七匹の子山羊 2
本作はえきちー(@EkitaiT)の名前で、カクヨムにも掲載しております。
檜山に憑いていた“泣いている男性の霊”と対話し、その想いを汲み取った黒亜は、後をアリアに任せて檜山の対面の席に座った。
「終わったのか?」
「はい。今はアリアが聖句を唱えて、彼の魂を神様に預けるお願いをしているところです」
「成仏させてるってことか?」
「そんな感じです」
「あの黒い靄みたいなのは?」
「あれは……うーん……私専用の聖水……みたいな感じですかね…?」
効果としては真逆もいいところだが、適切な説明が思いつかない。
思い返してみれば、檜山のお祓いには護符を使用しており“黒い水”を見せるのは初めてかもしれない。
「なるほどなぁ……ああ、いや、すまない。職業柄こんな訊き方になっちまうが、別に尋問してる訳じゃないんだ。俺もたまに視えるときがあるから、いろいろと気になっちまうんだ」
「視えることもあって憑かれやすい、というのは一番危ないですし、ちゃんと対策した方がいいですよ……あっ」
「?」
黒亜がアリアの方を向く。檜山も何事かと、つられるように同じ方を向いた。
「檜山さん、視えますか? 右足に憑いていた男性の霊が、ちょうど上がって……成仏しているところです」
アリアが聖句を詠む前で、男性の霊が両手を合わせ「ありがとう、ありがとう」と繰り返し礼を述べている。彼は足の先から徐々に、光の粒子となっていた。
「……駄目だ。俺にはさっぱり視えん」
目を凝らして、じっ、とアリアの前方の空間を見つめていた檜山だったが、どうやらこの光景は視えないらしい。
足、身体、そして頭まで光の粒子となった男性の霊は、そのまま導かれるように天へと昇り、溶けるように消えていった。
黒亜が『悪霊』に対しておこなった『全ての終着点としての抹消』ではなく『輪廻を巡るための、次へ繋がる魂の消散』であり、幾度となく目にしても胸を打たれる美しい光景だった。
「アリア、ありがとう。バッチリ」
聖書を閉じたアリアに、黒亜が親指を、ぐっ、と立てて労う。アリアも微笑みながら同じように返した。
そんな2人を眺めていた檜山は、ズボンのポケットから財布を取り出すと、2枚の千円札をテーブルに置いた。
「毎回少なくて悪いが、コーヒー代の足しにでもしてくれ。今回も助かった」
「わぁ! ありがとうございます!」
檜山に対しては特にお金を貰おうと思ってお祓いをやっているわけではないのだが、来ればこうして黒亜とアリアの飲み物代を出してくれる。
「ほんとに少ないね~ 学生以外からの依頼なら、【奇々怪々】は最低でも10万からだよ、タケちゃん?」
突如、檜山の肩越しにポニーテルの少女がひょこりと顔を覗かせた。
「のわぁ!?」
気配もなく突然耳元で聞こえた声に、檜山が驚き、大声を上げた。
「あ、メイちゃん。学校帰り?」
「そだよー。今日はちゃんとバイトするかーってここ来たら、タケちゃんがいてびっくりだよ」
「こっちは毎度毎度いきなり現れるお前にびっくりだよ!」
どこからともなく現れる芽衣にすっかり慣れてしまった黒亜やアリアだが、檜山はそうでもないらしい。
「アラフィフのおじさんが昼間から女の子とおしゃべりしてお金渡すなんて、刑事としてそれでいいの~?」
「誤解を招くような言い方をするな! お祓いに来たってわかってんだろうが! そもそも彼女たちを紹介したのお前だろ」
「まぁそうなんだけどね」
てへっ、と舌を出す芽衣。
「ったく……それにこの後も仕事だよ。ここ最近めちゃくちゃ忙しいんだ。こういうときぐらい少しはゆっくりさせろ」
そう言いながら檜山は疲れたように息を吐いた。
「あ、もしかして最近ニュースで話題になってる、例の連続殺人事件のせい?」
「……ああ、そうだよ」
芽衣はすぐにピンときた表情を浮かべたが、それとは対照的に、檜山は苦々しい顔になる。
その事件については黒亜も知っている。
神無市どころか全国規模のニュースとして、ここ連日、テレビやネットで話題になっている殺人事件である。
これまでの被害者は3名。その全員が神無中学に通う2年生だったというが……
「あの事件、私も少し調べようと思ってたんだよね。タケちゃん、せっかくだし教えてよ。担当してるんだし、いろいろ知ってるでしょ?」
「はぁ?」
軽い調子で訊いてくる芽衣に、檜山が険しい顔を向け、難色を示した。
だが、しばし何かを考える素振りを見せると、溜息を吐いた檜山は、どんな心変わりをしたのか、事件について語り始めた。
「世間には『連続殺人事件』と公表しているが、こいつは実際には『連続“猟奇”殺人事件』だ」
檜山が語り出した、表には出ていない情報。
それは黒亜たちの想像以上に悲惨な事件だった。
まず、ニュースでも簡単には伝えられていたが、被害者の遺体には2つの共通する傷があった。
1つは両手の手のひらが刺された傷。凶器は見つかっていないが、床にも傷があることから、被害者を逃がさないように、床に縫い止めるために刺したのではないかと考えられている。
そしてもう1つは腹部を切られた傷。下腹部から胸の辺りにかけて縦方向に切られていたという。だが、ただ単に切られていただけではない。その傷はワイヤーのようなもので《《縫われていた》》というのだ。
また、遺体の腹部は歪に膨らんでいた。
切り開いた腹部に何かを詰め、再び縫い閉じた。
そんなことが行われたとしか思えない状況だったらしい。
この連続殺人事件の最初の被害者は、自宅のキッチンで亡くなっていた。
遺体は司法解剖に回され、解剖医がワイヤーを切断して腹部を開いた。
そしたら出てきたらしいのだ。大量の日用品が。
スプーンやフォークなどのカトラリー、茶碗や皿、コップなどの食器、食卓塩や胡椒などの卓上調味料など。
キッチンに置かれている様々な物が、遺体の腹部に、ぎちぎちに収められていた。
臓器を潰すように上から無理矢理に押し込まれ、腹部にびっちりと詰め込まれていた。
その後に発生した2件の事件でも、遺体は似たような状態だった。
異なっていたのは、遺体の腹部に収められた物だけ。自宅の殺害された付近にあったものが、手あたり次第に詰め込まれていた。
「あれは……たかだか14歳のガキが迎えていい死に方じゃねぇ……」
檜山は悲痛な面持ちで言葉を絞り出すように言った。
彼は現場で実際にその遺体を見ていた一人だった。
被害者の少年の顔は恐怖で目が大きく見開かれ、涙の跡もあったという。
また、司法解剖の結果、両手と腹部の傷には生活反応があったらしい。
つまり、生きたまま刺され、切られたということ。
そんなことが、すでに3件も発生しているのだった。
「人間がやる所業かよ……」
「…………」
檜山のその一言を最後に、4人の間に重い空気が落ちる。
話を聞くだけでも凄惨な状況だが、それを現実に見てしまった檜山の心中は到底推し量られるものではない。あの芽衣ですら目を伏せ、返す言葉を見つけ出せない程の重み。
そこへ、今まで黙って聞いていたアリアが声を発した。
「内容もそうだけど、この事件があとどれくらい続くか、っていうのも気になるわよね」
「……そうだね。檜山さん、犯人の目星はついていたりするんですか?」
「いや、さっぱりだ……」
項垂れていた檜山は、黒亜の問いに首を横に振る。
「被害者は全員、自宅に1人でいる時に襲われているんだが、玄関や窓の鍵は閉まっていてな。いわゆる密室殺人ってやつだ」
「まるで推理小説みたいですね……神無中学も生徒だけで200人以上いるから、次に誰が襲われるかもわからなそうだし……」
黒亜たちは探偵ではない。これは素直に警察の捜査の進展を待つしかないだろう。
「…………」
黒亜がそう言ったところ、檜山の様子が少し変化した。
「? 檜山さん、何か…?」
「いや……あー……」
何かを言おうか言うまいか逡巡する素振りに見え、思わず声を掛けると、歯切れの悪い感じを見せる。
しかし黒亜に、じっ、と見つめられ、檜山は大きく息を吐いた。
「……これは捜査とか関係なしで、単純な俺の妄想……みたいなもんなんだが」
檜山はそう前置きすると、話を続けた。
「少し前に神無中学で、2階の教室の窓から生徒の飛び降りがあったのは知っているか? 飛び降りたのは2年の男子生徒で、自殺を図ったと見られているんだが、一命は取り留めたんだ」
だが、と。
「落ちたときの打ちどころが悪かったようで、植物状態になっちまったんだ」
「あっ、それ知ってる! あんまり大きな話題にはならなかったけど、ちょっとだけニュースになったやつだよね」
黒亜は知らなかったが、情報通の芽衣が反応した。
「ああ。で、その生徒が飛び降りた理由なんだが……まぁ、いわゆる“いじめ”ってやつだ。その生徒は複数人から暴力行為を受けたり、金品を強請られたりしていた……って目撃情報がある」
嫌な話だ。しかし、悲しいことだが、よくある話でもある。
「なるほど……でも、それが今回の連続殺人事件とどんな関係が…?」
自殺未遂があったことはわかったが、いまいち繋がりが見えてこない。
「いや、ここからなんだが……殺人事件が起こったのは、この自殺未遂事件の後だ。それでなんだ……その殺人事件の被害者たちは、自殺未遂をした生徒をいじめてたやつらだ、って噂があるらしいんだ」
言い難そうに話す檜山を見て、黒亜は彼が言わんとすることを察した。
「つまり、自殺を図った生徒の“恨み”や“呪い”が原因で、生徒たちが亡くなったということですか?」
「……そんなところだ。刑事がこんなことを言うのも馬鹿馬鹿しいことだがな……」
苦笑しながら檜山が言う。
だが、黒亜とアリアは真剣な表情で、思い思いにその可能性を考慮していた。
「ありえない話……じゃないね」
「ええ。もちろん猟奇的な人間がやった可能もあるけど、私たちはそっちの方面から調べてもいいかもしれないわ」
「お、おい、これは俺の勝手な妄想だって……って調べるだと!?」
何やら勝手に話が進んでいる2人に、檜山が慌てる様子を見せる。
「え、そのつもりですけど? だから話してくれたんじゃないですか?」
「違うっての!」
「そうなんですか……でももしこれが本当に“呪い”のせいというのなら、警察じゃどうしようもないですよね?」
「それはそうだが……これはあくまで俺の……」
「気にしないでください。少し調べて“呪い”が関係していないなら私たちに出番はありません」
「……もし関係していたら?」
檜山の問いに、黒亜は何も返さず、にっこりと微笑んだ。
「あのなぁ……俺も目の前でいろいろ見せられている手前、オカルトとか怪奇現象は信じているが、警察としてはこんなこと依頼できんぞ……」
俺個人としても金がないしな、と付け加える。
「今回は私たちがたまたま連続殺人事件の情報を得て、気になったので勝手に動くだけです。なのでお金は要りません。 ……ということでいいかな、アリア、メイちゃん?」
「ココに任せるわ」
「異議なーし」
黒亜の提案にアリアも芽衣も同意した。
「というわけで、檜山さんは何も気にせず、これまで通り猟奇殺人事件として捜査してください」
「……迂闊に話すべきじゃなかったか……」
【奇々怪々】のリーダーは決定事項を告げ、檜山は自身の軽率さに頭を抱えた。
「……いや、どうせ俺が話さなかったとしても、そこの“猫”があの手この手で勝手に調べただろうし、どっちにしろ同じことか……」
諦めたように言葉を発した檜山。彼はよく芽衣のことを“猫”とか“猫の嬢ちゃん”と呼んでいる。
黒亜としてはポニーテールを揺らしながらこちらに駆け寄って来る姿には、尻尾を元気よく振る犬っぽさを感じるのだが、全体的に感じる自由気ままな雰囲気は確かに猫っぽさがある。
「さすがタケちゃん、よくわかってんじゃん」
にひひー、と笑う芽衣に、檜山は「けっ!」と吐き捨てた。
「わかった。俺はお前たちがどう行動しようが知らんし、何も介入しない」
檜山は両手を挙げて宣言する。そして続けた。
「ただし、もし本当にいじめ被害者の“呪い”が原因で、それを嬢ちゃんたちがどうにかして解決したってときは、俺に一報だけ入れてくれ。どうだ?」
「わかりました」
「……よし。ならこの話はもうおしまいだ。俺は仕事に戻る。じゃあな」
そう言うと檜山は席を立ち、手に持っていたカーキ色のコートを羽織り、店を後にした。
店内に残った3人は、早々に打ち合わせを始める。
「それじゃあさっきの話、私たちは『“怪異”に因る事件』っていう仮定で動くね。でもまずは、檜山さんが言っていた、自殺を図った神無中学の生徒と、被害者の生徒に関係があるかわからないと動きようがないんだけど……」
黒亜はちらりと芽衣に視線を送る。
「おっけおっけー。任せて」
「明日も学校あるでしょ? どれ位かかりそうかな?」
「関係性を調べるだけでしょ? 明日の夕方にはわかると思うよ」
「さすが、頼もしいわね」
アリアの言う通りだ。この事件が3件の被害で終わるのか、4件目の被害が出るのかわからない以上、動きは早いに越したことはない。
「わかった。じゃあ明日の18時にまたここに集合で。その結果で次の行動を決めよう」
「わかったわ。……その中学生の自殺と何も関係していないといいのだけど」
「そうだね……まぁそんなヤバい殺し方をする人間が市内にいるってのも、それはそれでイヤすぎるけど」
「その時は、もう檜山さんたちに頑張ってもらうしかないね……じゃあ今日は解散。メイちゃん、よろしくね」
黒亜が号令をかけ、この日の活動は幕を閉じた。
<続>




