわよ」
「うっ……」
「それともう一つ、現実的な問題もあるね。これは警察の仕事だと思うけど……次に狙われるのは誰か」
浜中をいじめていたとされる7人のうち、3人が亡くなったが、まだ4人残っている。
次に狙われるのは、この4人のうちの誰なのか。規則性も見出せないため、黒亜たちには手の打ちようがない。せいぜい檜山に「次に狙われるのはこの4人のうちの誰かだ」と情報を流すぐらいだろう。
明確な行動指針が出せないまま、3人の間で沈黙が下りる。
そんな中、不意に芽衣が小さく、あっ、と声を洩らした。
「どうしたの?」
「ごめん、ココちゃんたちに伝え忘れてたんだけど、雨宮さんが帰ってきたって、一昨日メールが来たよ」
「えっ、そうなの?」
「あら。今回は長かったわね。2ヶ月ぶりぐらいかしら?」
「アリアがイギリスに行く前にはもういなかったもんね」
芽衣の口から出た【奇々怪々】のメンバーの名前に、黒亜とアリアが反応する。
「ねぇ、ココ。せっかくだし、今回の件を彼女に相談したらどうかしら? 多分、このまま私たちだけで考えてもいい答えは出ないわ」
アリアの提案に黒亜は頷いた。
「そうだね。私も近況報告とかしたいし。2人も来る?」
雨宮は北区でとある店を構えており、煙羅亭の方に足を運ぶことは少ない。
彼女に会うには店の方へ足を運ぶのが常である。
しかし、
「私はパス」
「えーと……私もパスで」
胸の前で両腕で大きな×印を作って拒否した芽衣。そして提案したにも関わらず、アリアも遠慮がちに断った。
「あはは……」
半ば想定通りの答えに、黒亜も苦笑する。
2人の反応は別に雨宮を嫌ってのものではない、ということはわかっているため、黒亜もそれ以上無理に誘うことはしなかった。
一度あの店を訪れたことのある一般的な感性を持つ人間なら、二度とあそこに行きたいとは思わないだろう。
窓の外を見れば、すでに日も落ち、ぽつぽつと灯る街灯の明かりが目立つくらいには暗くなっている。
「今日はもう暗いし、明日行ってくるね」
「生きて帰ってきてね…!」
「もし何かあっても、ココの魂だけは神様の下へ導いてあげるわ」
大袈裟なことを言う芽衣と、縁起でもないことを言うアリアに、黒亜は再び苦笑を返すしかないのであった。
◆◆◆◆◆
翌日、昼過ぎ。
北区の商店街を抜けて東へ進み、昼間でも暗く細い路地を進んだ先に、その店はあった。
骨董品店 邪骨堂
少し大きな地震でもあったら倒壊するのではないかと思うような古びた、否、朽ちかけた木造の建物。その入り口の前に置かれた立て看板には、筆文字で書かれた店名が記載されている。建付けの悪そうな引き戸は左右に大きく開け放たれており、この店は営業しているのだろう、ということが窺える。
しかし、入り口が大きく開かれているにも関わらず店内に光は入らないのか、店の中はやたら暗く、人の気配もしない。まるで“店”という怪物が大きな口を開けて、訪れた客を飲み込もうとしている――そんな錯覚すら抱いてしまう異様な店舗だった。
黒亜はこの場所にもう何回も訪れているが、それでも“怖い”という印象は拭えない。
こと“怪異”に関しては様々な経験をしてきた黒亜でさえそう感じてしまうぐらいなのだから、普通の人からすれば並みの心霊スポットなど目ではないぐらいの近寄り難い場所に映るだろう。芽衣はもちろん、アリアですら避けたがるのも無理はない。
さらに。
店の前に立っている黒亜は、周囲を見渡した。
やはり、黒亜の視える範囲には、人間はおろか《《霊すらもいなかった》》。
大抵『霊』というのはどこにでもいる。人のいないところであっても当たり前のようにいるのが『霊』だ。
だが、この付近には居ない。
この店が“怖い”から、近寄らないのである。
人も霊も避ける真の空白地帯。
そんな場所に黒亜は一人で来ていた。
不意に一陣の風が吹き、入り口の引き戸がカタカタと音を鳴らす。
早く中に入れと誘っているのだろうか。黒亜は歩き出し、店内に足を踏み入れた。
ぎょろ
視線が一斉に黒亜に向けられた。
店内には人も、霊もいない。いるのは黒亜だけ。
だが、無数の何かの視線が向けられた。
そのことに気付いた瞬間、黒亜の背筋に、ぞっ、と寒気が走った。
値踏みをされているかのような、品定めをされているかのような、身体に絡みつき、纏わりつく、ねっとりとした無数の何かの視線。
かたん
どん
こんこん
がた
静寂に満ちた店内に、急に音が増え始める。
同時に、視線以外の、何かの気配の密度が膨れ上がる。
人間がやって来たことに、あるいは獲物を見つけたことに歓喜しているのか。
魔界
黒亜が立っているこの場所は、そう呼んでも差支えのない空間だった。
『悪鬼』が生み出す『縄張り』などという可愛いものではない。
あの黒亜ですら、常に周囲に気を張っていないと飲み込まれてしまう霊的危険地帯。
無意識に左腕の長手袋を取り払おうと右手が伸びる。
――ぎし、ぎし、ぎし
黒亜の警戒心が高まっていく中、店の奥から、規則的な、床の軋む音が聞こえた。
こちらへゆっくりと近づいてくる足音。ここにいる何かとは違う、新しい気配。
瞬間、この空間に満ちる無数の音の感情が変化した。
人間がこの場へやって来たことに対する愉悦を示したかのような騒ぎ立てる音から、この場へやって来る主を畏れ、恐怖に震えるような力弱い音へ。
正面に見える磨りガラスの引き戸に、ゆらり、と影が映り込む。
そして、ゆっくり、がらがら、と音を立てて引き戸が開いた。
隠れるように。息を潜めるように。音が止む。
代わりに、引き戸を開けた人間が声を発した。
「……あら? 黒亜ちゃんじゃない。久しぶりね~!」
現れたのは、紫の着物を身に纏った20代後半ぐらいに見える女性。
艶やかな長い黒髪は後ろで綺麗にまとめられ、簪で留められている。
しかし桜の枝と花を象っているその簪は、よく見ると枝の先から無数の髑髏の飾りがぶら下がっていた。
甘く、ふわりとした声色と、小首を傾げて黒亜に微笑む所作からは、同性から見ても蠱惑的に感じる色気が漂っている。
「お久しぶりです、雨宮さん」
雨宮刻子
彼女こそ、この骨董品店“邪骨堂”の店主にして【奇々怪々】のメンバーの一人であった。
もっとも、メンバーと言っているのは主に芽衣で、実際には【奇々怪々】における相談役、アドバイザーという立ち位置が基本となっている。
「もう、来るなら事前に連絡してくれたらよかったのに。この子たちが少し騒いだでしょ?」
この子たち。
雨宮がそう呼んだのは、この店内に所狭しと並べられている商品たちだった。
人形、食器、箱、玩具、ぬいぐるみ、家具、書物、日用品……
様々な物品が店内のあちらこちらに隙間なく、規則性なく、並べ置かれていた。
中には綺麗なものもあるが、その多くは薄汚れており、だいぶ古い物だと見て取れる。
そして、ここにある物全てが“呪具”あるいは“呪物”と呼ばれる、曰く付きの品々だった。
この店に入ったときに黒亜へ向けられた視線、そして満ち溢れた無数の何かの気配。
それは、この呪物たちに宿った意識や思念、霊や悪霊などが向けてきたもの。
一つ所持するだけでその所持者を、あるいはその所持者の一族を永代に呪うような本物の呪物が何百と揃えられた骨董品店。それが邪骨堂であった。
黒亜も久しぶりに訪れたので忘れていたが、この店に来る際には事前連絡が必須となる。
それはこの店が人気だからだとか、予約をしないと入れないから、という訳ではない。
先ほどの黒亜のような目に遭ってしまうからだ。
店主である雨宮が傍にいる限り、呪物たちは客には何もしてこない。だが、運悪く雨宮が不在のときにこの店内に入ってしまうと、何が起こるかわからない。
ここに何回も来ている黒亜に対してでさえ、呪物たちは未だにあのような反応を見せるのだ。況やただの一般人をや、である。
そのため、この店に来る際には『何日の何時に伺う』と雨宮に連絡し、滞在中は同伴してもらわなければならないのだった。
「すみません。急だったのと、久しぶりだったのですっかり忘れていました……」
「ふふふ、まぁ今の黒亜ちゃんならなんとかできるかもしれないから、あまり心配はしていないけどね」
口元に手を当てて微笑む雨宮に「あはは……」と曖昧に返す黒亜。
冗談ではない。いくら“呪い”に対する耐性がある黒亜でも、雨宮が見繕った何百という“呪物”に襲われて無事で済むはずがない。
「さ、立ち話もなんだし、上がってちょうだいな」
「はい、失礼します」
雨宮に促され、靴を脱いだ黒亜は店の奥にある居間へ通された。
ちゃぶ台と座布団、テレビ、本棚、そして今では珍しいダイヤル式の黒電話が置かれた簡素な部屋。
黒亜が座布団の上に正座すると、隣にある台所から雨宮が麦茶を乗せたお盆を持ってきた。
「はい、これ」
「ありがとうございます」
「いいのよ。それで、今日はどうしたの?」
黒亜の前に麦茶を置いた雨宮が、対面に座って問いかけた。
「しばらく不在だった雨宮さんが帰って来たとメイちゃんから聞いたので、最近の私たちの活動の近況報告と、ご意見を頂きたいこともありまして……」
「あら、そうだったのね。今回は依頼と仕入れであちこち旅行しちゃってね。まさか2ヶ月もかかるなんて思わなかったわ」
「すごいですね……私も少し前に実家の方に行ったのですが、母が会ったらよろしく伝えてくれと言ってました」
「まぁ、赤音が? そういえば前に会ったのいつだったかしら? 私が山形に行った気がするけど、今度こっちに呼んで遊びたいわねぇ」
「雨宮さんの頼みなら母も断らないと思いますよ」
黒亜の母――夕川赤音と雨宮は、大学時代から30年以上の付き合いがある、互いを親友と呼べる程の仲だ。
母もそうだが、目の前にいる20代後半ぐらいにしか見えない女性を、一体誰が今年で齢50歳の人間だと思うだろうか?
「そうねぇ。赤音もなんだかんだで優しいものね。……そうそう、黒亜ちゃんの近況報告と相談事だったわね。是非、聞かせてちょうだいな」
雨宮に促され、黒亜はここ最近【奇々怪々】で受けた“怪異”に関する依頼について報告した。
一軒家での失踪事件、ソロモン王の悪魔の出現、神無山にあった“井戸の呪い”についてなど。
黒亜が語る話に、雨宮は「あらあら」「まぁ!」「それでそれで?」など、相槌を打ちながら興味を示していた。
「まさか神無山にそんな“呪い”があったなんて、全然知らなかったわぁ。誰もいないときにそんなのに襲われるなんて、芽衣ちゃんも大変だったのねぇ」
「はい。ギリギリのところでアリアが間に合って本当に良かったです……」
「でも黒亜ちゃんもだいぶ成長したわね。悪魔も相手にできるようになったわけだし。いろいろと《《教えた》》かいがあるわぁ」
黒亜の話を聞く間、にこにこと笑みを絶やさない雨宮。
黒亜と話すときの彼女は、いつもこんな感じだった。
「あなたたちの活動はわかったわ。それで、意見が欲しいっていうのは?」
「そのことなんですが――」
黒亜は雨宮に話した。
最近のニュースで話題になっている連続殺人事件のこと。その事件が、自殺未遂をした生徒の恨みにから生まれた“呪い”が原因で起こっているのではないかということ。しかし“呪い”が原因だと違和感があること。
黒亜の話を一通り聞いた雨宮は、顎に指を当てて何かを考えているようだったが、しばらくして「よし」と声を発した。
「その“呪い”の元になっているかもしれない子は、神無病院にいるのね?」
「はい。植物状態になっているという話です」
「じゃあ病院に行くしかないわね」
「え? でもたぶん面会はできないと思いますけど……」
「あら、その子に会うなんて言ってないわよ?」
会わないのに病院に行く…?
意図が読めない黒亜が首を傾げていると、雨宮が黒亜の目を見て静かに言った。
「ところで、仮に“呪い”があったとして、その寝たきりの子が元凶だとしたらその子はたぶん死ぬことになるけど、それはわかっているわよね?」
「…………」
それはここに来るまでの間、黒亜の胸の内で覚悟していたこと。
人の“呪い”は、術者に返さなければならない。
“呪い”にはいくつか種類があるが、こと生きている人間が生み出した“呪い”は、単に術者が死ねば止まる、というものではない。神無山の“井戸の呪い”のように、単純に大元を祓えば終わるものとは異なる。
他者に向けられた“呪い”の矛先を、術者に向けて返すこと。
それが人の“呪い”に対する対処法。
そして“呪い”を返された術者は、大抵死ぬ。
「わかっています。私は“呪い”の被害を止めたい」
雨宮の目を見返し、はっきりと意志を言葉に乗せる。
人を自殺にまでに追い込むいじめとは、一体如何ほどのことが成されたのか。いじめられた経験のない黒亜には推し量ることもできない。
だが“呪い”なら受けた経験はある。
あれは辛いものだ。苦しいものだ。理不尽なものだ。
人が受けていいものではない。
その経験があるから、いじめをおこなった加害者側に付いた。
それが黒亜の覚悟だった。
彼女は意識のない浜中を殺す。
「……ならいいわ。一番良くないのは、皆を助けたいと言って、誰も助けられないことだから」
黒亜の強い視線と決意を受けた雨宮は、ふと表情を緩めた。
「でもそうねぇ……今日は久しぶりに黒亜ちゃんが私を頼ってくれわけだし、せっかくだから私がやるわ。黒亜ちゃんたちからの“依頼”ってことで。【祟り屋】としてね」
祟り屋。
それは雨宮が個人で活動する“怪異”関連の依頼を受けた際に用いる屋号。
黒亜たちが運営する【奇々怪々】が神無市を中心に支持を集め始めている新興勢力なら、【祟り屋】は20年以上の活動歴がある、オカルト界隈では全国的に名の知られた“怪異”専門の老舗となる。
黒亜は人を殺す決意をしたが、雨宮は【祟り屋】としてこの連続殺人事件の話を引き受けると言っているのであった。
「そろそろこの子に餌もあげないといけないし」
――べた、べた、べた
それは黒亜が雨宮と話をしている間、周囲でずっと聞こえていた音。
黒亜にも見えないあれが、2人の周囲を徘徊する足音。
頭では大丈夫だと理解していても、黒亜が緊張と警戒を解くことはできない邪悪な存在。
「それじゃ病院へ行きましょうか。ちょっと準備するから待っててね」
そう言って雨宮は立ち上がると部屋を出て行った。
同時に、居間から足音と気配も消える。
そこで黒亜はようやく緊張を解き、一息吐いたのであった。
<続>




